第3章「恐怖のオフ会」編

「誰が望んだ!?こんなTSモノ!」

 バイトからの帰り道。いつものようにスーパーに寄って安い酒とスナック菓子を買う。僕のためじゃない。家に居着いている象人間のためだ。

 ビガンゴさんはビールじゃないと怒るのだけど、そんな高級嗜好品を毎日買うなんて貧乏フリーターには無理だ。発泡酒でも毎日買うのはかなりの痛手だ。


 アパートに帰り、予想通りビガンゴさんに愚痴を言われながらも発泡酒を渡し、いつものように【Tubuyaita-】を開く。


 タイムライン上では《今日は何文字書いた》とか《プロットがうまく組み立てられない》など様々な人がそれぞれの執筆活動を呟いている。SNSの良いところは現実社会ではあまり近くにいない同じ趣味の人と繋がることができるところだろう。


 フォロワも増えコメントをしたりされたりする馴染みの人も増えてきた。冗談を言い合ったり励ましたり、顔も知らない人達だけれど、こういう仲間の形もあるのだな、なんて思ったりする。


 ほんの数ヶ月前まではSNSなんて触りもしなかったのに、最近は暇さえあれば覗くようになっているのが面白い。

 現実世界で友達が少ない人の方がSNSにハマると何かで聞いたのだがどうやら本当のようだ。


 そんな中、佐伯さんに対するセクハラ発言でおなじみの一日博士が誰かとやりとりをしていた。まったく、こいつは本当にいつも【Tubuyaita-】にいるよな。暇な奴だ。


 しかし、それ自体はいつものことなので、(まーた破廉恥博士がなんかやってるよ)と、さらっとスワイプしてしまおうと思ったのだが、相手のアカウント名とプロフィール写真が目に入ってひっくり返りそうになった。


 アカウント名は『伊吹』。プロフィール写真はどこか見覚えのある若い女性のプリクラ。目が随分と大きくなっちゃっているけれど、おっぱいの大きさで誰だかはすぐにわかった。


 美樹本さんだ。伊吹というのは考えてみれば美樹本さんの下の名前じゃないか。目玉が飛び出るかと思った。彼女に一日博士の小説を紹介してからたった一日しか経ってないんだぞ。


 その行動力にもびっくりしたが何よりも驚いたのは、年頃の女子大生が自分の顔丸出しで鍵もかけずに本名で平然とSNSをしているってことだ。僕に言わせりゃ正気の沙汰とは思えない。身バレとか怖くないのか、これがデジタルネイティブってやつなのか。最近の若い子はすごいな。


 ちょっとトップページを覗いてみた。って、おいおい、出身高校から通っている大学の学部まで平然と記載しているぞ。つぶやきは喫茶店のカフェやら夕日をバックに友達とジャンプしてる写真とか、フォロワーも本人と同じような実名アカウントの女子大生とか、イケメン風の先輩っぽい奴とか、芸能人とか。

 何このリア充感。このキラキラ女子感。眩しい! 目が潰れる! 恐ろしい。


《初めまして! バイト先の先輩に教えてもらって、「ライカと僕」をライリーで読ませてもらいました! めっちゃ良い話で感動しました! 書籍化したら絶対買います! 友達にも勧めます!》


 僕のことを言ってるじゃないか。これが一般人か!

 余計なことを言ったりしないかハラハラだよ。


《はじめまして〜! ありがとうございます! 良ければライリーに登録して星なんか入れてもらえたら、嬉しいです! ちょっと面倒なんで無理強いはしませんが(笑) 何より読んでいただいてありがとうございます!》


 一日博士も流石にこんな本名丸出しの女の子に破廉恥発言はしないか、と安心する。ま、初絡みだものな。


「なに、このキラキラ女子。君の知り合いなの?」


 発泡酒を片手にほろ酔い気分のビガンゴさんが横から顔を出す。


「そうなんですよ。バイト先の後輩で。オススメのネット小説を教えて欲しいって言われたんで、博士のと佐伯さんのを教えたんですけどね。まさか、作者に突撃するとは思いもしませんでした」


「へえ行動力のある子だね。君もこの子を見習って、ガンガン眼鏡ちゃんにアプローチしたほうがいいんじゃないのー? まごまごしてると誰かに取られちゃうよぉ」


「ば、バカなことを言わないでください。何度も言ってますけど僕は佐伯さんのことは何とも思ってないですから」


「はいはい。いい加減、君の意地っ張りにも飽きてきたよ」


 やれやれ、とビガンゴさん。なぜ、そんな呆れ顔なのだ、この象は。


「その子、博士にコメントをしてるってことは、眼鏡ちゃんの方にもコメントしているかもしれないね」


 あ。そうか。なるほど、言われてみればその可能性は否定できない。見てみよう。僕は佐伯さんのPN『さつき風香』のアカウントはフォローはしていないのだが、こんな時はこっそり見てもバチは当たらないだろう。


