「選考の結果をダラダラ待ってるだけなんてダメだよ。」
幸運なことに僕のライリーコンテスト参加作品は完結と共にポツポツと評価が入り始めた。
こんなに嬉しいことはない。世の中には沢山の娯楽が溢れているし、小説に限ったって名作と呼ばれる作品がごまんと出版されているのに、それなのに、何処の馬の骨とも知れないアマチュアのWeb投稿の小説に貴重な時間を費やして付き合ってくれて、面白いと評価を入れてくれて、更にはレビューまで書いてくれる人がいるのだ。感謝の気持ちでいっぱいだ。
それに……。
『私のオススメはコレ! 「浮雲DAYS」王道青春ラブコメって感じで、楽しく読ませてもらいました!』
ふと【Tubuyaita-】を開くと、そんな風に僕の作品をリンク付きで宣伝してくれた人がいた。その名は「さつき風香」さん。そう! あの佐伯さんだったのだ。
バイト先のバックルームでそれを発見し「うおー!!」と叫んでしまい、お昼を食べている女子大生の美樹本さんに驚かれた。
「……っくりしたぁ。どーしたんすか先輩」
僕がまかないで作ってあげたパスタを口に運んだ姿勢のまま、美樹本さんはモゴモゴと尋ねてくる。
「あ、いやなんでもない。それより美樹本さん試験の時期だろう? 勉強はちゃんとしてるのか?」
本当は美樹本さんの相手をするよりも、佐伯さんのSNSでの呟きをもっと噛み締めていたかったのだが、僕がライリー作家だということを美樹本さんに知られるわけにもいかないので、慌てて話を変えた。
一月といえば大学生は試験期間だ。学生バイト達はシフトを減らしている。美樹本さんも例に漏れず、なのだが、あまり勉強をしているようには思えない。……というのも、彼女は僕が作品を更新する度に『秒』で読みに来て応援ボタンをポチッと押してくれていたからだ。どうやら美樹本さんは完全にライリーにハマっているようだ。特に今回のコンテストでは優良な読み専としての地位を確立し始めているようで、ジャンルを問わず多くの作品を読んで、応援コメントをジャンジャカ残してはSNSで感想を呟いている。その量があまりに多いので、あんまり勉強していないんじゃないかなって思うのだ。学生の本分は勉強であるぞ。
「あー、私、意外と勉強できるんすよねー。あはは。試験なんて楽勝っすよ」
パスタをずるずる食べながら答える美樹本さん。あまりにニコニコして答えるので信憑性にかける。とはいえ、大変おっちょこちょいな部分のある彼女だが、バイト中も突発的なアクシデントが起きない限りは真面目で優秀なのだから、ちゃんと勉学にも勤しんでいるのかもしれない。
「レポート提出も、もう終わらせてますし、試験も殆ど終わってるし、最高の春休みが迎えられそうっすね。だから暇さえあればずっとライリーで小説を読んでますよー。ちょうどコンテストの期間なんで、面白いのがジャンジャン出てきてて楽しいっす」
キラキラした瞳の美樹本さん。バイト仲間に好かれるのもわかる整った顔立ちである。おっぱいも大きいし。
「ライリーか。そういえばこの前オススメしてくれた作品があったな。あれはどうだった? 面白かったか?」
知らないふりをして聞く。彼女が僕に教えてくれた作品は自称女子高生作家の緑川さんが書いている美少女日常系ミステリー『笹井れもんの些細な疑問』と僕が書いている『浮雲DAYS』の二つだった。緑川さんの方が僕より先に完結していて星の数も多い。連作短編の形をとっているけれど、どの話もいい塩梅のほのぼのミステリーで評価が入るのも納得だ。
「どっちも面白かったっすよ。先輩も読んでみてくださいよ。特に『浮雲DAYS』の主人公がなんとなく先輩に似てるんすよ。読んでると先輩の顔が浮かんで笑っちゃうんすよ」
楽しげな笑みを浮かべて美樹本さんは言う。うーん、そんなに地が出ていたかな……と、こっぱずかしくなりながらも、面と向かって面白かったと言われた僕は有頂天だった。人に褒められることなんて、滅多にない人生だったから、否が応でも頬が緩む。佐伯さんにも読んでもらえたし。
