孤独な戦い

 料理に関しては誰も信頼できない。

 そして今回一番の難関は炊飯。

 更に先生が持ってきたガスバーナーは今回1個だけだそうだ。

 そんな訳で僕は作業方針と指示を出す。

「先に御飯を炊いてから麻婆豆腐を作ります。雅と佳奈美はサラダチキンをもみほぐして、ナイフで切っておいて下さい。棒々鶏用です」


「まな板と包丁は何処でしょうか」

 小暮先生はまず自分のウエストポーチから折りたたみナイフを取り出す。

 スイスアーミーマーク入りの赤い奴だ。

「これが包丁代わりね」

 そう来たか。

 更にザックの背中部分からベニヤ板を取り出す。

 今ガスの下に敷いているのと同じ物だ。

「背板。これがまな板代わりです」


「何か衛生的に微妙な気がするのですが」

 佳奈美だけで無く雅も頷いている。

 僕も全くもって同感だ。

 でも先生は確信を持って言いきった。

「登山ではこれが普通です」

 本当なのだろうか。


 買ってきた米袋と鍋を持って僕は炊事棟へ移動。

 2キロの米袋の半分を投入。

 1キロが確か7合だからちょい多すぎるかもしれない。

 でも余れば明日のスープに入れるまでだ。

 適当に研いで、最後に手首を使って水を計って入れる。

 そして皆のところへ戻って、ガス点火。

 微妙に不安定なので軍手を借りて鍋を支えたまま炊飯開始。


 実はこの日のために僕は寮のキッチンで3回炊飯に挑戦した。

 それもわざわざ使いにくい薄いアルミ鍋でだ。

 その実験結果とネット情報で掴んだ炊飯の奥義。

 それは水蒸気の量と音の質。

 要は水分が残らず沸騰し焦げる寸前にまで持っていけば何とかなる。

 始めチョロチョロとかは一切無視だ。

 そんな訳で最初から最強に強火。

 沸騰しようが強火。

 水蒸気の質が微妙に変わったところで弱火にする。

 さらにプチプチ音が弱まったところで消火だ。

 この時の微妙に焦げたような匂いも恐れてはいけない。

 蒸らせばなんとかなるものだ。

 という訳で蒸らし中の炊飯鍋は横に置いて放置。


 今度は麻婆豆腐の番だ。

 これは簡単、水を入れた鍋に麻婆豆腐の素を入れ沸騰させ、豆腐を入れる。

「適当な箸はありますか」

「登山では荷物を減らすため食器は1人1本のスプーンだけです」

 了解だ。

 弁当を買った時に余分に入っていた割り箸を使おう。


 それにしても小暮先生の『登山では』は本当なのだろうか。

 よほどストイックな登山をしない限り違うのではないだろうか。

 そう思いつつ割り箸で適当に豆腐の大きさを崩してかき混ぜて。

 最後にとろみ付けの粉を水で溶いた物を投入。

 全体にとろみがつけば完成だ。


 最後にスープ用のお湯を沸かせば夕食調理は完成。

 紙コップに即席スープの素を入れてお湯を入れる。

 作ってみると最近の即席スープ、なかなか優秀だ。

 ちょっと乾燥野菜も入っていたりして。


「暗くなり始めたからランタンをつけますよ」

 そう言って先生は料理に使ったガラス製の器具を出してくる。

 黄色いボンベと同じタイプのガスを下にねじ込んで。

「うん、マントルは崩れてないからそのままでいいですね。点灯!」

 思った以上に周りが明るくなった。

 地下道探検に使った電池式のランタン以上に明るい。

 そこそこ明るい電球程度の明るさがあるようだ。

「いいですね、それ」

「これは便利ですよ。明るいし寒い時には暖房にもなります」

 どうも先生はストイックかつ極限な登山がお好きなようだ。

 楽しいキャンプとは何かが違う。

 でもまあ、明るいことはいいことかな。


 ガス台になりまな板にもなった背板を並べてテーブル代わりにする。

 貧乏くさい気もするが場所が河原なのでこれはこれで雰囲気がある。

 ランタンの明かりでふんわり照らされると余計に。

 御飯や麻婆豆腐の鍋を持ってきて、そして御飯の蓋を開ける。

 よし、予定通りカニ穴が空いている。

 これなら大丈夫だろう。

  ① 御飯をよそおい

  ② 切ったサラダチキンとカット野菜の上に棒々鶏ソースをかけて

  ③ 麻婆豆腐もよそおえば完成だ。


「それでは皆で、いただきます」

 と夕食開始。

「こうやって食べる御飯は美味しいですね」

