「オフ会というのは『人見知り』が行ってはいけない場所である。」

「オフ会というのは『人見知り』が行ってはいけない場所である」


 特に大人数で集まるような会には絶対にだ。これは声を大にして言っておきたい。決して僕と同じ轍は踏むんじゃないぞ、若人たちよ……。



☆  ★


 存在しない後陣への忠告を胸に、僕は賑やかなレンタルスペースの白々しいまでに白い壁を背に無言で立っていた。右手にはオレンジジュースの入った紙コップ。視線は虚空。ワイワイガヤガヤの部屋の中で、孤独にチビチビと唇を湿らして時を潰していた。


 この会場に来て早一時間。一日博士や来夢雷都さんはこのオフ会の幹事なので、挨拶回りと雑用で忙しそうにしているし、緑川さんは他の作家さんに呼ばれて向こうのテーブルに行ってしまい、そのまま楽しそうに談笑している。


 僕にも何度か声をかけてくれた人がいたが、人見知りが発動してしまったため会話は弾まず、気づけばひとり壁際に追いやられていた。


 おかしい。こんなはずじゃなかった。

 このオフ会にはSNSで絡みのある作家さんが何人もいる。そんな作家さんとアットホームに楽しくお喋りをして、創作論などを語り合い、僕という作家を認知してもらい、小説を読んでもらい、僕の才能に気づいてもらい、ファンを作る。

 そういう壮大な計画があったのだ。


 僕の小説は面白いはずだ。物語の神様だと自称するビガンゴさんも「まあまあじゃない?」といってくれているわけだから、少なくとも「めちゃくちゃつまらないもの」ではないはずだ。

 だが、いかんせんPVが増えず、評価もされない。これは致し方のないことであるが、だからこそ、このオフ会で認知度を上げ読者を増やそうと思ったのだ。思ったのだよ……ぐすん。


 それなのに、まさか一人ぼっちで果汁の少ないノンブランドのオレンジジュースを壁にもたれて飲むだけとは!


 僕は一体何しにきたのだ!!



【Tubuyaita-】で交流のある人なら会場で会えば人見知りの僕でも気軽に会話ができると思ったのが間違いだった。


 人見知りはオフ会になど来てはいけない!

 SNSと現実は違う!


 なぜそれに気がつかなかったのだ。悔いても今更遅い。足は氷のように固まり動かない。楽しげな会話の中へ入る勇気などもう無い。気力ゲージはレッドゾーンだ。


 そもそも、SNSで絡みがある人すら、誰がどこにいるのか全くわかりゃしないのだ。

 名札は首からかけているが、よく見えない。裏返ってしまってる人もいるし、運良く名前が見えたとしてもSNSのアイコンの画像で認識している人が多いので、アカウント名だけを名札に書かかれていても、誰だかわからない。


 あと、カッコいい漢字のペンネームの人は見覚えがあっても読み方がわからない!

 SNSで絡みのある人なのに、名前が読めないんだよ。読み間違えたら失礼だし、絡みがあるのに今更名前の読み方を聞くなんて、失礼な気がして尻込みするし、もうなんか全体的に社交性ゼロの人間には無理だ!


 万策尽きた!!


 ああ、もう来なきゃ良かった。これじゃ大学時代とおんなじだ。

 一人で寂しいのに寂しくないふりをしてスマホをいじって休み時間をやり過ごしたあの頃と同じだ。僕はなんて不幸なんだ。


「どうした若者。 暗い顔して」


 話しかけられて顔を上げると、ガッチリとした体格の坊主頭の男性が立っていた。ドリンクをつぎに来たSNS上では女子高生と自称している緑川さんだ(だが見た目からは1ミリたりともJK要素はない。詐欺だ。悪質な詐欺だ)


 僕よりも年上の男性作家。他の作家さんとの会話を小耳に挟んだところによると、大学時代は小説とは無関係な生活を送っていたようで、アメフト部でOLというポジションだったらしい。

「SNSの中ではOLじゃなくてJKだけどな」と冗談を言ってガハハと笑っているのが遠くで聞こえていた。


「体調でも悪いのか?」


 緑川さんは紙コップにお茶を入れながら心配そうな顔で聞いてくる。


「いえ。なかなか皆さんの輪に加われなくて」


 苦笑しながら白状すると、緑川さんは表情を緩ませて豪快に笑った。


「SNSのキャラと違って繊細なんだな。気づかなくてすまなかった。そんなことなら先に言ってくれればよかったのに。こっちの席が空いてるから来いよ」


 口を大きく広げて笑ったあと、緑川さんは僕を自分が座っていたテーブルに呼んでくれた。緑川さんは僕が想像していたような可憐な女子高生ではなかったが、とても気の回る兄貴的性格だった。


