「複垢が不正でも、目立てば勝ちだ!」

『複垢』という言葉を知っているだろうか。複数アカウントの略でSNSなどにおいて一人でいくつものアカウントを取得することなのだが……ん? なぜそんなことを説明するのか、と?

 ふふふ。セルフプロデュースの為に色々と情報を集めたのだ。


 僕は小説投稿サイト『ライリー』に小説を載せた。一生懸命に書いたものだ。面白い。佐伯さんにちょっかいを出している破廉恥な『一日博士』なんかの作品より絶対に。

 それなのに、それなのに!

 まったく読まれないのだ。由々しき問題である。

 つまらないから読まれないのだと思うかもしれないが、それは否だ。

 小説を投稿して既に二週間。閲覧数も少しは伸びたかと思って覗いてみたら全然伸びていない。全話合計で、たった30だ。一週間で5しかPVプレビューが増えていないのだ。

 読まれた上で評価されないのならば、まだいい。だけど、全然読まれてないのなら、もうどうしようもないじゃないか!!


『ライリー』には毎日毎日新たな物語がじゃんじゃか生み出されては投稿されている。人気作品の最新話には一日でとてつもない閲覧数になる。

 人気作はトップページの『ランキング』やら『注目の作品』などの項目に載るから、閲覧数も伸びやすい。

 でも人気のない作品は本当に恐ろしいほど誰の目にもつかない。隅っこの方へ追いやられ埃を被ってしまう。誰だって星が一桁の作品より、星がいっぱいついてる作品を読むでしょ。そっちの方が面白いと思ってしまうもの。

 確かに、アマチュアが集まる投稿サイトなので、「これ本当に小説?」っていうくらいわけがわからないモノもある。そういうのは確かに星は少ない。

 だけども、僕の作品は違う! 絶対に違うはずだ!

 トップページに掲載されていれば、きっと僕の小説だって多くの人に読まれるはずなのだ。読まれれば絶対に評価されるはずなのだ。くそくそ。


 悶々とした気持ちの中、インターネットの某巨大掲示板を見ていた僕はある一つの『方法』を知ることになった。


 それが『複垢』なのである。


 某巨大掲示板で『複垢』が話題になったのはライリーで一年に一度開催されるコンテストの時期だったらしい。

 このコンテストは一ヶ月の読者選考期間があり、この時期にどれだけ評価が集まったかによって最終選考に進むかどうかが決まるというものだった。

 そこで、複垢による不正が行われたというのだ。

 その方法はいたって簡単。一人で何個もライリーのアカウントを作り、さも他人のようなふりをして自作に星を投げまくるのだ。もちろん、不正である。運営にバレればアカウントを削除される。そんなことをしてまで読者選考を通過したところで、最終選考になればレーベルの編集者がプロの目で審査をするのだから、結局は落とされるのに決まっている。しかし、不正をする人間はそこまで気が回らないのだろう。バカなのだ。


 僕は某掲示板を閉じ、早速新しいアカウントを次々と作った。


「ぱおーん!! なんで今の流れで新規アカウントを作ってんだよぉ」


 横で見ていたビガンゴさんが鼻を掲げ吠えた。ぬいぐるみみたいな三頭身の象人間。家の中でもベレー帽とタレ目サングラスは外さない。変な自称『物語の神』だ。僕の家に居ついて既に一ヶ月になろうとしている。


「ビガンゴさんのアドバイス通りに小説を書いたのに、全然読まれないのだからやむを得ない」


「そんな卑怯な手を使ってまで小説を読んで欲しいのかい?」


「何が卑怯ですか。読まれるための努力です。太宰治だって芥川賞が欲しくて長ったらしい手紙を選考委員に送りつけたっていうじゃないですか。作家はそのくらいの努力をしなくてはいけません。僕はやるぞ。僕の作品が日の目を見るためにはやらなきゃいけないことなのだ!」


「そんな努力より、新しい小説を書きなよ。何個か書きかけの作品があるんじゃないの?」


 ビガンゴさんの言うようにPCには何作か途中まで書いて放り投げた小説がある。だけど、せっかく発表したものが読まれていないと言う現状は、僕のプライドを著しく傷つけているのだ。

 なんとしても、この作品で人気者になってやる。


 たとえ複垢が不正でも、目立てば勝ちだ!


