「青春童貞小説なんだから、最後くらいはストレートに決めて良いんじゃない?」


 クリスマスも正月も、僕はただ原稿に向かっていた。


 例年の年末年始ならばダラダラとテレビを見て無駄に過ごすのだけど、今年は一心不乱に執筆に取り組んだ。二日三日で区切りのいいところまで書き、その分を即座にライリーに投稿するという自転車操業だ。本当はしっかりと書き上げてから公開したいのだが、読者選考の期間は一月末まで——つまり、あと二週間しかないのだ。時間がない。


 小出しでも書いたものは公開して読者に存在をアピールしなければ、すぐに忘れられてしまい、読まれないまま読者選考が終了してしまう。それは困る。

 そんなわけで、毎日PCに向き合う日々を送っているのだが、そのおかげで物語はプロット通り順調に進んでいた。この調子でいけば読者選考終了の一週間前にはきっかり終わらせることができる、というペースでだ。

 それでは遅すぎると言われるかもしれないがスタート自体が遅かったのだ。済んだことを悔やんでも仕方がない。やるだけだ。僕の作品だってPVの推移は決して悪くはないんだ。今まで読んでくれている人たちが最後まで見捨てずに読んで評価をくれれば読者選考を突破できる可能性はまだある。諦めるな! 迷いは形のない怪物だ。自分を信じるんだ。僕の作品は面白い。そう思わなければ書いてなどいられない。自分の作品を愛するのだ! 



 物語は佳境に入っていた。互いに好意を寄せながらも一歩が踏み出せない主人公とヒロイン。そんな二人は全国大会(全国雲造鑑評会と言う名前だ。それっぽいだろ)に向けて準備をする中で貴重な砲台を故障させてしまう。(雲を作り出すには『元雲』と呼ばれる飴玉のような素材と、それをガラス細工のように膨らませ『雲玉』に練り上げる職人の技術と、その雲玉を大空に打ち上げる『打ち上げ筒』である砲台が必要なのだ)

 絶望に暮れるヒロインだが主人公は諦めない。主人公は泥臭く砲台を貸してくれる人を探す。そして、なんとかオンボロではあるが砲台を借り入れることに成功する。その砲台は扱いにくい旧式のものなのだが、技術のある雲職人が作り出す雲玉ならば、現行式の砲台などより正確に美しく高く打ち上げることができる代物だった。ヒロインは主人公が必死に手に入れた砲台を使いこなすべく、寝る間も惜しんで雲玉の作成に勤しむ。


 大会当日。徹夜で作業をしていたため、寝坊する二人。慌てて軽トラに乗り込み大会へと向かう。

 なんとか間に合い(ここはハラハラドキドキする良い感じのシーンだ)、ヒロインの想いが込められた雲玉は天高く打ち上げられる。

 大勢のギャラリーに見守られる中、打ち上げられた雲玉は最高の入道雲を作り出す。入道雲を見上げ肩を寄せ合う二人。空を見上げたまま主人公は勇気を振り絞ってヒロインに告白する。クライマックスのシーン。読む人は誰もが感動して涙を浮かべるほどの愛の告白だ。

 黙って聞いていたヒロインはこくりと頷く。青空に大きなどこまでも高くそびえる入道雲をバックに物語は幕を閉じる……。



——と、そういう感じでエンディングを迎えるべく絶賛執筆中なのだ。

 進捗状況としては、鑑評会に入ってところまでは書き上げている。主人公が引退した伝説の雲職人の老人から砲台を借り受け、ヒロインがわだかまりのあった父の意見を素直に聞き入れ、努力を重ね自分だけの最高の雲玉を作り上げるという感動シーンも公開済みだ。あとは、主人公の告白シーンのみなのだ。最高の愛の告白をビシッと決めて物語は完結するのだ!


 だけど……。だけど!