 誘われるままテーブルに向かう。荷物をどけて座る席を確保してくれると、僕を席の人たちに紹介してくれた。

 緊張しながらも緑川さんに促されて挨拶する。


「……というわけで、この若者は初めてのオフ会みたいで、かなり緊張してるみたいだから、優しくしてやってくださいよ!」


 緑川さんが言うと皆は笑顔で口々に「よろしく」だとか「気にしないで楽にしてよ」とか暖かく迎えてくれた。緑川さんよりも年上の方も多い。ウェブ作家というのは思ったよりも年齢層が幅広いみたいだ。


 注目されるのは苦手だけど、緑川さんのおかげでなんとか会話の輪に加わることができたのだ。よかった。



「……ところで、君は今度のライリーコンには参加するのか?」


 ようやく緊張がほぐれてきた頃、緑川さんが太い声で聞いてきた。


「ライリーコン……ですか?」


 聞きなれない言葉だった。


「そうか、君はまだライリーに登録して日が浅いんだっけな。なら知らないのも無理はないか。ライリーコンってのは年に一回行われるライリーの中では一番大きな長編小説のコンテストだよ。賞金総額600万円。丸川文庫の関連レーベルの12編集部が参加するビッグイベントだ。来月、12月から始まって1月の末までが開催期間だ。君もチャレンジしてみたらどうだ?」


「賞金600万……。すごいですね。できれば参加してみたいですけど、長編って10万字以上とかですよね。今から書き始めようとしている話はあるんですけど、それだと間に合わないかもしれないなぁ」


 チャレンジしてみる価値はありそうだけど、もう11月も終わりという時期だ。間に合うかな。今から書き始めて期間内に長編小説を完成させることなんてできるだろうか。ビガンゴさんに言われたようにもっと早くに書き始めていればよかった。


「んー、二ヶ月で十万字か。どうだろうなぁ。でも、やってできないことはないんじゃないか? それに参加するのはタダだしな」


 軽い調子で緑川さんは言う。だが確かにその通りだ。一般公募のように印刷して封筒に入れて郵便で送るなんて手間もないし、ボタン一つでお手軽に参加できるコンテストなのだ。参加して損は無い。

 ウェブ小説ってのは書きながら少しずつ公開していけるし、1月末に完結していれば良いと考えるならば、締め切りまであと二ヶ月以上あるからな。一日1,500字強を書くとするなら、なんとか間に合うかもしれない。


「そうですね。ただですもんね。よし、やってみようかな。祭りは参加した方が楽しいですもんね」


「そういうことよ。ダメモトでやって見りゃいいんだよ。俺も今年は微妙なんだけど、参加はするからな」


 まだ三万字しか書けてないんだよ、と緑川さんが豪快に笑っていると、後ろから女性の声が近づいてきた。


「なになにー、何の話してんのー?」


 ポンっと肩を叩かれて振り向くと、スラリとしたパンツスーツの女性が立っていた。


「あれ、博士。幹事の仕事はいいんですか?」


 緑川さんが聞くと一日博士は細くて白い首をすくめて見せた。


「酔っ払いに仕事は任せられないってさ」


「また飲んでるんですか。どうりで顔が赤いと思った。今日は記憶を無くしたりせんでくださいよ、大変だったんだから前回は」


「あはは。今日はまだ二合しか呑んでないから大丈夫っしょー」


 ニカッと笑いVサインを送る一日博士。


「二合も飲めば十分だろ……」


 太い眉をしかめて緑川さんが呆れる。大きな図体の緑川さんだが一日博士にはタジタジのようだ。


「で、何の話してたの? まぜてまぜて」


 人懐っこい顔で僕の隣に座る博士。首を伸ばす博士の顔が肩越しに近づいてどきりとする。


「ラ、ライリーコンの話ですよ」


 唾を飲み込み、答えると「あー、またその話かぁ」と苦虫を噛むような顔をした。


「今年も結局、読者選考の期間が一緒なんだよね。それはやめた方がいいって、わたしは思うんだけどなー」


 整った顔を歪ませて不満そうな表情を見せた。よくわからないが、どうやら博士はコンテストの運営方法にあまり満足していないようだ。

 博士の発言にテーブルの人たちは頷いたり渋い顔をしたりと、それぞれ反応を示している。僕だけ取り残された形になりキョトンとしていたが、そんな様子に気づいた緑川さんがすぐに説明をしてくれた。


