「物語自体がフィクションなんだから、その中でも最大限のリアリティを追求しないと中身が薄くなって……(略)」

 僕たちが訪れたのは、この地域で一番大きな図書館だ。

 建物の中にはプラネタリウムやカフェが併設され、外に出れば鯉が泳ぐ池があったりして、ちょっとしたデートにも使える施設だ。

 いつかは僕も素敵な彼女を連れて来て、架空の星座を眺めたりパフェを食べさせあったり、お気に入りの本を探したり、そんなハッピーなデートをしたいなぁと密かに思っていた。

 それが、象人間が化けた褐色美女と一緒に来るはめになるとは。人生とは一体なんだ。


「さーて、どこから見ていこうかしらん」


 ビガンゴさんは気味の悪い女口調でフロア案内の看板を見て悩んでいる。家を出てからずっとこの調子で女性になりきったプレイを楽しんでいるのが気持ち悪くて仕方ない。


「あらー。ここ、いろんな特集やってるわよん。 これ良いじゃん。職業本特集ですってー、ここからイメージに合う本を探しましょうよぉ」


 ミニスカワンピのアジアンビューティーが指差すのは特設スペース。どうやら職業本の特集をしているようだ。背伸びして案内を指差しているので、ワンピースの裾からデニールの薄いストッキングに包まれた肉つきの良い太ももがチラリと覗き、ちょっとエッチな感じになっている。が、絶対に見ない!

 見たら負けだ。男として、人間として!

 ビガンゴさんの手には乗らないぞ!


 今日探す資料のことだけを考えよう。ビガンゴさんは無視だ無視。


「あ、もう!お尻見てたでしょっ!エッチっ!」


 わざとらしく頬に空気を溜めて怒ったそぶりを見せる美女もどき。何設定のプレイなんだよちくしょう。気持ち悪い象だな。絶対に反応なんかしてやらねえぞ。集中だ。資料探しに集中だ。


「せっかく、幼馴染が外国から帰ってきたってのに、もお〜素直じゃないんだからぁ」


 声がワンスケールでかい。周りの人に聞かせるようの声量だ。どうやら、そういう設定の遊びらしいが、知るか。乗るか。無視だ。

 バカな象のたわむれは無視して、僕が書こうとしている作品についての話をしようと思う。こういうバカは徹底的なシカトしか対抗処置はないのだから。


 今回、僕が書こうと考えているのは現代ファンタジーだ。


 簡単なあらすじを教えよう。

 主人公は大学生男子。ある時、一台の車が目の前で単独事故を起こす。人のいい主人公は怪我をした運転手の男を病院につれていった。すると、連絡を受けて男の一人娘が病院にかけこんでくる。男の怪我は重く、仕事に復帰するには何ヶ月もかかるという。跡取りでもある娘は父の仕事を引き継がなければならない状況になるが、一人では大変だと言っている。

 会話を横で聞いていた主人公は不憫に思い、少女の仕事を手伝うことにした。

 しかし、その仕事は聞いたことのないヘンテコな仕事だった!


 ……という話だ。

 主人公が手伝う仕事は架空の職業。現実世界には存在しない職業だ。だが、この作品は主人公と少女のラブコメに主題に持ってこようと思っていたので、主人公が手伝う仕事については、あまり考えていなかった。どうせ現実にはない職業なのだから、その場のノリでヘンテコな職業をでっちあげればいいと思っていた。

 だけど、ビガンゴさんは「それじゃリアリティがないよ」と文句をつけてきたのだ。


「物語自体がフィクションなんだから、その中でも最大限のリアリティを追求しないと中身が薄くなって、作品に引き込めなくなる。読者が感情移入できなくなるよ」とのことで、「どうせなら架空の職業じゃなくて、実在の職業を描いたら」とビガンゴさんは提案してきた。


 だけど、現実にある職業に力を入れて描きたいものはないし、既存の職業物だと堅苦しくなりそうだから嫌だと拒否した。そもそもそんなに現実の職業に興味があるようならフリーターになどなっていない。