 僕はそう決めたのだ。やってやる、やってやるぞぉ!!


「何を言っても無駄かぁ。君は本当に小さい男だなぁ」


 呆れ返っているビガンゴさんは無視して、別名義のアカウントを続々とつくり、そのアカウントから自作へ星を投げつけていく。不正を働いているという罪悪感はあったが、僕は別にコンテストの読者選考を突破するためにしているのではない。素敵な小説を皆に広めたいだけなのだ。

 だから僕は悪くない! 悪かったとしてもそこまでは悪くない!


 大量の星を自作に

 投げつけて、その日は眠りについた。





 次の日、僕の作品は『現代ドラマ』部門の週間ランキングのトップを飾ることに成功した。


「やった! やったぞ! ビガンゴさん! 見て見て!」


 興奮気味にビガンゴさんに言うが、ビガンゴさんは冷めた表情。


「それ、全部君の複垢の星だろ?」


「それはそうだけど……。でもランキング一位なんですよ。これからどんどん読まれるでしょ。そうなれば僕の複垢なんて霞むくらいにたくさんの評価が入って、人気作家の仲間入りだ! そして、書籍化だろうな、 ふふふ! 複垢万歳!!」


 ワクワクしながら、閲覧数が増えることを祈った。皆に僕の書いた素敵な小説を読んで欲しい。それだけだった。



 さらに翌日。

 バイト帰りにライリーのアカウントをチェックすると、昨日までの閑散ぶりが嘘のように閲覧数が増えていた。

 やった! 複垢作戦大成功だ!


 気を良くした僕は、珍しく自主的にビールを買って帰った。ビガンゴさんと祝杯をあげようと思ったのだ。普段は嫌味ったらしく大飯食らいで、風呂にも入りたがらない不潔で、時々狂ったような声でぱおーんとか叫ぶ変な象人間だが、一応彼のおかげで作品は完成したのだし、お礼をしてもいいかな、と思ったのだ。よく出来た人間である。


「ビガンゴさん! やりました! PV数がすごく増えてます!」


 部屋に戻ると、ビガンゴさんはPCの前に座っていた。昼間は大体、押入れの中で寝ているビガンゴさんは、夕方から夜にかけて起き、だらだらと小説や、電子書籍を読んでいることが多い。大変羨ましい生活なのだが、今日はそのどちらでもなかった。

 PCで見ていたのはあの某巨大掲示板であった。


「……どうしたんですか? ビガンゴさん。そんな掲示板なんか見て」


「ん? いやね。面白いことになってるなーって思ってねぇ」


「そんなことより、聞いてくださいよ! 僕の作品の閲覧数が急激に伸びてるんですよ!」


「ああ、そうだろうね」と、ビガンゴさんは驚きもしない。元々があまり評価は気にしないタイプの人(神?……いや象か)だから、反応が薄いのは想像していたが、少し違った。


「君は小説を書いて有名人になりたかったんだっけ?」


「なんですか、突然。そうですねぇ、有名になるために小説を書いてるわけじゃないけど、有名になった方が書籍化する可能性も高いし、有名になった方が得でしょ」


「ふーん、じゃ嬉しいんだね、この状況でも」


 ぽちぽちとPCの画面をスクロールしながらビガンゴさんが言う。


「……さっきから何見てるんですか?」


 覗き込む。ライリーのスレだ。雑談から運営への文句やら様々な事柄が議論されている中に、『闇火とか言うやつどう思う?』と言う文面があった。……僕のアカウント名?


 どきりとして、よく見ると、なんとライリースレは僕の話題で持ちきりだった。

 それも、ネガティヴな方の……。


『絶対複垢でしょwww』

『複垢確定事案キタコレ』

『あれだけ星付いててレビューが無いのは怪しすぎる』

『ちゃんと読んだ奴いる?』

『俺、読んだ。出来は悪くないけど、一位になるほどじゃないと思った』

『出来とか関係ねえだろ。複垢でやってる時点でクソだろww』


 ……おいおい、ボロクソに叩かれているじゃないか。何故バレたんだ。何故複垢だとバレたんだ!?


