こんなところで合宿再開?

 林道入口で10分も待っただろうか。

 見覚えあるでっかい箱形の車がやってきた。

「どうしたんですか。ちょっと早い帰りじゃないかしら」

 小暮先生だ。

「装備が足りなくて撤退です。そんな訳で小暮先生、申し訳ありませんがメールの条件で買い物のお手伝いをお願いして宜しいでしょうか」

 先輩、何やら先生と交渉したらしい。

 なお交渉内容は一切一年生側は聞いていない。

 僕が聞いたのは、

「先生に迎えを頼んだぞ」

だけである。


「私の方はちょうど良かったです。シーズン前に点検や虫干しをしたかったですしね。今回、学探でもワンゲルでも装備一通り使いましたから」

 つまり装備の整備を手伝えと。

 まあそれ位はいいだろう。

 10キロ歩いて帰るよりよっぽどましだ。

「寮の方には家に戻ったら私から電話をかけておきます」

 ん、何故先生が寮に電話する必要があるんだ。

 でも車から降ろされたら困るので取り敢えず黙っている。


「あと神事用具は明日でいいでしょうか。取り敢えず売ってそうな場所は知っているのですけれど、ちょっと遠いんです。今日はちょっと装備の方を面倒見たいし。通販で明日朝着く店をさがした方がいいかもしれないですしね。

 要は完全装備で今日と同じ位の時間にさっきの場所へ送れば大丈夫ですよね」

「充分です。有り難うございます」

 先輩はよそ行きモードで助手席から会話をしている。

 微妙に話が見えないところもあるが、色々と手を打っているようなのも確かだ。

 神事用具なんて普通の場所に売っていないだろうし。


「じゃあうちに行く前にスーパーに寄りますね。お米はあるけれどおかずの材料が何もありませんから」

 ん、また疑問な台詞を先生が。

 そして。

「そういう訳だ。主に朗人、宜しくな」

 そういう訳だと言われても。

「5人分の夕食と朝食、スーパーで買い物しながらでいいから計画頼む」


 ちょっと待った。

 その話が出て寮に電話という話もあるという事は。

 ひょっとしてまさか。

「今日は先生の家にお泊まり、って事ですね」

 雅さんがさらっと肯定口調で口にした。

「そう。買い物や送り迎えの交換条件として、今日夜と明日朝のごはん調理と装備の整理手伝いをすることになった」

「うーん、また合宿なのです。楽しそうなのです」

 おいおい。

「でもこの人数で先生のお宅にお邪魔して、ご迷惑では無いでしょうか」

「うちは広いから大丈夫よ。3LDKの一戸建てを借りているから」

 おいおいおい。

「そういう訳だ。主に朗人、頼むな」

 先輩にして魔女なお方にそう僕は仕事を押しつけられた。


 そんな訳でスーパーマーケット。

「5人で2,000円くらいまでなら私が出しますから」

 その予算でこの大食い面子の夜と朝の分をつくれと。

 しょうが無い、覚悟を決めよう。

 一軒家なら電気式の炊飯釜くらいはあるだろうし。

「調味料はどんなものがありますか」

「マヨネーズと醤油だけは。あと米は充分あります」

 期待するなという事か、了解だ。


 サラダ用にキュウリ、人参、トマト、パプリカ購入

 特売のレタス1玉購入

 煮物用にかぼちゃ購入、

 みりんと蕎麦つゆも購入。

 肉は安い鶏肉、でも胸肉を上手く扱える自信無いから輸入物だけれどもも肉購入。

 あと賞味期限間近で半額の挽肉購入。

 玉子購入。

 半額の揚げ豆腐購入。

 同じく半額のハム購入。

 特売品と賞味期限間近を使ったのでこれでぎりぎり2,000円以下だ。

「何を作る気なのですか」

「適当。取り敢えず日本の正しい手抜き主婦の夕飯という感じ予定」


 そんな訳で小暮先生の自宅に到着。

 思ったより大きくてちゃんとした家だ。

 洋風のいかにも最近の家という感じ。

 狭いながらも庭と屋根付きカーポートもちゃんとある。

「いいお家ですね」

「子供含めて4人で住んでいたそうですけれどね。子供が独立して家を出て。夫婦2人では家が広すぎるし場所的にも不便だから引っ越したそうです。それを格安で借りている訳ですわ」