 僕は架空の仕事を描くことで、読者にちょっとした非日常を体験して欲しいのだ。


 そう力説するとビガンゴさんは「なるほどね。なら、一緒にどんな架空の職業にするか考えよう」と意外にも僕に寄り添ってくれた。


「ビガンゴはビガンゴの思う通りに物語を書かせたいわけじゃないもの。君が書きたい物語を君が思う以上に素敵にしたいだけなのさ。ぱおーん」


 微笑んだビガンゴさん。少し男前に見えた。チビ象のくせに大きく見えた。

 初めてビガンゴさんを良い神様なのかも、と思った。

 まぁ、今となっては美女に擬態してヒラヒラとスカートを揺らし僕の気を惹こうとしてくる気味の悪い女装野郎なのだが。


 そんなわけで、ここ数週間の僕は暇さえあれば架空の仕事というキーワードを元に小説の構想を色々と練っていたのだ。ビガンゴさんにはSNS中毒だと揶揄される僕だが【Tubuyaita-】ばかりをやっていたわけではないのだ。


 もともと空想癖がある僕なので、こういうことを考えるのは苦ではない。

 この世界には存在しない仕事。どんな仕事があったら面白いかな、と空想を巡らす。


 一番最初に思い浮かんだのは子供の頃に大好きだったアニメ映画だった。

 魔法少女が知らない街で宅配便を始め、紆余曲折ありながらも成長していく物語だ。

 ほうきで空を飛んで、隣町まで荷物を届ける。なんと夢のある話なのだろう。


 懐かしい思い出が頭に蘇ると、自分の物語にも多少のファンタジー成分を入れたくなってくる。せっかく小説を書くのだから夢のある方がいいに決まってるものな。


 魔法というほど大掛かりじゃないけれど、何か特殊な能力を使って仕事をする話がいい。

 もしかしたら定番すぎる、なんてビガンゴさんに怒られるかもしれないけど。


「……いやいや、定番とかテンプレとかを安易に否定したがる人もいるけどね。つまりは王道ってことだからね。王道は良い。たとえストーリーラインが似たとしても、書き手が変われば描かれ方は変わる。問題ないよ。いいじゃない。テンプレでも。君にしか書けない物語になるよ!頑張ろう!」


 そう言って親指を立てて僕を鼓舞するビガンゴさんは爽やかな出来る大人って感じがした。


 普段は本当にだらしなく、酒飲みで皮肉っぽく、ケモノ臭く、いびきもうるさく、僕のことをすぐバカにするし、ゴミ箱にゴミをきちんと入れない奴なんだけど、小説の話になるときだけは途端に親身になるのだ。小説の話だけしていれば良い人(象)なんだろうな。今みたいに女装してふざけだすとタチが悪いけど。


 さて、そんなこんなで僕は一つの架空の職業を考えついた。


 それは『雲職人』だ。


 うろこ雲、入道雲、ひつじ雲。季節や天候に合わせて、わたあめを作るみたいに不思議な力で雲を作り出す職人だ。

「和歌山県の入道雲はタシギさんが作るから綺麗だなぁ」とか「栃木のひつじ雲は、先代の爺さんが死んでから野暮ったいなぁ」みたいに土地土地にいろんな雲職人がいて、四年に一回、その職人たちが一堂に会し、その自慢の技を競うのだ。どう? 面白くない?


 その大会まで一ヶ月を切ったところで職人である父が怪我をしてしまい、少女は父の代わりに大会に出ることになる、というのはどうだろう。主人公は少女のサポートをしながら雲職人に憧れを抱いていく……みたいな。


「なるほどね。面白いかもしれないね。雲職人か。なかなかメルヘンチックなことを考えるじゃないか。そうなってくると、雲の資料は必要だね。種類、発生条件、地域によっての差異。そういう資料だね。あとは、職人っぽい描写を入れないと雲職人っていう架空の職業にリアリティが出ないから、君のイメージする職人像に近い職業の仕事内容がわかるものも読み込みたいところだね」



 ……というところまで話は進んでいたのだが、僕がいつまで経っても図書館に資料を探しに行かず、作品の執筆がいつまでも始まらないのでビガンゴさんが怒り狂い、今日という日に至ったのだった。



「職業特集は一階。地理とか気象関係は地下フロアにあるみたいね。まずは一階から行くわよぉ」


 やる気満々なビガンゴさんがぷりぷりとお尻を振りながら歩いて行く。なるべくツレだと思われないように離れてついて行く。


 静かな館内。

 うっすらと流れるクラシックBGMが本の匂いに混じって静謐な雰囲気を醸し出している。


 低い書架の児童書エリアには絵本を広げる親子連れ。机席には勉強に励む学生たち。雑誌コーナーにはパラパラと立ち読みをする老婦人。

 朝から混んでいるなぁ、と思ったが考えてみれば今日は土曜日だった。だからオフ会も開催されるんだよな。平日だったら、女子高生作家の緑川ちゃんだって来れないものな。


 ビガンゴさんの後を歩いて行くと、ひらけた場所に特集コーナーはあった。


【職業本特集】とカラフルな手作りのパネルの掲げられた書架。

 中高生向けの特集のようで、様々な職業の給料ややりがいをまとめた職業図鑑や、公務員試験の参考書や資格本。一代で年商何億と稼いだ商社の会長の自伝。有名漫画家の一週間を追ったドキュメンタリー、と多種多様な本が並んでいた。