「でも周りの豪華さに負けている気がするのです」

 確かに。

 バーベキューグリルとか2バーナーとか持ち込んでいる組と比べてはいけない。


「でもこの装備を考えたら良くやった。褒めてやろう」

 神流先輩からはお褒めの言葉をいただいた。

「私の登山歴では一番豪華な食事ですね」

 小暮先生、だからこれは登山ではなくキャンプです。

「とりあえずこの棒々鶏サラダのメニューは覚えました。今度家でも作ってみます。袋ラーメンに色々入れるのもいいですね」

 今まで先生の家での食事、どんな状況だったのだろう。

 まさか菓子パンとカロリー●イトとチーズの世界じゃないだろうな。

 登山中と同様に。


「先生は普段ご自宅でどんな物を食べていらっしゃるのですか」

 雅も僕と同じ疑問を持ったようだ。

 先生はちょっと考えて答える。

「普段はスーパーのお惣菜ですね。私が帰る頃にはだいたい割引シールが貼ってあるので、それを選んで帰ります。御飯も一人分炊くのは面倒ですのでパック御飯をまとめて買いして、レンジでチンですね」

 予想よりまし。

 しかしやっぱり微妙な感じだ。


 ◇◇◇


 そんな感じで夕食は無事終了。

 でも炊事場で鍋を洗いながらも先生の登山的指導は続いている。

「山で炊事場とか無い時、鍋を洗うのとかはどうするのですか」

 そう佳奈美が聞いたからだ。

「そういう場合は新聞紙を用意します。ちぎった新聞紙で鍋の汚れをこそぎ取る訳です。焦げなどはスプーンでガシガシと。そうやって汚れと水分が取れたら終了です。『乾けば大丈夫』と先輩には教わりましたね」

 やっぱり極限的な答が返ってきた。


「料理に使った水を捨てるというのも生態系を破壊するので良くないです。メニューは汁まで飲めるものか、汁が出ない物限定ですね。

 だからスパゲティとかは作れないんです。ラーメン等もそれで今まで作った事が無かったのです。

 ただ自分1人なら面倒なので菓子パンとチーズ。更に面倒ならカ●リーメイト。もっと面倒なら練乳のチューブを吸いながらという感じですね。それである程度カロリーは取れますから。消化が良くてカロリーが取れる事が大事です」

 先生の力説に僕は頷く。

 これは参考にしてはいけないパターンだな。

 反面教師として覚えておこう。


「さて、食器も鍋も綺麗になりましたし戻りましょうか」

 と先生も言うのでテントの方へ。

 遅まきながらヘッドランプをつけてテント内整備。

 銀マットを人数分敷いてシュラフを出す。

「枕は各自着替えとかを適当にシュラフの袋に入れて作って下さい」

 なるほど。

 ただ疑問がある。

「僕のは何処ですか」

「向こうのテントの中に入れておきましたから、あとで自分でセットして下さい」

 はいはい。

 まあ僕だけ男子だしな。


 さて、テントの中は狭い。

 5人座るといっぱいいっぱいだ。

「これって5人用のテントですよね」

 確かそう言っていた筈だけれど、これで5人は眠れないのでは。

「登山用の4~5人用のテントです。ただ登山用のテントは足をすぼめた状態で、互い違いにきっちり寝ての定員ですから。

 山の上は夜寒いし、それ位でちょうどいいですよ」

 先生はそう言いきるけれど。

 いや狭いだろうそれ。

 それにここはキャンプ場だ。


「ちなみに柏君用のテントは2~3人用です。あの大きさを1人で使っている人も結構いますね。70リットル以上のザックなら普通に他の荷物含めて入りますし」

 僕のディパックは20リットルだ。

 70リットルって……


「先生のこのザックは何リットルなのですか」

「これは日帰り用の35リットルですね。沢に入るので小さいのを持ってきました。縦走の時は72リットルのを使っています」

 とっても大きくて重そうだ。


 あ、あと確かめておくことがひとつあった。

「明日の起床は3時ではないですよね」

「ここはキャンプ場ですからね。余り早いと周りの人の迷惑になるでしょう。だから合宿としてはどうかと思いますが、6時程度でいいのではないでしょうか。まわりにあわせて適当で」

 ああよかった。

 さんごーでっぱつとか言われなくて。

 ちょっとだけ安心だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る