「ダメだぁ!! 書けない! 全然書けない!」


 キーボードを放り投げて大の字に倒れこむ。


「なんだい、なんだい。どーしたんだい」


 寝っ転がって文庫本を読んでいた象人間ビガンゴさんがあくびまじりにこちらを向いた。


「ラストシーンがしっくりこないんです。ダメだ! 全然ダメ!」


 頭をかきむしってジタバタと手足を動かす。


「プロットは? その通りに進めればいいじゃないの」


「プロットには『素敵な愛の告白をしてハッピーエンド』って書いてあるんですけどっ! 教えてよビガンゴさん! 素敵な愛の告白ってなんなんですか!」


「……ハイハイ。そのパターンね。あるよね、バトルものとかで『機転を利かせて相手を倒す』とか自分で書いておいてその機転が浮かばないってやつ」


 ビガンゴさんはパタンと文庫本を閉じてパソコンの前にやってくると画面にさらりと目をやって「ふむふむ。ほんとにラストシーンだけじゃない。いい感じで進んできたんだから、ここを乗り切れば完結でしょ。うじうじ言ってないで、ささっと書いちゃいなよ」とお気楽な調子で言った。


「書けたら苦労はしないですよ。全然うまい言葉が出てこないんですけど。肩を並べて夏空の下、なんて告白するのが一番ですか?」


「だから、それは自分で考えなよ。例えば、実際に君が過去に告白したときに言ったセリフとか、参考にならないの?」


「……こ、告白なんてしたことありませんよ!」


「されたことは——」「もっとありません!!」


「……ごめん」



 沈黙。


 ……いやいや、黙んないでよ、ビガンゴさん!


「ならさ。君がこれから告白をするならどうするかってのを考えて書いてみればいいんじゃないのかな。ほら、眼鏡ちゃんに告白するとしたらどうやってする?」


 僕が佐伯さんに告白をするならだって? ば、ば、馬鹿なことを! そんなことできない。ダメ、恥ずかしい、照れる。ダメ。そんなことできないよ。


「何を顔を赤らめてんのさ、アホじゃないの。あのねー、いいかい? 小説なんてものはね、嘘なんだよ、嘘。あり得ない絵空事。それを読者に押し付けるんだから、それ相応の説得力と嘘を描き切る覚悟がなければダメだよ。取り繕った『いかにも』な文じゃ人の心は動かせないの。ネット小説をやってたらわかるだろ。素人の書く小説のカッコつけた身の丈に合ってない文章が如何に冷めるものかって。借りてきた言葉でコーティングされても中身が薄ければそんな言葉は響かないんだ。読者が読んでいて恥ずかしくなってしまうからね。物語に没頭できないんだよ。現実に引き戻されてしまうんだ」


「えっと、独りよがりな作品は読者が置いてけぼりになってしまうって言いたいんでしょ。それはわかりますよ」


 それは僕も犯したミスであり、ビガンゴさんにビシッと指摘されたから気がついて、注意するようになったけど、


「そうそう、しかもラストシーンでしょー。今まで頑張って亀の歩みみたいにトロいながらも一歩ずつなんとか進んできた作品じゃないの。それがゴール手前で下手を打つと無様にすっ転ぶ結果になっちゃうよ。終わり良ければそれで良しって言葉があるじゃない。映画にしろ漫画にしろ、ラストシーンの出来だけで評価は雲泥の差になるのさ。途中までは名作でもラストが微妙なだけで凡作扱いされるものも多いじゃない。だから悩んで悩んで満足のいくものにしなければダメだよ」


「ぐぬぬ。でも、もうほんと時間がないんですよぉ。今週中に終わらせたいんですよぉ」


 わかるよビガンゴさんの言いたいことは。だけど、読者選考の為にはもう書き上げないと時期的にヤバめなのだ。


「一緒に考えてくださいよぉ」


 泣きついてみるがビガンゴさんは知らんぷり。


「だから自分で考えないとだーめ。 ビガンゴはあくまでアドバイスするだけだからー。せいぜい悩みたまえ青年」


 立ち上がったビガンゴさんは冷蔵庫からビールを取り出し、ガラリと窓を開けると「ビガンゴはちょっと晩酌にでも行ってくるよ。じっくり考えなよ」と言って空飛ぶ絨毯に乗り、すいーっと上空へ飛んで行ってしまった。


「なんだよ。一番困ってる時だってのに、あてにならない象だ。肝心な時に頼りにならないんだから……。鼻をなますにしてやるぞ、ちくしょう。あーどうしよう。なんとかひねり出さないと……」