本当は「この作品は僕が書いたんだぞ!」なんて言ってしまいたい衝動にも駆られるが、まだ結果は何も出ていない。緩む頬を引き締め眉間にしわを寄せてグッと堪えて、さして興味があるような顔もせず、適当に会話を切り上げ店を出た。
実は僕の小説は週間ランキングの上位に浮上していた。多分、いわゆる『完結ブースト』というやつだろう。単純な話で、物語が終わったから追ってくれていた人の評価が集中したというだけなのだと思う。そうはいってもランキングに名前が出るなんて初めてだったので素直に嬉しかった。
ただ、評価をくれたのはSNSで絡みがある人が多いという事実が喉につっかえた小魚の骨のようにチクチクと心を痛めた。
皆は僕の作品を付き合いで読んでくれただけなのかもしれないし、ぶっちゃけ皆がちゃんと本気で面白いと思って星を入れてくれたのかもわからない。それこそ忖度で星を入れてくれた可能性もあるわけで、そうなると本当に実力で評価されているのか不安になってくる。もしかしたら、誰も僕の作品なんて面白いと思っていないのに、お情けで票が入りランキングに乗ってしまっただけなのかもしれないのだ。評価が入ってレビューを書いてもらえばとても嬉しいはずなのに、何故かもらったレビューの裏の感情を読み取ろうとしている自分がいた。
「……君はまーたネガティヴな発想になってるね。なんなの? 週間ランキングの八位だよ? 累計じゃないけど、でも最終週に八位なら読者選考は通過したも同然じゃないの。なーんで落ち込んでんのさ。バッカじゃないの」
寝っ転がって尻をぽりぽり掻きながらビガンゴさんは言った。
ビガンゴさんが吐き捨てた通り、僕の作品はコンテスト最終週のラブコメ部門ランキングで八位にランクインと大健闘していたのだ。SNSでもフォロワーからは「きっと読者選考通過するよ!」などと暖かい言葉をかけてもらったが、僕は期待より不安の方が大きかった。
「もっと、こうねぇ、ポジティブに生きなさいよ。病は気から、倒れる時は前のめり。ね?」
ビガンゴさんの能天気な発言に思わずため息が出る。
「言ってることはわかりますけど。ネガティブなのは性分なんだから仕方ないでしょ。特に今は燃え尽き症候群的なやつなのかもしれませんし」
「は? 燃え尽き? なんだって?」
「燃え尽き症候群ですよ。こんなに頑張って何かを成し遂げた事なんて、今までなかったですもん」
「おいおい、バカなことは言わないでおくれよ。まだ何も成し遂げてないだろ? 君の目的は商業デビューなんだろう? ならまだ何にも始まってないじゃないの。選考の結果をダラダラ待ってるだけなんてダメだよ。ライリーだけを見ても新しいコンテストの情報も出ているし、公募の新人賞だっていっぱいあるんだから、どんどんアイデアを出してプロットを書いて資料を集めて書き始めないと!」
「……そうなんですよね。わかってはいるんですけど」
「もし仮に商業デビューしたら更に大変だよ。コンスタントに作品を出さなきゃいけないんだよ。一作書き上げてテンション落ちてるようじゃ成功なんて夢のまた夢だぞ」
辛辣な言葉だが言ってることは本当だ。世の商業作家は生き残るためには常に作品のことを考えているのだろう。そんな歴戦の猛者の中に飛び込もうとするのなら彼らよりももっとストイックに作品に向き合わなければならない。それはわかるけど……。
僕が反論もせず落ち込んでいると、「ま、そうは言っても、ポンポンとアイデアが生まれるような天才でもない限りアウトプットばかりじゃ新しい発想も生まれないだろう。たまには息抜きも必要か」とビガンゴさんはやれやれと首を振って言った。
「読者選考の結果が出るまでね。インプット期間にしてみたら?」
「いいんですか?」
「ただし、漠然と過ごしちゃいけないよ。映画でも小説でもゲームでもなんでもいいけど、色んな娯楽に触れて、どこが魅力で何が人気の理由なのか、ストーリーの組み立て方はどうなっているのか、そういったことを考えながら見るんだよ」
ポンッと僕の肩を叩き、ビガンゴさんは立ち上がる。
「晩酌ですか?」
「……いや。君が小説を書かないのなら、ビガンゴがここにいる必要はないから出ていくよ」
