画面越しの探検

 そんな訳で地下探検装備をディパックに突っ込み、僕は測定器を手にして大学部へと再び歩いて行くことになった訳だ。

 そして目標の大学人文教育棟の先の環状道路北西角付近。

 既に何人かが色々作業をやっているのが見えた。

 重そうな機器を積んだ台車を押していたり平行棒2本でダウジングをしていたり。

 よく見ると色々怪しげな動きをしている。


「よ、来たな」

 早速あのおっさん顔が声をかけてきた。

「やはり大学部は装備が色々本格的ですわね」

 また神流先輩の口調がよそ行きモードになっている。

「占術部も来たからな。安全な場所からの調査なら奴らの方が数段上だ」

 ダウジングロッドとか水晶玉とかは調査用の本格装備に含まれるのだろうか。

「大体の状況は掴めている。ヒューム値2程度の小物がEX2から迷い込んできたんだろう。既に学園内SNSで警報を出してある。うちの強行偵察班も出した。そろそろ接触する頃だな」


「接触予想地点マイナス10。画像伝送入ります」

「今日は仕方ないから画面越しで見物と行くか」

 おっさん顔はそう言うと重そうな台車の方へ。

「こっちも見学させて貰おう」

 という神流先輩に従って、僕らもおっさん顔と同じ方へと向かう。

 台車の上にでっかい怪しい機械。

 更にその上に大型のノートパソコンが乗せられている。

 画面が地下道らしいコンクリ壁に覆われた通路を映し出していた。


「なかなか画面が綺麗なのです」

「共同溝マンホールに無線LAN親機を放り込みました。伝送環境は充分ですよ」

 いかにも理系という感じの細型眼鏡の男がそう解説。

 画面は地下道をゆっくりと進んでいく様子が映し出されている。

 構造は僕らが入った地下道と全く同じだ。

「まもなくリング北西角」

 スピーカーからそんな声が聞こえる。

 左右への分岐が見えてきた。

 十字路というか交差点というか。

 カメラはゆっくりと左右をパンする。

 全く同じ造りの通路が左右続いている。

 カメラはそれを確認するとまた前進を始めた。


「ヒューム値低下を確認。現在0.9。急激に低下中」

「ここからだな」

 おっさん顔の声が聞こえた。

 前進速度がゆっくりになる。

 慎重になった感じだ。

 そのゆっくりのまま進んでいき、やがて画面に変化が現れた。

 正面が行き止まりの壁になっている。

 そこに電気点検口のような大型の蓋がついていた。


「ヒューム値0.6。そろそろ危険範囲だ。カバープロテクションを展開する。以降のヒューム値測定は無効になるが了解してくれ」

「当然の措置だな」

 おっさん顔の声。

 僕は思う。

 カバープロテクションとは何だろうかと。

 ヒューム値に影響が出るという事は魔法のようなものだろう。

 名前から想像すると防御系の魔法というところか。


「それではGT2、オープン準備」

 画面に赤い雨具姿が入ってくる。

 点検口の右側のボタンを押して、ハンドルらしきものを引っ張り出した。

「向こう側から扉へのクリック音が聞こえる。オープンとともに処理活動になる可能性が高い」

 スピーカーから雑音混じりでそんな報告が聞こえる。


 画面にもう1人、青い雨具姿が出てきた。

 青い雨具姿は扉の右側に立ち、銃のようなものを構える。

「状況開始」

 赤い雨具姿がハンドルに手をかけ、一気に点検口を開く。

 開いた点検口に何かが見える。

 異形さ故に最初は僕には認識できなかった。

 よく見ると何か青紫色の不定形の塊のようなものだ。

 目が慣れると不定形なりに腕のようなものがあるのもわかる。

 腕の先には爪のようなものまで確認出来た。

 その塊はゆっくりと点検口からこちらへ出てこようとする。

 腕らしき部分をカメラ方向にゆっくり伸ばしたのが見えた。


 次の瞬間青い雨具姿の右手が動いた。

 何かが不定形の塊へと飛んでいく。

 様子からして液体のようだ。

 塊の動きが止まる。

 液体を浴びた部分から白く濁った色に変化、泡を出して崩れて液化していく。

 数秒後、化物の痕跡は泡と液体跡だけになった。

 青い雨具は念の為か、塊がいた周囲に銃口を向け、液体をふりまいている。

「周辺消毒及び確認中」

 カメラが前に進み、点検口をくぐる。


 一瞬暗くなった後、照明を入れたのかまた明るい画面に戻った。

 同じ位の広さの通路だが、こっちは造りが今までと全く異なる。

 下は赤土混じりの砂利という感じで、両側は岩か土の壁。

 天井のみ板でカバーされていて、所々に丸太のような素材で出来た支えのがある。

「ここからが探検の本番なんだがな、今日はここまでという処か」

 おっさん顔がそう言った直後。

「確認終了。帰還します」

 そんな台詞が入って画面が途切れた。

 中継終了という事らしい。


