【小説家になろう!】
ボンゴレ☆ビガンゴ
第1章「ネガティヴになっちゃうよねぇ……」篇
「お前の小説なんか面白くねえよ」
【丸川小説大賞】
丸川小説大賞とは株式会社丸川文庫が毎年開催している長編小説の公募新人賞である。
応募作品は千を超え、見事大賞に選ばれた作品には賞金百万円が与えられる。多くの者が小説家を目指して、この賞に自信作を送りこむが、一次選考を通過する事ができる作品はひと握りだけである。
狭き門をくぐり抜け二次選考へ進むことができれば選考委員から講評が与えられるので、大多数の者はまずはこの一次選考を抜けることを目標とするのである。
そして、今日。
春先の応募締め切りから約半年を経て、ついに一次選考の結果が発表される日がやってきた。
日本中の小説家志望の老若男女は固唾を飲んで、その時を待っていることだろう。
そう、この僕を含めて……。
☆ ★
ディナーの仕込みをしながら時計を見る。あと十五分。今日のシフトはランチのみ。
バイトが終わったらすぐにスマホで丸川文庫のサイトを見るのだ。そこには小説大賞用の特設サイトがあって、この時間なら一次選考の結果発表が出ているはずだ。
はやる気持ちを抑えつつ食材の仕込みを急ぐ。
応募にあたり、初めて十万字を超す長編を書いたのだが自信がある。
予言しよう。
僕は今日、丸川の一次選考を突破する。この閉塞感しかないボンクラフリーター生活から卒業するのだ。
定職につかなかったことで親には散々小言を言われたが、いまに見ていろ。小説家として大逆転の人生がスタートするのだ。
大賞をとれば、賞金百万円が待っている。そうすれば、後輩の佐伯さんだって僕のことを見返して、きっと愛の告白をしてくるだろう。そうして僕と佐伯さんは永遠の愛で結ばれるのだ!
ふふふ、想像するだけでニヤけてくるが……いかんいかん。まだバイト中だ。ホールスタッフの美樹本さん(女子大一年)が訝しげな目でこちらをみている。頬を引き締めねば。
そうだ、冷静になれ!
なにせ初めて書いた長編小説だ。粗もあるだろうし、さすがに処女作で大賞をとるなんて出来すぎている。僕だってそこまで自惚れてはいない。
だが、これほどの大作だ。きっと最終選考で落ちたとしても、担当編集がついて拾い上げで作家デビューとなるのは明白だろう。
なぜかって? 決まっている。
だって、僕の小説は最高なのだから。
自信がある。未来の大作家である僕は確信している!
来年の今頃には職業『小説家』だ。ふふふ。僕の未来は明るい。
僕のことを馬鹿にしてきたやつらを見返すんだ、僕には文才があるんだ!
急いで着替えた僕は駆け足でバイト先のピザ屋を出て、横ちょの自販機で缶コーヒーを買った。
期待と若干の不安が胸の鼓動を早めている。スマホはポケットの中。すぐにでも結果は見られるけれど、バイト仲間がウロウロしているような場所では見ていられない。一人で落ち着いて見るんだ。
ランドセルを背負う子供が僕の脇を駆けていく。もう九月も終わろうとしているが、フリーターには夏休みもなければ二学期もなく、さらに言えば金も責任も希望もない。ま、これはこれで悪くない生活ではある。
それにしても秋らしい穏やかな陽気だ。
太陽は貧乏フリーターの履き潰したスニーカーにも分け隔てなく暖かな日差しを注いでくれる。気持ちがいい。素晴らしい天気だ。これは良いことが起きそうだ。スキップしちゃおうかな。やっぱりやめようか不審者だものな。
弾む気持ちで歩いていると公園が目に入った。ボール遊び禁止の看板が掲げられた小さな児童公園だ。幼い子供を連れた母親と、犬の散歩をする老人以外に人はいない。ちょうどいい。ここにしよう。
ベンチに腰掛けポケットからスマホを出す。丸川小説大賞と打ち込む。
特設ページに現れた小説大賞のロゴ。スワイプしていくと《お知らせ》の欄に一次選考結果発表の文字があった。目を閉じて小さく息を吐く。
立身出世の壮大な物語の第一ページがここから始まるのだ。
期待に胸を躍らせて結果発表の文字をタップした。画面が切り替わる。
【第二十回丸川小説大賞一次選考結果発表。】
『第二十回丸川小説大賞は総数1532作のご応募をいただき、この度、第一次選考通過作品40作を決定いたしました』
ほほう。40作品か。どれどれ、僕の作品はどこにあるのかな。
区切り線の下に、ペンネームと応募作のタイトルがずらっと並んでいる。
心を落ち着かせ、人差し指でゆっくりとスワイプしていく……。
……。
…………。
……お?
…………あれ。
……いやいや。
……まてまて。
……。
……おい。ちょ、マジ?
……ないぞ。
ちょっと待て。
僕の作品がない。
慌てて一番上からもう一度見直す。
……。
…………。
……ない。
……やっぱりない。
うそだ。なんで無いんだ……。
予想外の出来事である。
もう一度見よう。もう一度だけ見直そう。焦る気持ちを落ち着かせ、指差し確認しながらスワイプしていく。
しかし、何度見返しても僕の作品はなかった。
全身の力が抜けていく。
うそだ。
そんなわけない。まさか、この僕が一次選考落ちなんて……。
《お前の小説なんか面白くねえよ》
嘲笑された気分だった。
力なくスマホの画面を伏せた。強張っていた全身の緊張が解けていくのがわかる。渾身の作品だったのに……。
甘ったるい缶コーヒーを口に運ぶ。舌に残る缶独特の雑味。ベンチの背もたれに体を寄りかからせ視線を空にやる。乾いた風が頬を撫でていく。
終わった……。
一生懸命書いたのに……。
なぜだ。なぜないのだ。考えろ。こんなわけない。何かの間違いだ。
……いや、まてよ。とここで一つの仮説が頭に浮かぶ。
そうだ!
