縛る

「——君を、縛りたい」

 ベッドで思い詰めたように俺を見下ろし、神岡が囁いた。


「…………」


「君の自由を、奪いたい」


「……あなたが、そうしたいなら。

 ——あなたの言う通りにする約束ですから」


 彼が自分のネクタイを解く。

 頭上に手首を組まれ、そこへ滑らかな感触が巻き付いた。


 自由を奪われる不安感と、彼に施されるすべてのことを一切拒めない興奮が、ぞくぞくと未経験の感覚を呼び覚ます。


 けれど——

 この人になら、預けられる。

 自分自身の自由も……どんなことも。


 知らず知らずのうちに、彼の瞳をじっと見上げた。


 ——興奮とも、高揚とも違う色が、その瞳の奥に揺らいでいる気がする。


 きっと、同じだ。

 俺も——彼も。


 彼が、俺の自由を奪いたいように。

 俺も……この人に、こうして自由を奪われたい。

 身体だけでなく……心も。

 決して解けないように縛られ、その腕の中に引き寄せられていたい。——ずっと。


 そんな、ありえない妄想を描く。


 瞳を掌で優しく覆われ、彼が耳元で囁く。


「——君は、僕のものだ」


「——あなたのものにしてください。

 ……もっと、強く」


 自由も、視界も奪われ——俺は初めて、彼に本心を囁いた。


 それが俺の本心だったと……彼は気づいただろうか。


 唇が重なる。

 柔らかに——やがて深く。



 抗うことのできない首筋を、鎖骨を——彼の指と唇が、ゆっくりとなぞる。

 胸の突起に指の愛撫が訪れ——それに続く柔らかな甘噛みの刺激に、思わず全身が震える。

 そんな快感が、身体の中を灼けるように満たしていくのに——高揚に連れて次第に苦しくなる芯には、いつまでも触れてもらえない。

 ——やがて全身が、ジリジリとたまらなく疼き始めた。


 自分で触れてしまいたくても、腕は頭上に固定されたまま、解こうにも解けない。

 なすすべもなくうずうずと身を捩りつつ、切ない声が勝手に漏れる。


「……ん……っ…………」


「ん……どうした、柊くん?」


 低く滑らかな声で、彼が俺の耳の奥をくすぐるように囁く。

 もはやその声にすら、俺の芯は堪え難く硬直する。

 羞恥心にカッと熱くなる顔をどうにもできないまま、やむなく呟く。


「…………早く……」

「早く……何?」


 そう耳元で微笑まれ、やっと気づいた。

 俺が苦しいのを知ってて……

「焦らしプレイ」ってやつだ、これ。

 口惜しい気持ちとは裏腹に、身体は一層熱を持ち、切ない息が唇から漏れる。


「ん?……どうして欲しいの、柊くん?」


「……ほんとにドSですね」

「君も強情だな」

 そう囁きながら、意地悪く首筋を甘噛みされ、胸の突起をやわやわと刺激される。


「…………っ……」


 もがいても、逃れられない。

 その甘い刺激からも、はちきれそうな疼きからも。

 顎が反り、熱い自分の吐息が暴れる。


「……あ——もう……」

「何?……もっと、ちゃんと言わなくちゃ」


 限界だ。

 乱れる息の間から、懇願した。


「……俺の…………

 触って……ください。……お願いします……」


「やっと言えたね——いい子だ」


 彼の意のままに従わされる屈辱感。

 そのご褒美のように、彼の温かな唇が、緊張した芯に訪れた。


 待ちきれずにいた快感が、一気に押し寄せる。


「う……あ——っ……」

 強い快感に、意識が激しく翻弄される。


 拘束され、なすがままになり——与えられる刺激に、抗うこともできずに悶える。

 屈しながら味わう、毒入りの蜜のような甘さ。


 ……この人に、また新たな自分が開発されてしまった……ような気がする。


 ——あんな、迷子の子犬のような切ない目をしておいて。

 やっぱりこの人は、健全にエロくてややS気味な……そしてたまらなく愛おしい、麗しき変人なのである。




「君が、僕に渡したいものって……何?」


 互いに尽き果て、うとうとと眠りかける俺の髪に触れ、彼が独り言のように囁く。


「……ん……何ですか?」


「もしも——それが、悲しくなるようなものだったら……

 僕は、受け取りたくない」


「……え……?」


「……なんでもないよ。

 おやすみ」


「————」


 ちゃんと、聞こえていた。


 けれど……その呟きへの答えなど、見つかるはずもなく——


 掻きむしられるように痛む思いを胸に押し込めながら……

 俺は、彼の言葉を最後まで聞いていなかったかのように、じっと眠り込んだふりをした。



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