ビガンゴさんはサラリと衝撃的なことを言った。
「え……出ていくってどういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。君は小説を書かないんだろ。だからビガンゴは別の所に行くんだよ」
「いや、でも……。別に出て行く必要はないじゃないですか」
自分の言葉に驚いた。僕はこの珍妙な象人間のことを疎ましく思っていて、出来れば早くいなくなってほしいと思っていたはずなのに、こうして急に出て行くと言われたら、とっさに引き止めていたのだ。数ヶ月という短い期間ではあるが、僕はこの奇妙な同居人に情が移ってしまったのかもしれない。
「ははは。君は本当にバカだなぁ。ビガンゴと君は契約を交わしているのだから、本当に出て行くわけじゃないよ。ビガンゴはビガンゴで色々な用事もあるのさ。ライリーコンテストの読者選考が終わる頃には帰ってくるよ」
「なんだ。そういうことですか。わかりました。なんだよ、びっくりして損した。ま、別に帰って来なくてもいいですけどね」
視線を逸らし憎まれ口を叩く。ビガンゴさんはニヤリと笑い「君が小説を書くのを辞めるというなら話は別だけどね。そろそろ新しい帽子が欲しいから」などと良くわからないことを言った。
「辞めるわけないじゃないですか。ライリーコンテストで優秀賞を貰って作家デビューするんですから」
「ははは。その意気だよ。じゃあ、また会おう」
そう言ってビガンゴさんは窓を開け、空飛ぶ絨毯で夜空に消えていった。残された僕は急に広くなった六畳一間の我が家を見渡し、ため息をついた。
☆ ★
ビガンゴさんは本当にいなくなってしまった。寂しいかと言われれば否定はしないが、正直むしろ僕の生活は随分と楽になった。食費は抑えることができるし、一人で気兼ねなく漫画や小説や映画を楽しむことができるし、好きな時間にセクシーな女優が出演する動画を楽しむこともできた。紛れもない自由な時間がそこにあった。なんだよ、いない方が楽じゃないか。このまま帰ってこなくてもいいよ、と夜空を見上げて思った。
二週間もするとビガンゴさんの事など思い出すことも少なくなってきた。なんなら、あの象人間が本当に存在したのかどうか疑問にさえ思うことも増えてきた。象人間だぞ。あれは本当に実在したのだろうか。
小説を書くという精神的負担に耐えきれずに僕が作り出した妄想だったのではなかろうか。そんなことすら考えるようになっていた。
二月はあっという間に過ぎていった。バイトばかりの味気ない日々。ライリーコンに時間を割くためにシフトを減らしていたので一月分の給料が驚くほど少なくて本気で焦ったけど、意外となんとか乗り切ることもできた。大飯食らいもいないし。
……いないのに、いても面倒なだけなのに、ふとビガンゴさんのことを考えている自分がいた。
そして、春の訪れを予感させるような暖かい日差しが降り注ぐ日も時折、訪れるようになった三月中旬。SNSのライリー作家界隈でもライリーコンの中間発表の話題が増え始めていた。ライリーの公式ブログでも三月中に中間選考の結果を発表すると謳っていた。そろそろかもしれないという期待感が文字だけのSNSの世界にも充満し始めていた。
SNSを見る限り、中間選考はかなりの数が通るのが通例のようだったが、僕は不安でいっぱいだった。『浮雲DAYS』は読者選考を通過できるのだろうか。最終週のランキングでは一桁台という好ポジションをつけていたが累計のランキングでは三〇番台と順位を落としている。昨年のコンテストでは四〇作近くの作品が読者選考を通過しているらしいが、微妙なラインである。
結果発表が待ち遠しいような、永遠に来て欲しくないような、期待と不安を抱えて日々を過ごしていたが、何の前触れもなく『その時』はやって来たのだった。
バイト終わりのバックルーム。いつものように何気なくスマホを手にSNSを開くと、タイムラインでライリー作家達が盛り上がっていた。雰囲気ですぐにわかった。中間選考の結果が発表されたのだと。