「そりゃ、レビューも『面白かったです』とか薄いし、星を入れたアカウントの名前とか見ればすぐわかるでしょ」


 ビガンゴさんはやれやれと手を広げる。

 こんな展開は予想外だった。

 と、とりあえずSNSで複垢で無いことをアピールしなければ!


 スマホでSNSの画面を出し、自分は何もやましいことなどしていないと主張する。


〈おいおい、週間一位になったことを僻んで複垢とか言ってる奴らがいるけど、マジで終わってんな。人の作品を貶す暇があるなら一位になってみろよww〉


 ……よし、こんなもんだろう。


「それ、火に油ってやつじゃないかなぁ」


「そ、そんなことないでしょ!」


「君、あんまりSNSに向いてないんじゃない?」


 なんでビガンゴさんにそんなことを言われなければならないのか。

 そんなことをビガンゴさんと話していると、通知が。僕の呟きを拡散されたのだった。


〈こいつ、複垢で一位取ったくせに、調子乗り過ぎ。こんな奴の小説なんて誰が読むかよ〉


 知らない人からの突然のリプライ。誰だ!お前は!僕のことをフォローもしてないくせに文句を言いやがって。ちくしょう。

 見ると、文句を言ってきたのはアニメアイコンの奴で、なんと佐伯さんのペンネームである『さつき風香』と相互フォローであった。

 なんで佐伯さんはこんな奴とフォローし合っているのだ!

 こんな性格の悪そうな奴より僕をフォローしなさいって話だよ。

 イライラしながらそいつのアカウントを見ていると、続々と僕の呟きが拡散され、『エアリプ』なる方法で苦言を呈する人たちが現れ始めた。

 文句があるなら直接言え、このネットご意見番どもめ。だからネットの住人は嫌なんだ。

 なんで僕がこんなに文句を言われなければいけないんだ?

 大企業だってステマとかしているじゃないか。こんな個人のちょっとした宣伝手法をまるで鬼の首を取ったように騒ぎ立てて。なんなんだよ。くそ、これじゃ嫌われる一方じゃないか!

 投げ込まれる辛辣な言葉に、涙目になりながら反論の言葉を書き続けている僕の横でビガンゴさんはこう言った。


「あーあ、無視すれば良いのに、喧嘩腰で言い合っちゃって。これ、炎上って奴じゃないの? ビガンゴ、初めて見た。へー、こうやって炎上するんだぁ。すごーい」


 ビガンゴさんはサングラスの奥の瞳を輝かせて成り行きを見守っている。こっちは泣きたい気持ちで火消しに回っているのに、なんでそんなに嬉々としているのだ、この象は。


 タイムライン上はいつのまにか、複垢の話題ばかりになっていた。僕のことを知っている人も知らない人も、『ライリー』で小説を書いている人も、別の小説投稿サイトで書いている人も、僕が複垢をしたと疑っている人も、騒動の流れを知らない人も、皆がネット小説での不正行為について、各々の見解を述べ始めていた。これがSNSだ。何もしなければすぐに干からびてしまいそうな細い川の流れのような呟きだったのに、ちょっとした拍子にあらゆるところから水流が押し寄せ、一つの大きな濁流のようになってしまう。