もしかしたら緊張のあまり去年の一次選考の結果とかを見ていたのかもしれない。そういうお茶目なところがあるからな、僕は。
よし、もう一度だけ確認しよう。丁寧に丹念にサイトをじっくり見るんだ。さっきは気づかなかっただけで、ちゃんと見ればきっと自分の名前が一次選考通過者の欄に載っているはずだ。もう五回は見たけど、念のためもう一度だ!
自分に言い聞かせながらスマホの画面を出したときだった。
ピロン、と通知音が鳴ってスマホの画面上部にメッセージが表示された。
『先輩! 応募していた丸川小説大賞の一次選考を通過しました!! やったー! 焼肉を奢ってくれる約束、佐伯は意地汚く覚えていますよ』
うさぎが大喜びしているスタンプを添えて、佐伯さんからの報告が飛び込んできた。
なんだって?
一瞬ぽかんとして、すぐに慌てて選考結果を見返す。
上から順に一次選考通過作を見ていく。
……あ!!
なんてこった!
あった! 佐伯さんのペンネーム『さつき風香』作品名は「桜吹雪の舞う丘で」
彼女も応募していたなんて。
迂闊だった。少し考えれば分かりそうなことだったのに。
ペンネーム「さつき風香」本名、佐伯静華。二つ年下の女子大生で小説家志望の女の子だ。赤いメガネがトレードマークの小柄な文系少女で、僕とは高校時代に所属する委員会が同じだった。
佐伯さんは猫のように気まぐれだけど犬のように人懐っこい性格で、先輩後輩関わらず誰からも慕われていた。名前を呼ぶと嬉しそうにぴょこぴょことショートカットの黒髪を揺らしてやってくるのが定番だった。
小説家になりたいと高校の時から言っていた佐伯さんだから、丸川の賞に応募していても不思議はないのだが、自分のことで頭がいっぱいで彼女の事なんか考えもしなかった。そうか、彼女も応募していたのか。そして、一次選考を通過したのか。
まさかの展開にうろたえながらも返信を打つ。
『おめでとう。悔しいが約束は約束だ。いいだろう。焼肉に連れていってやろう』
先輩風を吹かせた形になったが、これは断じて負け惜しみではない。年長者の余裕の表れなのである。
『やったー!いつにします? ちなみに、佐伯は今週ならいつでもいいですよ』
すぐに帰ってくるメッセージ。色々な思いが頭をよぎったけれど、僕もすぐに返信をした。
『善は急げと言う。ならば今夜にしよう。それに僕もちょうど今日は酒をかっくらいたい気分だったのだ』
『え? 先輩何かあったんですか?』
はてなマークを頭上につけた女の子のスタンプ。
白状してしまいたい気持ちをぐっとこらえて返信を打つ。
『特に何もないさ。未来ある作家のタマゴと違ってこっちはぐうたらフリーターだからな。ともかく、今日は佐伯さんのお祝いだ。パーっといこう』
自虐的な文字列を打ち込みながらも、複雑な心境であった。
実は、僕は小説を書いていることを佐伯さんに伝えていないのだ。
この丸川小説大賞の一次選考を通過したら、ちょっと自慢げに伝えるつもりだった。
『試しにテキトーに書いてみたら通過しちゃったよーっ。がっはっは。小説なんて軽い軽い』と、さも大したことではないような感じで、さらっと言うつもりだった。
……けどそんな目論見は泡と消えた。甘くなかった。
「じゃあ、今日は飲んじゃいましょう!楽しみです!」
投げキッスする女の子のスタンプつきの発言。
佐伯さんは悪い子じゃないのだけれど、こういうスタンプとかをポンっと投げちゃうから、恋愛経験のないボンクラ野郎は勘違いしちゃうんだよ。
恋愛経験のないボンクラ野郎……。ぼ、僕のことじゃないぞ!!
先回りして述べておくが、僕は彼女の気を惹きたいなどという、やましい気持ちで小説を書き始めたのではない。 自分の文才を信じたからだ。そんな下心はない! 断じてない! ないのだ!
でも、佐伯さんから告白してくるというのならば、そりゃもちろん交際することもやぶさかではないが。
まあなんだな。彼女が頬を赤らめて、もじもじしながら愛を告白してくるというのなら、紳士である僕は甘んじてその愛を受けとめようではないか。
女性に恥はかかせない。それが紳士だ。ボンクラフリーターとて、そのくらいの男気はあるつもりだ。
それに、何を隠そう佐伯さんと僕との間には、言うなれば運命的な、言うなれば赤い糸的な、真実の愛的な、そんな素敵な共有事項が存在しているのだ。だから、彼女と僕が交際をするのは何も不思議なことではないのだ。
思えば高校三年生の初夏、あの通学電車で起こったこと。すべてはあの時から始まったのだ。かっこよく言うならば、運命の歯車が回り始めた、というのだろうか。言うでしょう。うん。言うんだ。僕と佐伯さんは運命の赤い糸で結ばれているのだ!
待て待ていやいや、ちと待たれい。違うぞ。僕の一方的な気持ち悪い感じのストーカー的片思いとかではなくて本当に運命なんだ。
いやガチに。マジで。
本当に運命なんだもん。仕方ないじゃん。
……信じてないな。
よし。ならば、ちゃんと運命だということを説明しようではないか。
そう。あれはなんてことはない。
いつも通りの通学中のことだった……。
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