夜の侵入者

 その後も色々怪しく極限な小暮先生流登山談義を聞いた後。

「そろそろ就寝にしましょうか」

 というので僕は自分のテントへ追い出される。

 マットを敷いてシュラフを出し、着替えの袋を枕にして。

 ちなみに寝袋はマミー型という足部分がすぼまっているタイプだ。

 マミーとはミイラのこと。

 要はミイラが入っている棺桶形だと思えば間違いない。

 小暮先生に言わせると、この方が場所も取らず寒さにも強く山向きだそうだ。

 ここはキャンプ場だけれども。


 こっちは2~3人用のテントというけれど、実用的には1人用だろう。

 横に荷物を置いてマットを敷けばもう目一杯に近い。

 しかしこのテントも雪山で使えると聞いたけれど本当だろうか。

 確かにカバーと2重になっているが、所詮テントは薄い生地。

 あっさり凍死しそうな気がするけれど。

 そんな事をつらつらと考えていると。

 いつの間にか意識が落ちていたらしい。

 そして……


 気づいたきっかけは感触だった。

 何か温かい重い物が横にくっついている気がする。

 意識が目覚める。

 目を開ける前に確認。

 間違いない。

 温かくて重くて柔らかいものが僕の横にのしかかるようにしている。


 少しその重い物を避けて離れて。

 そして目を開ける。

 闇に目が慣れたせいかうっすらテント内が見える。


 そして横には。

 間違いない。

 2度確認した。

 こいつは佳奈美だ。

 シュラフにくるまって熟睡していやがる。


 何だこれは。

 どうしてこうなった。

 張本人が熟睡中なので何も判明しない。

 これは……

 佳奈美と言えども一応は女の子だ。

 真横にいられると気にならない訳ではない。

 思い切り呼吸とか感じるし。

 くっついている部分がシュラフを通しても熱く感じる。

 

 でも外は暗い。

 そして寒い。

 テントの中でもそれはわかる。

 ましてテントの外なんて。


 結論はひとつ。

 諦める事だ。

 この場は諦めて気づかないふりをしよう。

 そうでなくても昨日は疲れて眠い。

 休息、大事。

 そう僕は合理的に判断して。

 そして目を閉じて……


 これはきつい。

 なかなか眠れない。

 佳奈美の息がかかるのが気になったままだ。

 それだけ近くにいるという事実を思い起こさせる。

 女の子だなとか妙な意識をしてしまう。

 そして間近で顔を確認したのがまた失敗だ。

 佳奈美、実は結構顔立ちが結構整っていやがる。


 しかも佳奈美を避けた時、自分の位置が銀マットからずれてしまった。

 現在マットは佳奈美がほぼ独占中。

 シュラフの柔らかさでは河原の砂や小石の感触に対抗できない。

 しかも地面が冷たいし。


 悲しい結論。

 眠いのに眠れない。

 マットに乗ろうとすると佳奈美とくっつかなければならないし。

 そうすると佳奈美の気配が色々気になるし。

 そんな訳で。

 結構長い間、僕は孤独な戦いをする羽目になるのだった。


 ◇◇◇


「つまり夜中トイレに行って、戻ってきたらもう寝る場所が無かったと」

「そうなのです。だから仕方なく寝袋とマクラを取って避難したのです」

 理由も状況もわかった。

 確かにあのテントで4人寝るのは狭いだろう。

 でも。

「照れなくてもいいぞ、正直に言え。夜のお供に引っ張り込んだと」

 この扱いは納得できない。


「というかこの事態が起きたのは誰のせいですか大体」

「寝ていたから知らんな」

 容疑者その1はシラを切っている。

「ひょっとしたら私でしょうか」

「雅は真っ直ぐ寝ていたのです。ただその反対側と私の反対側の寝袋がねじれて斜めになっていたのです」

「もう証拠は残っていないぞ、残念ながらな」

 容疑者その1は得意げだ。

「先生の立場としてはあまり良くないと思うのです」

 いや待て、佳奈美の証言を考慮するとこの人は容疑者2,いや……

「先生も有罪です。大体マミー型シュラフに入った状態で何が出来るんですか!」

 まあこんな感じで朝は始まった。

 勿論早朝なので小声ではある。

 一応周囲は明るく、起きている人もそこここにいるのだが。


 生産性がない論議してもしょうがない。

 僕は朝食の準備にかかる。

 計画ではスパゲティだったのだが買い物段階でちょっと計画変更。

 お湯を沸かしてペンネを茹でる。

 長さがないから小さい鍋でも茹でやすい。

 茹でたお湯はスープに再利用しようかと思ったけれど味を見て廃棄。

 ここはキャンプ場だから大丈夫。


 熱いままのペンネを先輩厳選のレトルトソースに絡めつつ、もうひとつの鍋でベーコンを炒めてその上に投入。

 更に余ったチーズも全部投入だ。

 その鍋はガスから離して佳奈美に混ぜ混ぜして貰うことにする。

 あとはスープだ。

 小さい鍋で湯を沸かす。

 即席スープの素と余った増えるわかめを入れた紙コップに注げば完成だ。

 ちなみに昨日7合炊いた御飯は全部消費してしまった。

 残っていればスープおじやにしようと思ったのだけれども。


 先生の「いただきます」の号令で食事開始だ。

 スプーンでペンネを食べるという微妙に食べにくい状況の中。

「それにしても朗人、今回の食事は無難によく押さえたな」

 と先輩からのお褒めの言葉から始まる。

「そうですね。今までの登山で一番まともな食事をいただきました」

 先生、だから今回は登山ではないですから。

「これの栄誉をたたえ、朗人には万年食事当番の地位を与えよう」

 いやいらないですそんな地位。


「だいたい学内探検部に食事当番は必要ないでしょう」

「また合宿をするかもしれないのです」

 佳奈美が余分な事を言う。

 それに釣られて先生まで。

「そうですね、夏は南アルプス縦走を5泊6日位で」

「それはワンゲルでやって下さい」

 もうこんな体力系は充分だ。

「でもあの沢登り、楽しかったですね」

 雅は体力が特別製のようだからそう言えるんだろう。

 僕としてもう勘弁して欲しい。

 今でも昨日のダメージが肩に脚にと。


 そんな訳で皆の状況を聞いてみる。

「ところで筋肉痛、皆さんは大丈夫ですか」

 真っ先に佳奈美が反応した。

「肩がつらいのです。ふくらはぎも」

「だよな。他に腕も微妙に来ているしさ」

 僕と先輩と佳奈美とは話が合うようだ。

 うんうんと3人で頷きあう。

「そうですか、私はまだ大丈夫なようです」

「皆さん普段の鍛え方が足らないようですね」

 そんな意見の方もいるらしい。

 先生もそうだが、やっぱり雅の体力も特別製。

 うん、喧嘩しないようにしよう。

 する気は無いけれど。


「ただ、これで終わりとなると何となく名残惜しいのは確かなのです」

 あ、でも確かにそうかもしれない。

「寮に無事帰るまでが合宿です」

 先生、その台詞はお約束過ぎます。

 学園探検部の新人歓迎合宿は、こんな感じに幕を閉じたのだった。

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