「よしよし、では心置きなく『雲職人』の仕事をリアルに見せるために参考となる本を探したまえ。その次は雲の資料を見に行くんだよ。じゃ、ビガンゴはあっちの方見ているから」


「……え? ビガンゴさんも一緒に探してくれないんですか?」


「ビガンゴは君が一人だといつまでたっても図書館に行かないと思ったから付き添いで来ただけだよ。ビガンゴは読みたい本があるから、別行動にするよ」


「はぁ。まあいいですけど」


 アジアンビューティー状態のビガンゴさんとは一緒にいるのは精神的に疲れるから、一人でも全然構わなかった。


「じゃ一時間後に地下の机席で待ち合わせね」


 そう言ってビガンゴさんは、ウインク、投げキッスのコンボを僕に放つ。うぐ、気持ち悪い連携技をクリティカルヒットで食らってしまった。


 げんなりする僕になど、おかまいなしのビガンゴさんは金髪をなびかせ、お尻を振って歩いていく。

 机で勉強に勤しんでいた学生さんが顔を上げ、ビガンゴさんの姿をうっとりした顔で見た。ごめんよ学生さん。そいつ美女に化けてるけど、象なんだ……。

 何も知らない男子学生に哀れみの視線を送った僕は気を取り直して資料集めに入った。



 雲を作る職人という設定に活かせそうな本を探す。伝統芸能の職人の仕事を紹介する本が並んでいた。陶芸、織物、漆器に和紙。和風な感じの芸術は良いなぁ。パラパラと中を確認して、使えそうな伝統芸能関連の本を何冊か借りることにする。


 カゴに数冊本を入れて、次は気象関係の本を探しに地下のフロアへ行く。

 地下の方が専門的な本が多いみたいで、利用者も学生が多く、長机は若者でいっぱいだ。学生時代にテスト勉強をしに来た事もあったが、こんなに混んでいたっけな。つい数年前のことなのに覚えていない自分のポンコツ加減に嫌気が指す。


 目当ての気象関連の書架を探し当てたので順に見ていく。天気図や気象予報士関連の参考書の中に、写真家による雲の写真集があった。美しい入道雲の表紙だ。パラパラとめくってみると、様々な種類の雲が、いろいろな風景の中に写っていて、ノスタルジックな印象を与えるものから近未来的なイメージを思わせるものまであり、見てるだけでも楽しい。


 だんだんと創作意欲が湧いてきた。

 家で考えているよりも、足で歩いて資料や写真を見る方がずっとアイデアが浮かんでくる。もっと早く図書館に来ればよかった。


 クライマックスのシーンで、雲職人が集まって技を披露し合う見せ場はどう描こうかな。花火大会のように河原に集まった観客に、職人が順番に雲を大空に描いていくのはどうだろう。頭の中で主人公とヒロインの少女が夏空の下、どんな雲を描こうか考えている場面が浮かぶ。僕も二人と一緒になって首をひねって考えてみる。


 しばしの空想。腕を組み想像の翼を広げていたから、隣に人が立っていることにも気づかなかった。


「……先輩?」


 耳元に声。どこか聞き覚えのあるその声に顔を上げると、赤い眼鏡をかけた童顔の女性が不思議そうな顔をして立っていた。


「さ、佐伯さん!? 」驚きのあまり声が大きくなってしまった。


 目の前に立っていたのは僕の運命の人。佐伯さんだった。スタジャンにニット帽。デニムのショートパンツにタイツ。おしゃれだ。可愛い。いつ見てもどんな格好をしていても可愛い。

 しかし、こんなところで出会うなんて驚いた。運命的な出会いだ。すごい。やっぱり運命だ!