「ライリーコンの特徴に読者選考ってのがあるんだよ。読者の評価で最終選考に進むかどうか決まるんだが、色々意見があってな。博士は作品の応募期間と読者選考の期間が一緒なのが嫌なんだと。そうですよね?」


「んー。まあね。だってそうじゃない。わたしは今回は書き手としては参加しないから、いっぱい読んで盛り上げるつもりだけどさ。コンテスト用の作品をもう書き上げてる人はまだしも、期間中に書きながら公開していく作者さんとかは書くのに必死で他人の作品を読んでる暇ないでしょ。それに期間中にPV推移を見て、改稿したりする人もいるし。そうなると、応募期間が終わって、それ以上書き直したりできない状態にしてから読者選考に移行した方が公平だしコンテスト全体のPVも増えるんじゃないかと思うのね」


 言われてみれば、僕も博士の言うように『選考期間中に作品を書く人間』なので、きっと開催中に他人の作品を読む暇など無いと思う。


「ライリーはまだまだ読み専は少ないし、応募期間と選考期間を分けた方が読み手が増えると思うんだけどなー」


 博士はライリーのために色々と考えているようだ。自分が掲載している小説サイトが大きくなればその分読者も増えるのに、僕はそこまで考えたことはなかった。

 しかし、きっと運営側にも理屈はあるのだろうし、この出版不況の時代に賞金を出してまで売れる本を探すわけだから、僕たち作家とは異なる目線でコンテストを運営しているのだろう。


 博士の意見を皮切りに皆が今回のコンテストについての意見を出し始めた。複垢対策や相互評価の不正を取り締まるべきだ、という意見が出たり、応募部門のジャンルが前回から変わったことで求められる作品や次に流行りそうなジャンルの予想したり、レーベルごとの好みの作風についての意見だったりと話題は尽きない。


 僕なんかは雰囲気でしか小説を書いたことがないので、話には全然ついていけない。皆いろいろ考えてて凄いなー、という月並みな感想しか出てこない。


 コンテストについて思ったことといえば、読者選考の期間に自分以外の作品を評価して星なんかを入れてしまったら、その僕が入れた星のせいで僕自身の作品が読者選考を通らない、なんてことになる可能性が出てくるわけで、そうなると他人の作品を読んだとしても星は入れたくないなぁ、というスポーツマンシップのかけらもない考えくらいのものだった。


 そういうことは誰も考えないのかな。僕だけが汚い心を持っているのかな?

 聞いて見たい誘惑にかられるけれど、様子を伺うだけにしておく。口は災いの元だもの。


「ん? てことは博士は今回は応募しないんですか?」


 そこここで意見が交わされている中、ふと思い出したように緑川さんが口を開いた。


「まあね。前回かなり力を入れた作品がダメだったから、色々模索中なんだ」


「ああ、残念でしたよね『ライカと僕』。俺は絶対に大賞をとるって思ったんですけどね」


「ありがと。でも、わたしとしては仕方ないかなって気はするんだよね。作品自体は何年も前のものだし、コンテスト期間ではそこまで星は貰えなかったからね」


 多少の不満はあるのだろうが、彼女の中ではきちんと完結している話題なのか、微笑むだけでマイナスな表情は微塵も出さなかった。こういうアンニュイな雰囲気を出しているととても美人だなぁ、とその凛とした美しい横顔をみて思った。


「確かにコンテストが始まる前から既にライリーではみんな知ってる作品でしたからね。うーん、そっかー。だけどなぁ……」


 イガグリ頭をひねって唸っている緑川さんの方が博士よりも悔しそうで可笑しい。SNSでもネガティヴな事は呟かない緑川さんだが、それはSNS用に作り上げたキャラなのではなくて、リアルに性格の良さがにじみ出ていたのだと、この些細なやりとりでもわかって微笑ましい。ま、SNSで自分を女子高生だと言ってる時点でヤバい奴なのかもしれないけど。