ズラリと並ぶ喜びや無念の呟きの中、まず目に飛び込んできたのは緑川さんの呟きだった。
《拙作『笹井れもんの些細な疑問』が皆様のお陰で中間選考を通過いたしました! 応援して頂いた皆様!ありがとうございます!》
おお、と心の中で歓声を上げた。よかった。緑川さんは通過したのか。見ればその呟きには沢山のおめでとうのリプがついていた。
ついにこの日がやって来たのか。緑川さんの呟きを見たら一気に緊張感が増した。僕の作品はどうなっただろうか。通過か、落選か。高鳴る胸の鼓動を抑え、ライリーにログインする。
『ライリーコンテスト中間発表のおしらせ』
大きく描かれたコンテストのロゴ。リンクをクリックすると、定型文に続いてジャンル毎に中間選考の通過作がずらりと並んでいた。
汗ばむ手でスマホの画面をスワイプしていく。
定番の異世界ファンタジーからSF.現代ファンタジー、ミステリードラマ、ラブコメ、恋愛と続いていく。
僕の作品はラブコメだ。
……。
……。
上から舐めるように見ていく。
……。
……。
……蘇るデジャブ。前にもこんなことがあったような……。あれは去年の晩夏の頃。丸川小説大賞の一次選考の発表の時だった。あの時は自信満々だったのにカスリもしなかった。今回は……どうだろう。あの時よりも筆力は上がってるはずだけど。自信はない。あの時、根拠のない自信を持てたのは実力が無かったからだ。今は不安で仕方がない。
……。
緊張しつつスワイプしていく。
あっ……。
思わず声が漏れた。
……。
……あった。
あった、あったぞ!!
並ぶ作品群の真ん中に『浮雲DAYS』と僕の作品タイトルがしっかりと載っていた。
やった! やったぞ!
「よっしゃああ!!」
スマホを握りしめて叫ぶ。バイト先のバックルームであることも忘れて。
「ど、どうしたんすか? 先輩?」
更衣室で着替えていた美樹本さんが恐る恐るといった感じで顔を出してきた。彼女も僕と同じ時間の上がりだったのだ。
「あ、美樹本さん、いたのか! 『浮雲DAYS』がライリーの一次選考通過したんだ!!よかったー!!」
叫んでから、ハッとした。ヤバい。喜びのあまり口が滑ってしまった。
「え? 浮雲DAYS……? ライリーの?」
整った眉を寄せて首をかしげる美樹本さん。
「それって、まさか、ちょっと待って、嘘っすよね? まじすか?」
段々と僕が口を滑らせた言葉の意味に気づいたのか、声を裏返らせて叫んだ。
「先輩があの作品の作者だったって言うんすか!?」
「いや、あの、その……」
誤魔化しようはいくらでもあったのだが、咄嗟のことでしどろもどろになる。
美樹本さんは僕に詰め寄り「先輩が作者だったんすか? どーなんですか? 」と責めるような口調で言う。
「えっと、その……」まごまごしていると、美樹本さんはポンっと手を打ち「わかった! だから主人公のウジウジ男が先輩っぽかったんだ!」と身もふたもないことを言い出す。
「し、失礼な! アレはワザとそういうキャラにしたの! 僕はあんなに優柔不断じゃないぞ!」
「やっぱり! 先輩が作者なんじゃないですか!」
「し、しまった! 卑怯だぞ美樹本さん! 誘導尋問だなんて!」
「勝手に先輩が一人で言ったんじゃないすか! なんで隠してたんすか! 言ってくれればもっと応援したのに!」
そんなやりとりをしていると、バックルームの扉を開けて店長が鬼の形相で現れた。
「お前ら! 仕事終わったからってうるせえんだよ! 着替えたら、はよ帰れ! ……って、なんだなんだ! そんなに顔を近づけて! デキてんのかお前ら! くそ! いちゃいちゃしやがって!」
昨日、また合コンが空振りに終わったという店長はご機嫌斜めのご様子で、僕達をせき立てた。
「ちょ、店長違いますって、これには訳が……」
「聞きたくもねえ! あーもー腹立つわー。さっさと帰りやがれ!」叫ぶとしっしと犬でも追い払うようなジェスチャーをする店長。なぜかキレている店長に追い立てられ、僕たちはそそくさと店を出た。
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