 けど、こんな時に会いたくはなかった。運命の女神は時に意地悪なのだ。


「ど、どうしてここに……?」声のボリュームを下げて尋ねる。


「いま書いている小説の資料集めに来ていたんです。先輩こそ、どうして?」


 不思議そうに小首を傾げた佐伯さんは僕の手にあるカゴの中の資料たちに目を向けた。


「あ、これは……違うんだ。別に、あの……」伝統工芸職人の本を数冊に、雲の写真集と天気図の解説本を抱えたまま、しどろもどろになる。


「もしかして、資料集めですか? 先輩も小説を……」


 佐伯さんが鋭い観察眼を披露しかけた時だった。


「もー、こんなところにいたぁ。机の所で待ち合わせって言ったじゃなぁい」


 今度はあのアジアンビューティーの猫なで声が背後から聞こえた。

 なんというタイミングの悪さだ。ビガンゴさんだ。資料集めに夢中になっていたのだが、もう約束の時間になっていたのか。


「え……、先輩、その方は?」


 佐伯さんの表情が固まる。そりゃそうだ。こんな外タレみたいな褐色美女が馴々しく話しかけてきたんだから驚くよ。


「……あっ! あれー!眼鏡ちゃんじゃない! どーもどーも。なんだ眼鏡ちゃんがいるんだったら、はじめっから言ってくれればよかったのにぃ」


 ビガンゴさんは佐伯さんを見ると、久しぶりに友達に会ったかのようなテンションの高さで話しかける。これには佐伯さんも戸惑い、説明を求めるように僕を見た。


「いや、この人はその……」


 物語の神様のビガンゴ神です、などと言えるわけもない。

 なんと答えればいいのか、とっさに思い浮かばずに口ごもる。


「……もしかして、先輩の恋人さんですか?」


 違う! 一番違う! なんで佐伯さんは最も見当違いなことを言うのだ。


「デート中だったんですね。邪魔をしてすみませんでした。失礼します」


 なぜか硬い感じの言葉尻になった佐伯さんはぺこりとお辞儀をしてそそくさと立ち去ろうとする。


「ご、誤解だぁ! 佐伯さん、待ちたまえ!」


 慌てて声を上げる。


「この人は……えっと、バイト先の友達で、ビガンゴ……じゃない、えっとビギャンさん。アジアの方からやってきた留学生なんだよ。ね、ビギャンさん!そうだよね」


 ビガンゴさんを小突く。僕の視線を受けてビガンゴさんは何かに気づいたようで「わかってる」とでも言いたげに頷いた。……話を合わせてくれるのだろうか。


「ごほん。ビギャンでーす。アジアの方からやってきましたー。よろしくねー」


 ニコニコして手をあげるビガンゴさん。協力してくれるのは嬉しいけど、少しは臨機応変に対応してくれよ。アジアの方ってどこだよ。……まあ『ビギャン』なんて何のひねりもない偽名をつけた僕もかなりアホだけど。


「そ、そうだったんですね。すみません、早とちりしてしまって。佐伯静香です。先輩とは高校が一緒で色々とお世話になりました」


「うんうん、よろしくねー。君のことは、こいつから色々聞いてるわよー」


「色々……ですか?」


「うん。同じ委員会だったとか、運命的に同じ本を電車の中で読んでたとか、小説を書いててネット小説でも人気だとか、丸川の一次選考を通過したとか!」


 ビガンゴさんがスラスラと余計な事を言うから僕は慌てた。


「ちょっ……ビギャンさん!」


「本当にいつも君のことを話しているんだよぉ、この男は」


「そ、そんなことないでしょ! 佐伯さん、嘘だからな。こいつの言うことは信じるなよ」


「ええ、なんで? いつも言ってるじゃん。佐伯サンガー、佐伯サンガーって」


「そんなこと言ってないでしょ!」


「言ってるよー、照れちゃってー」


 右から左から別々のことを言われて佐伯さんは困惑顔だ。

 ああ、もうせっかく久しぶりに佐伯さんに会えたというのにビガンゴさんのおかげでなんだかカオスな状態になってしまっている。


「佐伯さん、ちょっと待ってて。ビギャンさん、こっちきてください!」


 ポカーンとした顔の佐伯さんを残してビガンゴさんを書架の裏に引きずっていく。


「……ばか! 佐伯さんに変なこと言わないでください! ライリーのことも小説のこともビガンゴさんが知ってたらおかしいでしょ! 僕が言いふらしてるみたいじゃないですか! 僕の信用に関わるんですよ! ただで悪目立ちする姿なんですから、それ以上目立たないでください!」


 僕がまくしたてて怒っているのに、ビガンゴさんはニヤニヤしたままだ。


「もうそんなにムキになっちゃってー、可愛いところあるね。君も。まあビガンゴに任せておきなよ。君と眼鏡ちゃんとの仲を取り持ってあげるからさ。恋のキューピット、ビガンゴちゃんにおまかせあれ」


 人が必死でお願いしているのに、ヘラヘラしたバカ象は全然人の話を聞いていないし、話し終わってないのに勝手に佐伯さんのところに戻って行ってしまう。クソ象が。


「だから余計なことをしないでくださいって!ちょっと!ビガンゴさん!」


 慌てて追いかける。


「ねーねー眼鏡ちゃん。それよりさ、君の小説、読ませてもらったよー。素敵だね。応援してるから頑張ってね」


 言ってるそばから余計なことを!