「それにしても、君、本当に緑川さんのこと、JKだと思ってたんだよね」


 少し重たくなりかけた話題を変えたかったのか、博士は切れ長の瞳を僕に向けて頬を緩めた。


「完璧に騙されましたよ。ははは」


 照れ隠しに笑って答える。男だと見抜いていました、なんて言ってもバレバレだもの。もうこうなったらピエロを演じるしかない。


「じゃ、賭けはわたしの勝ちだね。緑川さん。二次会では一杯奢ってもらうよー」


 博士は緑川さんの太い首に腕を回し、うふふと悪い魔女のように笑った。


「まったく、冗談で俺のJKネタに付き合ってくれているのだと思ってたが、本気だったとは思わなかった。すまんな。その……気を持たせるような発言をして」


 博士の細腕にされるがままの緑川さんが、バツの悪そうな顔で頭を掻く。


「あ、いや、そんな謝らないでください。こちらこそすいません」


 こっちだってきまりが悪いし、自分自身が情けないよ。こんなガチムチの人を相手にニヤニヤしながらメッセージのやりとりをしていたのだから。


「でも、博士さんのことだって僕は男の人だと思ってましたよ。女性だなんて思いもしなかったです」


 そうだよ。緑川さんの衝撃で、霞んだ感が否めないが、あの佐伯さんにセクハラ発言をしまくっていた博士が、こんなに綺麗な女性だなんて思いもしなかった。


「えー、それは君が勝手に勘違いしたんでしょー。わたしは別に【Tubuyaita-】の中でも自分が男だなんて言ったことないよ。JKの美鳥ちゃんと違って」


 緑川さんを小突いてニタニタ笑う博士に緑川さんは目をそらすだけで反論はしない。どこか主従関係が垣間見える二人だ。きっと緑川さんは女性の尻に敷かれるタイプだろう。こんなにガタイがいいのに。


 しかし、言われてみれば博士が自分の性別については曖昧な発言しかしていなかったのは確かだ。SNSではプライベートな話題もあまり出さないし、僕がセクハラ発言だと思っていたものも、女性同士のじゃれあいと言われれば、そうとも取れる。

 だけど、SNSの中では「ぼく」という一人称を使っていたじゃないか。


「小学生の頃、ボクっ娘だったんだよねー。その名残でSNSの時はぼくって言ってるけど、何か問題かしら? せっかく匿名でいろんな人と通じることのできるSNSを使っているのだから、年齢とか性別なんて関係ないと思わない? それとも、君はSNSで他人と繋がるときでも性別とか気にするの?」


 ぐぎぎ。正論である。でも、どうせなら可愛い子と仲良くなりたいって思うのが男じゃないか。きっと女性だって、キモオタよりかは普段はバリバリ仕事のできる大人な男性がSNSではおちゃらけている、みたいな方が嬉しいんじゃないか?

 女性の友達なんか少ないから知らないけど。


「そ、それはそうと、なんで緑川さんは女子高生ってスタンスでSNSをやってるんですか? 変態なんですか?」


 会話が僕の方に寄ってきたので、矛先を緑川さんに仕向ける。変態じゃねえよ、と笑いながらツッコんで緑川さんはわけを教えてくれた。


「俺だって、ここまで長く女子高生のフリするつもりなんかなかったんだぜ。大学の部活の先輩から『女子高生のふりをして出会い目的の男から何通DMを貰えるか』っていう意地の悪いゲームをさせられたことがあって、その時からだよ。このアカウント名でやってんの。別に当時は小説なんて書いてなかったし、アカウントを何個も作るなんて発想がなかったからさ。で。なぜかそのゲームは俺がダントツで勝っちゃったんだよ。そんで、先輩に面白がられて、ずっとそのままでSNSやってろって言われてさ。怖い先輩なんだよ、その人が。初めは俺もすぐ辞めるつもりだったんだけど、いつの間にかこの名前が定着しちゃって。そんな感じだよ。別にたいして面白い話でもねえだろ?」


「面白いよ。わたしより女っぽいもんなー。いいなー」


「あなたは女性らしさを出す気がないんでしょうが」


 緑川さんのツッコミに場も和む。

 一日博士は美人だけどそれを感じさせない親しみやすさで皆に好かれているようだし、緑川さんも文系サークルには珍しい体育会系のキャラと気が利く性格なので、二人は僕のような地味キャラと違って輪の中心だ。


 二人がいなければ僕のオフ会デビューは一人ぼっちでオレンジジュースを腹がタプタプになるまで飲むだけの会になっていただろう。

 色々な作家さんと出会えて話ができて、モチベーションも上がった。ライリーコンに参加するという目標もできた。一月末までになんとしても作品を完成させて見せる。


 初めてのオフ会は収穫の多いものとなった。


 


☆ ★



「二次会、君も来ないか?」


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、終了の時間が近づいていた。皆で手分けして片付けをしている時に、緑川さんに誘われた。