「いやいや。フォローしてなくたって、毎日ストーカーのように見に行ってるじゃないか。白々しい……」


 ビガンゴさんが何か言っているが無視だ。


《初めまして! バイト先の先輩に教えてもらって、さつき先生の小説を読ませてもらいました! とっても素敵な小説で感動しました!》


 ……やっぱり。あ、もう佐伯さんとは相互フォローになってる。先生呼ばわりだし、本当に行動力がすごいな美樹本さん。


《わぁ、ありがとうございます! 私なんかの作品を紹介してくださるなんて、そのバイト先の先輩に感謝です! もしかして、ライリー作家さんなのかなぁ……》


《きっと違うと思います! 頭固そうな人なんで、読むだけなんだと思いますー。でも、素敵な先輩なんですけどね! また、他の作品も読ませてもらいます!よろしくお願いしますー!》



 ……美樹本さん。実は僕も書いてるんだよ。頭が固そうに見えて悪かったね。


「でも、『素敵な先輩』なんて言われてるぞ!君が!どこにも素敵なところがない君がだぞ。美樹本さんってちょっと変な子なんじゃないの?」


「失敬な! 僕は素敵な先輩ですよ!……まあ、美樹本さんは確かにちょっとアレな感じもしますが、真面目でいい子ですよ。おっぱいも大きいし」


「……それは良いな。おっぱいが大きいのは良い」


「でしょう?」


 初めてビガンゴさんと意見があった気がした。それにしても、まさか美樹本さんと佐伯さんがネット上とはいえ、繋がってしまうとは思いもしなかった。


 余計なことをしなければよかったなぁ。と少々の後悔。僕は美樹本さんとも佐伯さんともネット上では他人のままだから、こうして匿名性を生かして外から見ているのは女子更衣室を覗いてる的な変な背徳感がある。もちろん紳士の僕なので変態的な思惑はないぞ。



「そんなことより、君、次の作品はいつ公開するんだい? 眼鏡ちゃんにレビューをもらってから、ライリーを開いてもニヤニヤするばかりで全然執筆活動をしてないじゃないか。それどころか暇さえあれば【Tubuyaita-】ばかり見ているし。商業デビューを目指しているんだろう? ちゃんと書かないといつまでたっても底辺ウェブ小説家のままだぞ」


 うぐ、痛いところをついてくる象だ。ライリーを始めて二ヶ月。確かに言われているように、短編を一本あげただけで、新作の執筆は遅々として進まない状況であった。


 さあ書こう、とPCの前に座っても、ついSNSを開いてしまい、女子高生作家の緑川ちゃんが何か呟いて入ればコメントを送ってしまったり、思いついた日々の鬱憤を呟いてみたり、それに対して「いいね」やコメントがついたら返信したり、そんなことをしているだけで時間だけが過ぎていくのだ。


 元は佐伯さんに認められたい……じゃなかった。自分を世界に知らしめたい。世界を見返したい、と思って小説を書き始めたのだが、その承認欲求がSNSで誰かと関わったり、「いいね」されたりすることで満たされ始めているのだ。


「作家仲間との交流は執筆活動の良い刺激になるよ、とは言ったけれど、君の場合はサボることにしか繋がってないなぁ。いいかい。確かにネット上にはラノベ作家志望のワナビと呼ばれる層がいて、自作の裏設定を発表したり、次回作の構想を呟いたり、創作論とか言い合ったりしているけれど、小説家になりたいのなら、まず作品を書かなきゃダメだ。いいかい? SNSにいつでもいるってことは執筆をしてないことの裏返しでもあるんだからね。わかってる?」


「お、おっしゃる通りです……。で、でも、僕にも考えがあるんですよ」


「考え? なんだい? ビガンゴに言ってごらん」


「フォロワーの人の小説とか、僕よりPVも多い作品がいっぱいあるんです。星も僕より多いんですけど、読んでみると、そのお世辞にも面白いとは言えなくて……」


「だから?」


「えっと……、そういう人たちってSNSで交流してる人たちに読んでもらえて、評価をしてもらえてるってのが、やっぱりあると思うんです。【相互】とは言わないまでも……」


