実用新案探索者ホイホイ
「バスケ部どうですか」
「新聞部です」
「男女混合テニス部は」
「ラクロス部です」
「手相研究会じゃ」
「ヨーガで内面から美しく……」
「漫研で人生変えないかい」
「聖書研究会です。貴方は神を……」
「親●聖人の教えに……」
「エコエコアザラク……」
「イア、イア、ハスター!」
何か違うのが色々いるような気がするが気にしてはいけない。
気にするとつけ込まれる。
しかし生徒数が少ないのにどうしてこんなに勧誘が多いのだろう。
微妙に気にならないでもない。
掻いて躱して無視して、何とか列を抜け出して生活ゾーンまできた。
ここにはもう勧誘の皆さんはいない。
ほっと一息つこうとしたその時僕の制服が引っ張られた。
見ると佳奈美が向こうに行こうとしている。
何かを見つけたらしい。
大体彼女が見つけるものに碌な物は無い。
昭和62年製の50円玉とか白いたんぽぽとか僕には価値のわからない物ばかりだ。
その道の趣味者にはわかるかもしれないけれど。
でも放っておくと彼女は何時までも気にする。
何度も過去の話をされる事になる。
だから一番合理的な解決法は彼女の思うままにすること。
そんな訳で彼女の行くままに、僕も歩いて行く羽目になる。
本当はこのまま彼女を自由に放っておいた方が楽だろう。
でもあとで面倒な事になると何故か収拾つけるのは何故か僕の役目になる。
少なくとも中学時代はそうだった。
世の中には不幸な巡り合わせとか人間関係という物が存在するのだ。
この場合、それは僕と佳奈美の関係。
彼女が見つけたのはどうやら緑地帯に置かれている石のようだ。
御影石のような材質の四角錐。
大きさは底辺50センチ、高さ50センチというところだろうか。
「この石がどうかしたのか」
「プロヴィデンスの目なのです」
彼女はそう言って石の片面を指さす。
確かにその面の中心には人間の目のような物が掘られていた。
「それで」
「これがこんな処にある意味がわからないのです」
そう言われても困る。
そもそもそのプロ何とかの目って何なんだ。
「気にする人は気にするものなのだよ」
ふと近くで声がした。
とっさに振り向く。
僕より少し背の高い細身の女性がそこに立っていた。
年齢的に高校生、きっと先輩だろう。
その場所にはさっきまで誰もいなかった、と思う。
佳奈美がとっさに僕を盾に彼女の反対側に回る位、不自然な出現だ。
「驚かせたのなら悪かった。よく気配が読めないと言われるんだ」
そう言って彼女はプロなんとかの石に手を伸ばす。
右手で石を掴んで真上に持ち上げたところ軽々と持ち上がった。
下に木製の杭が4本ついている。
「実はこれ、プラスチックで作ったダミーなのだな。別名探索者ホイホイ」
何なんだ、この展開。
「実は私は学内探検部でな。部員募集のためにこの罠をしかけたのだよ」
「そんな罠があるんですか」
ついそう突っ込んでしまう。
「でも引っかかっただろう、今」
あ、確かに。
「しかしまた何でそんな妙な部員募集を」
先輩はにやりと笑う。
「探検にはそれなりのセンスが必要でな。こういう怪しいものを怪しいと気づかないようでは探検家の資格は無いのだ。
それにプロヴィデンスの目を罠にした理由もちゃんとある。君はうちの学校の校章を見ただろう」
校章って何か星形のような奴だっけ。
「ダビデの星なのです」
佳奈美がぼそっと言う。
まだ警戒を解いていない模様だ。
「正解だ。籠目紋とも言う。要は六芒星だな。プロヴィデンスの目はダビデの星と組み合わさっていることも多い。だから気づく人は気づくようにここ、学校部分と生活ゾーンとの境付近に置かせて貰った。
この2つの符合、気になる人は気になるだろう、そう思ってな」
なるほど、僕は理解した。
この先輩は変人だ。
こういうのには関わらないに限る。
知り合いに変人は佳奈美だけ充分、おつりが来る位だ。
できれば返品もしたいし契約解除でもいい。
そんな訳で僕の足は少しずつ後退を開始する。
「まあこの学校の設立経緯の怪しさとか、ここが外八州・内八州史観でいうところのちょうど日本のこの場所に相当する場所にあるとか、ネタは色々ある訳だ。
でも正直、部員がいないと同好会が公認されない。同好会の構成要件は生徒3人以上の所属。そんな訳で部員を2名大募集していたのだよ」
そう言いながらすっと彼女は僕が逃走しようとした方向へと動く。
逃げようとしたのがバレたのだろうか。
「例えばこの学校が魚座から水瓶座の時代に移る事になる象徴を隠しているとか。
一年だけしか務めていない初代理事長が竹内文書の研究者だったとか。
その辺を含めて冗談と思うなら思ってくれてもいいのだ。
要はそれをネタに学校内を遊び回ろうという活動だからな。
申し遅れたが私は2年A組の
何か今まずい単語が聞こえたような気がする。
「理化学実験準備室?」
しかも佳奈美に聞かれた。
これはかなりまずい事態かもしれない。