「え、僕なんかが行っていいんですか?」


「もちろん。博士の生贄に使わせてもらうけどな」


 くいっと親指で指す方には目の座った一日博士がひとり、後片付けを何も手伝わずに一升瓶を煽っている。どこから持ち込んだんだ、あの日本酒は。


「あの人、何やってんですか。幹事じゃないんですか」


 なぜか周りには人がいない博士。レンタルオフィスは使用後には椅子も机も片付けなければならないのに、彼女はまったく片付ける気がないのか、グビグビと日本酒を飲み続けている。すっかり出来上がっているみたいだけど大丈夫か。


「それは言うな。ああ見えてシャイなんだよ。素面だと全然違うぞ。初対面の人とは目も合わせられないからな」


 緑川さんは呆れながらも博士のことをフォローした。二人の信頼関係が垣間見えた気がした。


 しかし、二次会でさらに酒を飲むとなると、さらに荒れそうだ。

 遠目に博士のことを見ていると彼女の座る椅子を片付けようと女の子が近づいた。


「博士さーん、もう終わりですからー、椅子片付けますよー」


 世話好きそうなその女の子が博士の前に立つと、博士は薄ら笑いを浮かべて両手を広げ、その女の子に抱きついた。


「ちょっと、博士さん酔いすぎですって、きゃー!!」


 博士はニタニタ笑いながら頬ずりを始めて悲鳴を浴びている。


「迂闊に近づくなよ。ああなるからな」


「……はい」


 SNS上のセクハラ人格が顕在化したみたいだ。


「まったく、いつもこうなっちゃうんだから」


 主催者の一人、来夢雷都らいむ らいとさんが苦笑いでこちらにきた。


「お疲れ様です、楽しかったです」


 お礼を言うと、手をあげて雷都さんは微笑んだ。


「そう言ってもらえると良かったよ。人も集まったしね。ま、最後はいつものように博士の醜態を見る羽目になったけど。ほら、緑川さん。君しか博士は扱えないんだから、さっさとあの人をどうにかしてくれよ」


「えー。俺っすか」


「このままだと、春夏冬あきないさん、食べられちゃうぞ。暴れる彼女を抑えることができるのは君くらいしかいないだろ」


「ちぇ。わかりましたよ」


 しぶしぶ博士のもとに向かう緑川さんに、ギャラリーから「よ、JKと野獣!」と声が飛ぶ。


「ったく、そんな役回りだよ」


 舌打ちをしながらもまんざらでもない顔の緑川さんは、博士を女の子から最も簡単に引き剥がし、ひょいと肩に担ぎ上げた。

 その鮮やかな手並みに周りから歓声が上がる。


「先に外、出てますよ」とジタバタ暴れる博士を担いだまま、苦も無く部屋から出て行ってしまった。


「オフ会はこれを見ないと終われないからな」「博士も酒癖さえよければ完璧なのにね」「俺、この前鼻を齧られたんだよ」と、ギャラリーの声。


 恒例行事だったのか……。


 女性陣はさっきまで博士に頬ずりされていた女の子の元に駆け寄り、男性陣はやんややんや言いながらも残りの片付けを終わらせた。



「じゃあ、一次会はここまで! お疲れ様! 二次会に行く人はビルの前に集まってね」


 雷都さんが声をあげるとパチパチと拍手が飛んだ。


「あ、それと二次会から風香ちゃんが合流するってー」


 スマホを取り出した雷都さんの何気ない一言に体が固まる。


 え? 今、なんていった? 気が緩んでいて聞き取れなかった。誰が合流するって?

 

「やったー、久しぶりだね」「さつきさんって丸川の一次通過したんだよな」「博士の生贄が増えて良かったよ……」


 口々に歓迎の言葉を吐き出す参加者の中で、僕だけが顔面蒼白になる。


「あの……雷都さん。風香ちゃんってもしかして、さつき風香さんのことですか」 


「え? そうだよ。用事が早く終わったから二次会からは参加できるって連絡が来てたんだ。もう最寄りの駅まで来てるみたいだよ。待たせるのも悪いし、早く行こう」


 どどどどうしよう。ここに僕がいるなんて、バレちゃダメじゃないか。

 まだ、僕が小説を書いているなんて知られてはいけない、大作家になってから正体を明かさなければならない。全然星がついてない短編を一作書いただけの今の段階では合わす顔がない。


 下りのエレベーターの中、僕は無い頭を振り絞って、どうしたらいいのか考えた。


 結論は一つ。

 一つしかなかった。




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