第26話 それぞれの願い
振り下ろされる炎の光。カナデは身体中に力を入れ、瞬時に腕や身体を包む氷壁を割る。そしてナイフで氷の剣を払いのけ、ヒュウマの態勢を狂わせる。ヒュウマの炎の剣は、カナデをかするように地面に突き刺さった。
立ち込める白い煙。地面が焼かれたように、じゅうっと香ばしい音を立てている。
「おっと、手元が狂ったか。運が良い奴め」
カナデの小細工は彼には見えなかったはずだ。剣を払いのけるにしても、ヒュウマの力の移動を見極め、それに従うようにカナデは力を入れたのだから。もちろん、氷を割ったのは、誤魔化しようがない。
「次は外さん」
「一撃勝負じゃなかったのか?」
「ふっ、まだ俺の攻撃ターンは終わらない」
「いや、先輩が嘘ついたら駄目でしょう」
カナデはなおも振りかぶられる剣を、片手を突きだし、制そうとする。
「年配者を労れと教えられなかったか?」
――話が違う。
それが勝負の世界だと言われれば、言い返すことは出来ないけれど。
カナデは何とかダメージを負ったふりが出来ないか考える。受けきっては不自然。避けては同じことの繰り返し。だったら自分からダメージを受けたように跳べば?
――それしかない。
そう思ったカナデは、攻撃を浴びながら、その方向へ跳躍しようとした。
――しかし。
「そこまでよ!」
女性の声がした。その声にビクッとしたように攻撃を止めるヒュウマ。
「あなたたちはまた学校で、何て馬鹿なことを?」
左右の腰に両手を当て、かんかんに怒っていたのは、ユリイナだった。藍色の髪に挟まっている小顔が、これでもかと言わんばかりに歪んでいる。眉間に皺が寄り、目には角を立てて怒っているから、せっかくの美人が台無しである。
「ちっ、止めに入らなければ俺の勝ちだったのに」
そのユリイナの耐えがたい形相を見てだろうか、ヒュウマは残念そうに呟いて、その二色の魔法剣をしまうのだった。
「助かったよ、ユリイナ」
ようやく笑みを漏らし、安堵の息をつくカナデ。しかし、カナデの予想に反して、ユリイナの表情は怒りに包まれたままだった。
「助かった? あなたはどうして一騎討ちを受けてるのよ?! 大切な人を守るのが、あなたの求める姿じゃなかったの? 他にやるべきことは多いはずだわ、違うかしら?」
「返す言葉もありません」
でも、思い起こせば、守衛としてカナデたちを襲ってきたのは彼女たちではなかっただろうか。やはり人間は自分にだけは甘い生き物である。
「まあ、男同士にしかわからない熱い戦いもあるさ」
「ヒュウマ! あなたも何言ってるの? 自分の行動を正当化して、ただ、弱いものイジメをしたいだけでしょう? この筋肉馬鹿!」
ヒュウマの魔法剣より、ユリイナの言葉の方が、よっぽど威力が高そうだった。その証拠にヒュウマの目から生気が消えた。
気づくと2人はユリイナの前で正座をし、説教をされていた。寮への道の中央ということもあって、事情を知らない生徒たちが通る度に「どんなプレイ?」と可笑しそうに口に手をやっていた。
――いえ、こういうプレイです。
カナデはスイッチの入ったユリイナの言葉に頷きつつも、となりで足が痺れ、脂汗をかきながら、苦悶の表情を浮かべるヒュウマに、傷みを和らげる魔法でエールを贈る。ユリイナに気づかれないように、無詠唱でだ。徐々に安らかな顔になるヒュウマ。彼とは確かに今、不思議な友情が芽生えた気がしていた。
翌朝、カナデは実技の授業でダンという少年とコンビを組むことになった。彼は病弱らしく、発育が悪いのか身体も小柄だ。髪は少し長めで、青白くやつれた印象ではあるが、その魔法値は、Dクラスでは1、2を争うほど高く、魔法使いとしての素質は十分だという。ただ、彼の場合は、魔法を発動する前に体力が尽きるようで、まずはスタミナを付けることが、最優先の目標とのことだった。
――まずは運動か。
だからパートナーにカナデが選ばれたのだろう。このクラスの面々を見ても、魔法が得意な生徒は多いが、優等生らしく、運動に関しては不得手な印象である。その点、カナデは健康優良児で、頭より身体が先に動くほうだ。やはり、人は見た目が9割なのである。
「カナデさん、すごいですね。どうしてそんなに早く走れるんですか?」
息を切らしながら、ダンはカナデを見上げる。学校内を2周と、そんなに走ったわけではないのに、ダンは肩で息をしていて、かなり苦しそうだ。
「逆にどうしてダンは、そんなに辛そうなんだ? まるで、すごい重荷を背負っているみたいじゃないか」
カナデは山岳部や登山家の背負う荷物を思い浮かべた。
「カナデさんとは、生まれもった心臓の強度が違うんですよ。あなたの方は、魔法の靴でも履いて、まるで風に乗っているみたいで、私からしたら卑怯極まりないです」
まあ、確かにカナデの身体は特別製で、チーターと呼ばれても不思議ではない。
「ダンもすぐ余裕で動けるようになるさ。継続は力なり、だからな」
「継続ですか……。私には無理ですね。頑張っても頑張っても、体力がつくどころか、なくなってしまっている状態ですから。カナデ知っています? 私はこの病気のせいで、1年間のうち、半分も授業に出られていないのですよ。だから、継続という言葉は、私にとって夢のようなものです」
そう儚げに笑みを漏らすダン。ただの子供と思っていた彼に、そんな悲劇的な背景があったなんて、カナデは胸が苦しくなった。
放課後、噂を聞きつけたフェアリナが、カナデの元にやってきた。校内の盛り上がりから、少し遅れてくるあたりが彼女らしい。
「カナデ君、痩せる魔法って何? 私もかけられたい!」
「いや、フェアリナは今のままで良くないか?」
「ダメ、全然足りないの。二の腕だって、背中だって、こんなに余計なものがたくさんついてるし……」
フェアリナは唇を噛み締め、泣きそうな表情で、自らの腕の皮を摘まむ。確かに余分ではあるかもしれないけれど、カナデにはちょうど良い程度であった。多少丸みを帯び、所々モチモチ、いやムチムチしていた方が、女の子らしくはあるのだから。
「それくらいで問題ないとは思うけどな」
「問題なくないよ! こんなだらしない身体じゃあ、玉の輿なんて夢のまた夢よ!」
――はい?
「お前はそのためだけに痩せたいのか? 純粋に綺麗になりたいとか、可愛くなりたいとかじゃなくて?」
「エヘッ、だって、学校のみんなが痩せて良い男捕まえなきゃって。私も痩せなきゃ、セレブで優雅な毎日が送れないから」
フェアリナの言葉に、カナデは唖然としてしまう。
「だったらまず日々の甘いものを止めたら……」
「それ死ぬよ? 私が死んじゃうよ、カナデ君」
「死にません」
「死んじゃうんだよー、えーん」
泣き真似をするフェアリナに、カナデは呆れながらも、その潤んだ瞳にそれ以上彼女を責めることは出来なかった。
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