 一人きりになった部屋で再び原稿に向き合う。

 夏空の下、肩を並べて自分たちの作り出した入道雲を見つめている二人。主人公の隣に立つ小柄な少女は汚れたTシャツにジーパンというラフな姿だ……。




「最高の雲になったな」


 主人公が言うと、軍手をつけたまま照れたように鼻を撫でるヒロイン。煤が鼻の頭についたことに気づかず、えへへと笑ってキラキラ輝く瞳を主人公に向ける。


「あなたがいなかったら、私、きっと諦めていたと思う……。雲職人になることも、この鑑評会に参加することも」


 清々しくヒロインは言うのだ。そして、主人公も言う。


「それは俺だって同じだよ。こんなに一生懸命になることなんてなかった。今までの人生はそつなくこなして平凡に生きているだけだった。でも、君に出会えて変わったんだ。ありがとう」


 見つめ合う二人。……いいぞ、ここまではいいぞ。やれ。告白だ。頑張れ主人公! 君ならできる!


 真剣な顔でヒロインを見つめる主人公。自分を落ち着かせるように小さく息をはいて口を開く。


「君が好きだ。君が雲を作るのを見るのが好きだ。もっと君と一緒にいたいんだ。もしよければ、これからも、そばにいさせてくれないか」


 一陣の風が二人の間を吹き抜ける。芝生が波打つ。驚いたように瞳を丸くしたヒロインは頬を染める。しばしの沈黙の後、少女はこくりと頷いた。





 ……どう? ねえ? どう?



 悪くはないよね。悪くはないと思うよね。ね? 悪くはないよね。

 だけどなー。けど、なんとなくしっくり来ない。ラストシーンとしては平凡ではなかろうか。

 考えれば考えるほど正解がわからなくなっていく。難しい。難しすぎる。遠くから見ればしっかりと形がわかるのに、いざ近づいて見ると輪郭がぼやけてしまう。まるでドット絵みたいだなーっなんて思いながら、再びキーボードをほっぽり出して大の字に寝転んで天井を見上げる。


(自分が告白するとしたらどうするか)


 ビガンゴさんに言われた言葉を思い返す。


 もし、僕が佐伯さんに告白をするとしたら……か。

 どうするだろうか。見上げる天井に、もやもやっと佐伯さんの顔が浮かぶ。赤い縁の眼鏡。フェイスラインに沿うように流れるショートカットキーの黒髪。悪戯っぽく僕を見上げる大きな瞳。ちょこんととした可愛らしい鼻。えへへ、と笑うあの顔を思い出すだけでなんだかドキドキしてくる。


 告白か。今まで告白なんてしたことないからどうやってすればいいのかわからない。自分の書く物語の主人公とおんなじだ。

 ずっと好きでした! と叫んで手を差し伸べて頭を下げたりすればいいのかな。そんなのカッコ悪いよな。テレビ番組じゃないんだから。どうせなら小説の中だって現実世界でだって、カッコよく決めたいよ。

 壁ドンして「俺と付き合えよ」とか言うのはどうだ?

 いやいや、キャラじゃないし、そんなオラオラ系じゃないし、恥ずかしいし無理。


 どーしたもんか、とあーだこーだ考えていても、埒があかない。時間だけがすぎていく。アイデアは出ない。


 もうダメだーっと寝返りを打つと、カーテンの開いた窓から夜空に浮かぶ綺麗な満月が見えた。


 綺麗な満月だな……と、呟いて、僕はひらめいた!


 ……これだ!


 ガバッと勢いよく起き上がる。

 かの文豪、夏目漱石が、『I love you』という言葉を日本語に訳す時に「月が綺麗ですね」と洒落た訳を披露したとかなんとか、そんな話があった。

 一般人に言ったところで、ぽかんとされるか、そうですねー、なんてこちらの意図に気づかずに普通に返されて終わる台詞だけど、佐伯さんは無類の読書好きだ。僕がこんな台詞を言ったら、その意図に気づかないわけがない。


 いける。これはオシャレな感じじゃないか?


 二人で夜道を歩く。ふと空を見上げて僕が言う。「月が綺麗だね」

 佐伯さんはハッとして意味に気づき、少し俯いて立ち止まる。それに気づかずに歩いていこうとする僕のシャツの袖口をそっと掴み、頬を染めながらこう囁くのだ。


「……死んでもいいです」って。


 これは二葉亭四迷がツルゲーネフの中編小説『アーシャ』の翻訳として出版した『片恋』の中で「私はあなたのものです(Ваша…)」という意味のロシア語を訳した時の引用らしく、これまた読書好きなら原作など読まずとも何故か知っている雑学でなんともオシャレな言い回しだ。きっと彼女ならこのくらいの素敵ワードを僕に贈るだろう。


 こうして、二人は結ばれる。なんて素敵でロマンティックな愛の告白だろうか。素晴らしい!