「ふーん。……で?」


 突き刺す視線が痛い。


「だ、だから僕も【Tubuyaita-】で色々な人と交流して、そこから読者を増やしたほうがいいかなって思ったんです」


 腕組みして聞いていたビガンゴさんは肩を落として、これ見よがしに大きなため息をついた。


「あのねー。それこそ本末転倒ってもんだよ。まずは面白い小説を書く。面白くなくても小説を書く。書かなきゃ誰も読んでくれないし、交流は書いてからしなさいよ。君もフォローしてる『真風』さんを見てみなよ。黙々と執筆をして、あまりSNSには顔を出さないけれど、ちゃんと人気じゃないか」


 ビガンゴさんがいう真風さんとはライリーのランキング上位にいつもいる作家さんだ。SNSは低浮上で時々現れては作品の宣伝をしたり、もらったコメントには丁寧に返信したりはするが、基本的にはあまり日常のことなどは呟いたりしない人だ。男だか女だかもわからないミステリアスな作家さんだ。


「君なんか《仕事行きたくないよー》とか《まだ寝たくないけどもうこんな時間だー》とか、《お腹痛い、うんこなう》とかそんなバカみたいな発言ばっかして、その暇があったら小説を書きなさいって話だよ。真風さんを見習いなさいよ」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「作品の構想に関してはビガンゴも色々アドバイスしてあげたでしょ。図書館で借りたほうがいい資料とかも教えてあげたでしょ。借りた?」


「い、行こう行こうとは思っているんですけど、暇がなくて……」


「ぱおーんっ!!!」


 鼻を振り上げてビガンゴさんが吠えた。


「う、うわぁごめんなさい!」


「暇は自分で作るものなの! SNSで費やしてる時間があるなら執筆のために暇を作りなよぉ!!」


「ヒイ! わ、わかりましたぁ」


「明日の予定は? バイトは休みだって言ってたよね?」


 目を釣り上げたビガンゴさんが詰め寄ってくる。ちびっこ象人間とはいえ、神様だ。それなりの迫力がある。


「明日は……えっと、予定があって」


 目を逸らしながら答える。


「だから、なんの予定かってビガンゴは聞いてるんだよ」


「その、えっと。……オフ会です」


「はぁ? なんだって?」


 大きな耳をこちらに向けて口を歪めて広げるビガンゴさん。タレ目サングラスも相まってそっち系の人のような凄みがある。


「オフ会ですよ。 ライリーの作家が集まるオフ会です」


「あのねぇ、短編を一本書いたくらいの人間が偉そうにオフ会なんて行ってる場合かい?」

 

「だって、せっかく誘ってもらったんですもん……」


 僕が【Tubuyaita-】にいつもいるおかげか、いつの間にか絡む人も増えていて、ふとしたきっかけに誘ってもらえたのだ。あの一日博士や、女子高生作家の緑川さん。他にも何人か集まる予定だ。誰も顔を知らない人たちと会うのは緊張するが、楽しみでもあるのだ。


「行くのやめて小説を書きなさい」


 そう言い放ち、冷めた目でこちらを見てるビガンゴさん。さすがに僕も抵抗の声をあげる。


「い、嫌ですよ! 緑川さんにもせっかく会えるのに!」


 言ってしまってから、慌てて口をつぐむが、ビガンゴさんはもちろん聞き逃しているわけがなかった。半眼で僕を見るビガンゴさん。蔑んだ目というやつだ。


「……ははぁん。なるほどね、君はやっぱりロクデモナイ人間だったわけだなぁ」


「な、何がですか?」


「緑川さんってあの女子高生作家の緑川美鳥さんでしょ?」


「そうですけど、違いますからね! 他にもたくさんライリー作家はいますからね! それに、創作についてのアドバイスを出し合ったりするためにいくんですから! 全然そんな下心なんて微塵もありませんよ!」


「そんなに早口でまくし立てなくても良いじゃないか。わかったよ。いいよ。行って存分に創作意欲を高めて来なさいよ。その代わり帰ってきたら執筆だぞぉ」


 認めてくれたというよりか、諦めたといった感じでビガンゴさんは言った。


「……で、何時からオフ会なんだい?」


「昼過ぎに集まって、色々話したりして、夜は居酒屋に行こうってなってます」


「ふーん。じゃ、朝は暇なんだよね? なら、図書館に行くぞぉ」


「あ、朝ですか? えっと、もうこんな時間ですし、明日はギリギリまで寝てようかと……」


「ぱおーん!!!!」


「う、うわぁ! ごめんなさい! すいません! 行きます! 行きますよぉ」


「執筆もしないで無駄に夜更かしして、SNS中毒なんて! 無駄! 無駄だよ! 明日は七時に叩き起こすからね! 絶対に図書館に行くんだぞぉ! ビガンゴも一緒に行くからね!」


「は、はい……ってビガンゴさんも来るんですか!? その格好で出歩くの大丈夫なんですか?」


 こんな珍妙な喋る象人間が真昼間っから出歩いていたら大変な騒ぎになるのでないか。とっ捕まって解剖されちゃったりしないかな?