 もう、僕が何を言っても誰も聞きはしない。誰もが、闇火☆龍樹は複垢の奴だという認識になってしまっている。


「あっはっは。すごいね。こんなに短時間にみんなが不正行為を働いた闇火☆龍樹を認識したんだ。よかったじゃない。有名になれて」


「こんな形で有名になりたかったんじゃないですよ!」


 涙目で叫ぶ。ビガンゴさんはPCの画面から「闇火 複垢」とかで検索なんかしてる。もう、やめてくれよ。

 ビガンゴさんが一際楽しそうな声をあげた。


「あっ! これは! ちょっと、君!これ見てみなよ!」


「もう、なんなんですか!」


「眼鏡ちゃんも複垢について呟きだしたよ。 これは必見でしょー」


 なんだって、佐伯さんが。どきりとする。なんと言っているのだろう。恐る恐るビガンゴさんが出したディスプレイを覗き見る。


〈すごく複垢の話題が盛り上がってるみたいだけど、みんながルールに則って頑張っているのに、なんでズルしてまで目立とうとするんだろう。作品で勝負しなきゃダメだよね。……とか言ってみる。私も小説で評価されるようにもっと頑張ろう!〉


 うわああ!! 佐伯さんにまで言及されたぁ! もうダメだぁ! 絶望だぁ!


「うーん。眼鏡ちゃん。まさにその通りだ。……って、早速あの『一日博士』がコメントしてるぞ」


〈馬鹿な奴だね。きっと実力がないから不正するんだよね。その点、風香ちゃんは実力あるから大丈夫! あ、でも容姿も端麗だから外見からファンになっちゃう人もいるだろうなぁ。僕もその一人だよ!〉


 あ、あの野郎! こんな時に便乗して何を気持ちの悪いことを言いやがって。

 なんなんだよ。くそ……。なんでこんなことになっちゃったんだ。僕はただ、自分の小説をみんなに読んでもらいたかっただけなのに。


「おいおい、こんなことで泣くなよぉ」


「な、泣いてなんかいないです! 目にゴミが入ったんです」


 せっかく一生懸命書いた小説なのに、ちょっとしたことでこんなに批判が集まるなんて。うう、僕はなんて馬鹿なことをしたんだ。結局、みんな僕の小説なんて読んでないし。


〈複垢するような奴の小説はどうせつまらないんだろ〉

〈つまらなくて誰にも読まれなかったから複垢して目立とうとしたんだろ〉


 次々と突き刺さる顔も知らぬ人々からのコメント。


「もうダメだー! このアカウントはもうダメだ! こんな複垢野郎のレッテルを貼られてしまったら、やっていけない!」


「レッテルも何も、本当のことじゃないのぉ。で、どうするんだい?」


「消します! もうこのアカウントは消します! おしまいだあ!!」


 僕のネット小説家人生はなんて短かったんだろう。ちょっと目立ちたかっただけなのに、佐伯さんのからフォローをされることもなく、だれからも評価されることなく、今ひとりのネット小説家が消えていくのだ……。


【『ライリー』 退会】


【『Tubuyaitaー』 アカウント削除】


 ……終わった。僕のネット小説家としての道は閉ざされたのだ。正体をバラさずに佐伯さんにフォローをしてもらって、人気作家になってから正体を明かすという一大計画も水の泡だ。がっくしだ。複垢の件で佐伯さんにも苦言を呈されたし、もう佐伯さんに合わす顔がない。一生この小汚いアパートから出ないで暮らそう。


「そんなに落ち込むなよ。本名とか何にも晒してなかったでしょ。現実生活にはノーダメージでしょ」


「……え?」


 ポテチをむしゃむしゃ食べながら言ったビガンゴさんの言葉にハッとする。

 そうか……、そうだ! そうだよ! 僕が闇火☆龍樹だったなんて誰も知らない!

 そうだ! なんだ全然悩む必要はなかったじゃないか! もうアカウントは消した。

 簡単なことだったんだ。

 違う名前でまた始めればいいんだ!!

 あの小説は封印して、また違う作品を投稿していけばいいのだ。

 今度は同じ過ちを繰り返さないようにすればなんの問題もない。

 ある意味失敗を知っているということは強くてニューゲーム状態だ。


 よーし、新しい名前でライリー作家として再デビューだ!!


「……どうしたの、ニヤニヤして。なんか知らないけど、もう立ち直ったの? んー、メンタルが強いのか弱いのか、よくわからないね、君は」


 ビガンゴさんが苦笑いしている横で、僕は新たなアカウントの作成に入った。



 今度はうまくやるぞ! と心に決めて。

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