 よし、これで行こう!

 決めた。僕は佐伯さんに告白する時はこの方法でやってやる!

 きっといける気がする!

 そうして、僕は彼女の震える肩を抱き寄せて、そっと口づけをするのだ。優しく、甘く。うふふ。ふふふ。


「……ただいまー!良い月が出てるよー、って何してんの? タコのモノマネ?」


 ガラリと窓を開けて、ビガンゴさんが帰ってきた。


「うっわー!なんでもないですよ! 急に帰ってこないでくださいよ」


「頭でもおかしくなったのかと思ったよ。で。案は浮かんだの?」


「ふふふ。完璧ですよ。佐伯さんは僕の超絶オシャレな愛の告白でイチコロですよ」


「……君の話? 小説じゃなくて君が告白する話? どっち?」


「はっ。しまった。そうだ小説のことを考えていたんだ! 自分のことを考えていた」


「相変わらずだなぁ、君は。ま、面白そうだから聞こうか。どうやって告白するんだい?」


 面白そうというのは心外だったが、自慢のアイデアなので、意気揚々とビガンゴさんに僕の計画を話した。


「ふーん。ま、ちょっと童貞臭くはあるけど、実際童貞なんだからいいんじゃない」


「失敬な」


「で、君の告白は分かったけど、小説の方はどーなのさ?」


 あっさり僕の天才的素敵告白方法の話を閉じて、トコトコと画面を覗き込むビガンゴさん。


「ふむふむ。あれ? なんだ。良いじゃない。ストレートな感じで。君が眼鏡ちゃんにやろうとしている回りくどくて童貞臭いダサい告白なんかより、全然良いじゃない」


「……え? ホントですか?」


 褒めてるのだか貶しているのだかわからない。


「青春童貞小説なんだから、最後くらいはストレートに決めて良いんじゃない? 読者だってここまで読んでいれば二人がうまい感じで結ばれる事を望んでいるんだから、いちいちまどろっこしい方法で奇をてらうよりか、全然いいよ」


「じゃ、この感じで進めちゃって良いですかね?」


「うん! 頑張って!」


 まさかのお墨付きだ。よし、そうと決まればあとは書くだけじゃないか。間に合う。これなら間に合うぞ。僕はやる気になって一気にラストシーンを書き上げるべく原稿画面に向かったのだった。




「……どう?ビガンゴさん。これで完成なんだけど」


 二日後。完結させた原稿をビガンゴさんに読んでもらった。ドキドキしながらビガンゴさんが読み終わるのを待つ。


「うん。いいんじゃない。頑張ったね。いい作品ができたじゃない」


ささっと例によって高速で読み終えたビガンゴさんはにこりと笑った。


「やったー! じゃあ公開しますね! これでようやく完成かー。長かった。辛かった!」


 当初の予定通り、読者選考が終わる一週間前に作品を完結させることができた。僕は万歳して、ライリーに最終話を投稿し、SNSにリンクを貼って宣伝文句を書いた。後は評価が入るのを祈るだ。


「どうか神様! 僕の作品が読まれますように!」


 両手を合わせ、目を閉じ祈りを込める。


「君さ。物語の神様であるビガンゴの前で、どこの神様に神頼みしてんのさ。ビガンゴに祈りなさいよ。お供え物を持ってきてさ」


「何言ってんですか。ビガンゴさんは物語の神様でしょ。宣伝とかはできない系の神様でしょ」


「……そうだけど。でも目の前で他の神様に手を合わせてるの見ると、なんか嫌じゃない」


「ジェラシー感じてるんですか? 神様のくせ」


「ぱおーん!! 別にビガンゴは君のことなんか、なんとも思ってないんだからね!!」


 なんだ、このツンデレみたいな象は。ま、兎にも角にもライリーコン参加作品は完結した!


 後は結果を待つだけだ。バイトのシフトも増やそう。執筆のために休みがちだったので、金欠はやばいところまできているのだ。中間発表は例年通りなら三月だし、それまでは働こう。働きまくろう。若者は労働をするべきなのだ。

 がっつりとシフトを入れて僕はいつものフリーター生活に戻ったのだった。


 

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