 なるほど。


 取り敢えず買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞う。

 冷蔵庫の中はマヨネーズ、醤油、チーズ、ビール、ビール、ビール、焼酎、日本酒という感じ。

「日本酒は私、飲めないんですけれどね。この通り家が広いからたまに友人が遊びに来るんです。その時に置いていったものですね」

 つまり焼酎とビールは自分用という事か。

「それなら日本酒は料理に使ってもかまいませんね」

「むしろ始末に困っている感じです。だからどんどん使ってね。でも未成年だから飲んだら駄目ですよ」

「はいはい」


 時計を視るとまだ14時30分過ぎ。

「まだ夕食を作りはじめるのには早いです。とりあえず装備の方をしましょうか」

「その前にちょっと通販ページを見てみましょう。神具の売ってそうな店は遠いですし、もし希望のものが売っていないと大変ですから。通販でお急ぎ便を使えれば明日朝に間に合いますからね」

 なるほど神事用品も通販で買える時代という訳か。

 確かに”形”で効能があるならばそれでいいよな。

 という訳で次はキッチンの向こう側のリビング方面へ。


 キッチンから見えていたけれど先生は普段はここだけで生活しているらしい。

 ベッドもテーブルも生活用具何もかもこの部屋にある。

 ただ部屋が並のワンルームより遙かに広いので何となく格好いい感じに見える。

 しかし3LDKという事は、他の3部屋はどうしているのだろう。

「パソコンはこれ」

 どう見てもメーカー品に見えない怪しいパソコンが片隅に鎮座していた。

 それを起動して雅が二本指打法でポツポツ打ち込む。


「確か施設で世話になっているところが通販をしていたはずです」

 検索するとそれらしいページが出てきた。

「これです、麻付幣。サイズは大で」

 クリックしてそのままカートへ。

「あ、カード払いで無いと即日配送してくれないそうです。誰かカードは……」

「それ位は私が貸しますよ、お金は後でいいですから」

「先生済みません」

「ではここからは私がやりますね」

 小暮先生と雅と場所を入れ替わる。

「できるだけ早く着いた方がいいんですよね。別料金が多少かかっても」

「はい」

「ならば、と」

 先生は特急便指定、営業所止め、メール連絡等を慣れた手つきで選択する。

「ここだと通販でないと買えないものが多いですからね。注文には慣れています」

 そんな感じでささっと打ち込み、そして。


「もし簡易的にも神事をやるなら篝火があった方がいいでしょう。うちにちょうどいいものがあるわ。ちょっと待っていて下さいね」

 そう言って先生は二階にだだっと消えていきどたどたと戻ってきた。

 持ってきたのはキャンプの時にお馴染みのアウトドア用ガス缶2個と、カロリーメイト1個位の大きさの道具2個。

「新製品が出た時につい買ってしまったんですけれどね。小型のランタンです。衝撃に強いし風にもそこそこ強くて便利ですよ。雰囲気はガラスとマントルを使う古いタイプの方がいいんですけれどね」

 新製品が出て買ったのはわかる。

 でもそこでなぜ2個買ったかは僕には理解できない。

 まあここでそれを追及するのも野暮だろう。


「これはなかなか画期的なランタンなんです。S●TOブランドですけれどね。壊れやすいホヤやマントルが無いんです。こうやって組み立ててセットして、ガスを出してここを押すと」

 ボッ、と音がして灯がともった。

 先生がガスを調節すると、白熱灯電球程度には明るくなる。

「これは本物の火を使用しています。ですから媒介に火が必要な場合でも大丈夫ですよ。蝋燭よりも遙かに風に強いですし」

「有り難うございます。お借りします。でも何故」

 雅はちょっと不思議そうな顔をしている。


 先生はにこっと笑って頷いた。

「担当の生徒の事を把握しておくのは先生の勤めですよ。と本当は言いたいところなんですけれどね。実は先生は田舎の神主の娘なんです。さっき大麻を見てつい懐かしくなって。

 それでちょっと、余分だと思うけれど私の趣味の道具を押しつけちゃいました」

「すみません。ありがとうございます」

 雅が頭を下げる。

「大した事ではないですよ。新しい道具を試すのも登山の楽しみですから。あとそれ、まだ熱いですから冷えてから折りたたんで下さいね。

 あと他に必要なものはありませんか」

「大丈夫です」

「ならシャットダウン、と」

 先生はパソコンを電源断して立ち上がる。

「それでは他の道具の方にいきましょうか。こっちの部屋ですよ」

という事で階段を登って2階へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る