「今のは一番良く出る化け物だな。スライムと呼んでいる奴だ。たまにこんなのが本当に出るからな。まあその分調べ甲斐があるってものだが。

 あと今の武器は聖水を噴射する水鉄砲だ。うちには祈祷師プリーストがいるからな」

 おっさん顔の説明がその場に響いた。


 ◇◇◇


「良かったな。初日にして色々体験できて」

 再び理化学実験準備室。

 あの中継が終わった後、現場で色々と情報交換。

 その後お昼に近いので売店で弁当を買ってここへ戻ってきた訳だ。

 そんな訳で現在は食事中。


「しかしあの化け物スライム、何なのですか。正直あまり実在を信じられないのです」

 佳奈美の疑問は当然だと思う。

 僕もそう思うから。

「でもあの時確かに実在したのは認めるだろ、やらせじゃなくて」

「それは認めるのです。だから疑問なのです」

 僕も頷いてみせる。


「実はそんなに難しい事じゃない。現実性が揺らぎやすいという話はしただろう。

 伝説とか言い伝えとか古い事物とか。場合によっては噂でもいい。現実性を揺るがすのなんてやろうと思えば簡単なんだ。

 そうやって現実性に揺らぎのある場所が生まれる。ヒューム値が1より高かったり低かったりする場所がな。

 そうしてある程度ヒューム値の高低差がある場所が出来てしまうとだ。ああいう代物が勝手に出来てしまう訳だ。さっきのは固有ヒューム値2程度。割と簡単にできてしまう類いの化け物だな」


「でも普通の場所にはそんな物、滅多に出ませんよ」

「出ないと思っているから出ないだけ。実際は色々出ているんだ。単に気づかないだけの問題だな。

 例えば心霊スポットでの目撃談、学校の七不思議。噂や言い伝えで現実性が揺らいでいるからそんな現象が出てしまう。ああいう話のいくつかは実際に発生している訳なんだ。本気で信じる人間がごく少ないだけだな」

 何となくそう言い負かされてしまう。


「更にこの学園、設立こそ新しいが噂には事欠かないように出来ていやがる。それっぽい怪しげな仕掛けがあちこちにある訳でさ。

 噂だのそれっぽい事実だのがあれば現実性のゆらぎなんて一段と起こりやすいもんだ。全寮制で集団心理も働きやすいしな」

 うーむ、納得いかないが納得させられそうだ。


「ではこの現実性を図れるヒューム値測定器なんてのはどういう原理なのですか」

「世の中には原理のブラックボックス化というものがあるだろう。例えばコンピュータの動作原理とか」

「あんなのは簡単なのですよ。半導体の説明からがいいですか。それともNAND型回路の説明からでいいのですか」

「わかった。私の説明が悪かった」

 佳奈美の無駄に優秀な頭脳を舐めて貰っては困る。

 というか普段は僕が困らせられているのだが。

「実のところあれについては私もよく知らんのだ。悪い」

「それならそうと言って欲しいのです」

 神流先輩が完全に佳奈美にやり込められている。

「まあそんな訳で、ここには時に化け物も出てくる。まあ地下道までで外に出てきた話は聞いた事が無いけれどな。それはいいか」

「不承不承ながらそれは了解なのです」

 うんうん。


 ◇◇◇


 食事を食べ終わったら部活も解散になった。

「今度の活動は月曜以降に決めよう」

 と神流先輩。

 そんな訳で僕と佳奈美、雅は学校から寮へと移動中。

 先輩は理化学実験準備室でやりたい事があるそうなので残してきた。


 高等部から学園内道路を渡り、学園内事務局付近。

 そこで雅が急に立ち止まる。

 ちょっとあたりを見回し、そして小さく頷いた後。

「ひとつ、聞いていいでしょうか」

 意を決したように僕と佳奈美に声をかけた。

「何をですか?」

「朗人さんも佳奈美さんも神流先輩の魔法、怖いと思いませんか?」

 雅の顔は真剣だ。


「色々研究したいとは思うのですよ」

 いきなり佳奈美が妙な答を口にした。

 佳奈美としては真面目な答なのだろうけれど。

「本人のプライバシーや権利が色々あるから無理にとは言えないのです。でも研究すれば色々楽しいことが出来るようになると思うのです」

「僕も怖いとは感じないな。あの性格は時に勘弁してくれと思うけれど」

 魔法よりもそっちが問題だ。

 ああ月曜日の朝、どう弁解しよう。


「本当にそう思いますか」

「本当なのですよ」

 僕も頷く。

「なら私も……」

 雅の言葉がちょっとそこで途切れる。

 そして。

「有り難うございました。それではまた宜しくお願い致します」

 雅はそれだけ言って、逃げるように生活スペースの方へと行ってしまった。

「何だろう」

「女の子には色々な秘密があるのですよ」

 佳奈美のそんな台詞が僕の耳を通り抜けた。

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