 小説を書くのとかってあんまり大々的に言う人は少ないんだぞ。ズカズカ人のプライベートに踏み込むと迷惑だぞ、と思うのだが佐伯さんは律儀にお辞儀なんかして、お礼を言い始めた。


「あ、ありがとうございます。アマチュアなんで、全然まだまだなんですけど」


「アマチュアもプロも関係ないよぉ。それに、ネットに上げてる小説はどれも完成度が高くて良かったわよぉー。【バスケットボールと子犬】は豆柴のポン太が凄い生き生き描かれてたし、【初恋列車】はノスタルジックに切ない片思いを描写しててホロリときたし、【名探偵は珈琲男爵】は王道の推理小説って感じでワクワクしながら読ませてもらったよー!」


「……え、すごい。小説のタイトル全部覚えていてくれてるんですか? ホントに私の小説を読んでくれたんですか」


 まずい、佐伯さんが感心し始めてる。まあそりゃ自分の作品タイトルを正確に覚えてて感想を言われたら嬉しいよな。さすがに僕だって作品の題名までは覚えてなかったもの。


「うん! 全部読んだよ。それでさ、気になるポイントがいくつかあって……」


 そう言うとビガンゴさんは佐伯さんの小説の内容についてアドバイスを勝手に始めてしまった。

 突然、小説のアドバイスを始めるなんて頭おかしいとしか思えないのだが、物語の神様だからなのか、言う事は的を射ているし、ネガティヴなことは言わないし、なぜか口を挟む隙がない。作品名まできちんと覚えてる人に的確でプラスな助言をされて、佐伯さんも次第に目が輝き出してる。

 あ、手帳をバックから出してメモまで取り始めたよ。


 ……って、あれ?いつの間にか僕のほうが手持ち無沙汰になってるぞ。



「……眼鏡ちゃん。ここで立ち話もなんだし、もし、時間があるならそこの喫茶店で詳しく話したいんだけど、どうだい?」


 なんてビガンゴさんが佐伯さんに提案すると、「ぜひお願いします!」なんて佐伯さんも乗り気になっちゃってる。


 嘘だ、僕が蚊帳の外だなんて!


「じゃ、ちょっと行ってくるけど、君は来るかい?」


 勝ち誇った顔でビガンゴがほくそ笑む。屈辱である。初対面のくせに親密な感じになりやがって。それになんで僕が二人のお供みたいに言われなきゃいけないんだ。ちょっとヘソを曲げた僕だった。


「僕はもうちょっとここにいます」


「え? 先輩は一緒に来ないんですか?」


 佐伯さんは僕も喫茶店に行くのだと思ったみたいだけど、僕を抜きにしてビガンゴさんと盛り上がっていたので、完全にショゲていたのだ。


「僕はちょっと調べ物があるから、図書館にいるよ」


 本心は佐伯さんと一緒にいたいのに、意地っ張りになってしまってそんなことを言ってしまった。


「だってさ、気にしないで行こう眼鏡ちゃん! 」


 ニヤリと笑う象野郎は佐伯さんの手を取り、歩き出してしまう。初対面で手を握るなんて!!

 象のくせに!

 外から見れば女の子同士のスキンシップにしか見えないから、佐伯さんも困惑こそするが嫌悪感は見せていない。それがまた僕の心を傷つける。


 象に連れられていく中で、佐伯さんはなにかを言いたげな顔でこちらを何度か見返したが、僕は資料を探すふりをして目を合わせなかった。


 二人の姿が視界から消えると、むくむくと猛烈な怒りが湧き上がって来た。


 ちくしょう。せっかく久しぶりに会えたのに、ビガンゴさんに佐伯さんを取られるなんて!

 佐伯さんも佐伯さんだ! 運命の人を差し置いて、あんな象野郎の話を聞きたいだなんて!


 ふん!

 いいんだ。見てろ。

 資料を集めて最高の小説を書いて見返してやる!

 絶対に面白い作品を書いて、見返してやるのだ!


 僕の心に火が灯った瞬間だった。




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