「そう、理化学実験準備室だ。他に借りられる部屋が無くてな。薬品倉庫と実験資機材室を兼ねた部屋だ。でも一応学内LAN回線がGBの速さで引いてあるし、それなりに快適だぞ」
あ、あ、あ……
佳奈美は化学薬品が大好きだ。
特に硝酸。
理由は簡単、爆薬が作れるから。
頭が良過ぎる癖に幼稚なので、危ないものが大好きなのだ。
当然硫酸や塩酸等の劇薬も大好き。
黄リン赤リンどんと来い。
金属ナトリウムをプールに投げられた時は本当どうしようかと思った。
「行くのです」
ああ……
この場合に僕が取るべき手段はいくつかある。
1.撤退
2.退却
3.逃走
そんな訳で僕は佳奈美に関する全部の権利(というより義務)を会ったばかりの神流先輩に譲り渡す決心をした。
さらば佳奈美、元気でやれよ。
そう思いつつ逃走を開始しようとしたところで、思い切り制服の端を掴まれたままだった事に気づいた。
「朗人も一緒なのです」
うん、わかっていた。どうせそうなる事は。
ちょっと現実逃避をしたかっただけだ。
そんな訳で僕は佳奈美とともに神流先輩についていく事になるのだった。
◇◇◇
マッドサイエンテストの私室。
理化学実験室はまさにそんな雰囲気だった。
ずらりと並んだ薬品庫。
クルックス管や泊電検知器や電流計や電圧計等々の物理実験資材。
人体模型に天球儀まである。
なんというか、取り敢えず佳奈美が好きそうな部屋だ。
物が多いので入れる人数は8人程度。
ちょっと大きめのテーブルを囲む形になる。
ちなみに9人目は人体模型の隣に座ることになりそうだ。
だからきっと定員は8人。
「ちょっと物が多いけれど、慣れると悪くない部屋なのだよ」
そう思うのは頭のネジが歪んだ人だけだ。
僕は少なくとも暗い時間にここにいたいとは思わない。
なお佳奈美はウキウキで薬品庫を物色している。
ここの薬品庫、危険な事に鍵がかかっていない模様。
「危ない薬品を作ろうとか考えるなよ」
「RDXなら作っておいた。だから使いにくいTATPとか合成するなよ」
ん、先輩今何と言った?
「わかったのです。今日は観察だけにとどめておくのです」
ちょっと混乱しながら状況整理。
うん、僕は何も聞かなかった。
聞かなかったことにしよう。
「ところで学園探検部っていうのはこの学園を探検する同好会なんですよね」
「その通り、決まっているじゃないか」
うんうん。
「このまだ歴史が新しい学校の何処にそんなに探検するような場所があるんですか」
「よくぞ聞いてくれたなワトソン君」
そう言って神流先輩は起動しっぱなしのパソコンを操作する。
なにやらエクセルファイルのようだ。
「例えばだ。
○ 全部の視線を辿ると1点に集中する各所の銅像
○ 電気水道の共同溝とされているが不明部分も多い地下道
○ 何処にも入口が見当たらない時計塔
なんてところがメジャーかな。うち以外にも調べているサークルがある」
いきなり怪しい情報が飛んできた。
薬品庫から佳奈美がすっ飛んでくる。
興味津々という表情で。
「それは本当なのですか」
「ああ。ある程度調査結果は公にされている」
神流先輩はそう言って画面をブラウザに切り替える。
何やら図面が表示された。
「例えば地下道。ここまでは探検済みだ。私と先輩2人で確認した場所もある」
「その先輩は?」
「卒業済み。2人とも目黒区駒場で青春を謳歌しているようだ。もう田舎はこりごりだというメールがあった」
その大学なら色々お誘いも多いだろう。
この田舎で失われた分の青春をせいぜい取り戻してもらいたい。
さて、画面の方には地下道の地図らしきものが現れた。
メインの通路は南北方向2本、東西方向2本。
大学校内の講義棟A、講義棟Bを中心に井桁型に広がっている。
そして井桁の左方向に進む2本には色の違う通路が接続されている。
「その色違いの部分がコンクリ壁ではなく岩盤になっている部分だ。その先は不明。色々と危険な障害があってな。迷わず進んで帰る為には時間と装備が必要だ」
「冗談じゃないですよね」
神流先輩は悪そうに笑う。
「残念ながら事実だ。どうだ、遊び甲斐があるだろう」
「確かに、なのです」
佳奈美はうんうんと頷いている。
非常にまずい事態だ。
佳奈美、完全にその気になっていやがる。
「この地下道、何処から入れるのですか」
「この部屋からも入れるのだよ。底の入口の床板、蓋があるだろう」
言われてみると四角い金属枠の蓋のような物がある。
「そこから地下共同溝へ侵入可能だ。この地図のH3地点に出る」
H番号は高等部の下を通る通路だ。
地図だと井桁の左右方向へ走る南側の通路に出る事が出来る。
「下の探検は思ったより時間がかかるし準備も必要だ。だから今すぐは無理。
だがそのうちわかっている処まででも体験させてやろう。
そういう訳でまずは入会届だ。書いていけ」
先輩はそう言ってクラス名と番号、名前の欄がある紙を2枚取り出した。
その紙が悪魔の契約書に見えたのは僕の気のせいだろうか。
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