「ビガンゴだよ? 平気に決まっているじゃないの! そうと決まったら今日は早寝! 早寝だよぉ!」


 ビガンゴだよ? の意味がまったくわからないが、押し切られる形になり、そんなわけで、朝から図書館に行くことになった。



 ☆ ★



「……うーん。いい天気だねぇ。冬は空が高くて気持ちがいいねぇ」


 隣に立つすらりとした美脚の女が両手を高くあげて伸びをした。胸元が開いた白いミニニットワンピに黒いダウンジャケットの前を開け、長く程よく筋肉のついた脚には黒タイツ。ふるゆわなロングヘアは輝く黄金色。肌は褐色。すっと鼻筋の通った高い鼻の上には芸能人がかけるみたいな、黒くてでかいサングラス。海外のファッション雑誌の表紙みたいに眩しげに太陽を見上げるアジアンビューティーだ。


 ……なんなんだよ誰だよこれ。


「ビガンゴさん。なんですかその格好は……」小声で尋ねる。


「何って、変装だよ。元の姿のまま昼間に出歩いたら大変なことになることぐらい気づくでしょ? バカなの?」


「変装っていうか、変身でしょ……。なんでそんなダイナマイト美女の格好なんですか」


 空飛ぶ絨毯などを所有しているくらいだから、人間に化けることくらいはできるものと薄々予想していたが、なぜ美女に化ける必要があるのだ。それもこんな外タレみたいな褐色美女。それだけで変に目立ってしまうのだが。


「せっかく変装するのに男の姿なんて気持ち悪いじゃん。君だってテレビゲームとかでキャラメイクするなら女キャラでスタートする派でしょ?」


「その気持ちはわからなくはないけれど、逆に目立ってますよ」


「そうかしらん? 私、綺麗?」


 くねくねとナイスバディな体を艶めかしく動かして吐息交じりに言葉を吐く。


「気持ち悪いです」


 元があの象だぞ。いくら見た目が美女でも勘弁して欲しい。本当に。

 誰が望んだ!?こんなTS性転換もの!


「さ、そんなことよりさっさと資料を集めよう。ビガンゴも早く帰って寝たいからね」


 まあ、夜行性のビガンゴさんが朝から資料集めに付き合ってくれるのはありがたいのかもしれない。

 ちゃんと資料を集めて小説を書いたことがないので、何から手をつけていいかよくわからなかったのだ。


 どうせなら大きな図書館に行こう、とビガンゴさんが言ったので、バスに乗りここらで一番大きい図書館まで来た。三十分ほどのバス旅だ。

 まあ、そのくらいの時間をかけるのは構わないのだが、ビガンゴさんがこんな美女の姿になっているとは思わなかったので、その三十分が拷問だった。

 すれ違う人みんなが僕達を変な目で見るのだから。


 オシャレでナイスバディの長身アジアンビューティーと、履き潰したスニーカーに高校の時から着てるヨレヨレダウンジャケットの平凡この上ない凡人顔の僕が並んで歩いてるんだから、誰だって何事かと思うだろう。




「さ、ついたね。うーん。ここからでも本の芳しい香りが漂ってくるね。あたし、とろけちゃいそう」


 恍惚とした表情で身悶えする褐色美女(ただし中身は象人間)はスルーして、足早に館内に入る。


「ちょ、せっかくお色気シーンをやってあげてるんだから無視しないでよぉ」


 見向きもされなかったので、恥ずかしくなったのか、顔を赤くして慌てて駆け寄ってくるビガンゴさん。ジト目で見ると、ニットワンピの胸部がバインバインと不自然なくらいに揺れている。


「もう、胸ばっか見てたら、あたし、怒っちゃうぞぉ」


 今度は胸を抱いてイヤイヤをする象。悪ふざけが過ぎるぞ、この象。

 朝からげんなりだよ。大きくため息をついて、ゲートをくぐり図書館内に入った僕であった。

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