ゆるくないキャン△

 最初の部屋は洋間。

 広さは10畳位だろうか。

 その部屋内に布団干しのパイプが2組。

 そこにテントが1つ広げられて干されていた。

 僕らも合宿で使ったダンロップとか言う本体がオレンジ色の奴だ。

「テントを干しているときにメールを受けてそのまま出ていったんです。ですからフライとかもう1つのテントはこれからの状態ですね。まずはそこからお願いします。生地は全部通気性がいいから重ねても大丈夫です。取り敢えず床に落ちている場所があまりないように干して下さいな」

「了解なのです」


 という事でテント2つとそれぞれのフライシートを目一杯広げて干す。

 しかしこの部屋、何もない。

 大きいテントを干すには助かるけれど。

 テント干し専用の部屋なのだろうか。

「次はベランダで青いビニールシートを干します。風で飛ぶと大変ですから布団用の大きい洗濯ばさみ使ってね」

 はいはい。


「石動さんは隣の部屋で寝袋を干して下さい。ここのテントと同じようにね」

「わかりました」

 雅は隣の部屋へ。

「神流さんは風呂場。ウエーディングシューズが投げてありますからシャワーで泥を落として洗濯機に入れて回して下さい。洗濯機は汚れ物コースでお願いね」

「はい」

 そんな感じで。


 どうも2階の洋室10畳2間は山道具専用に使っている感じだ。

 というかこの2室は家財用具が全く無い。

 洋服ダンス風の押し入れにプラスチックケースがいくつも入ってて。

 それが全部、それぞれ様々な山道具だ。

「このふかふかの長い足袋みたいなのは何なのですか」

「テント内シューズですよ、雪山用の。通称象足ぞうあしとも言います。雪山だとテント内まで基本的に靴を履いたまま入るんですけれどね。それだと足が疲れるでしょう。だから靴からそれに履き替える訳です」


「カラビナが大量にあるです。あとこの引っ張るとキコキコするのは何ですか」

「カムって呼んでます。岩と岩の間に入れて手を離すと引っかかるという、確保に便利な道具ですよ」

「こっちの底の薄い小さな靴は」

「岩登り用のクライミングシューズですわ」

 何かもう、完全にアウトドアショップという感じに色々揃っている。

 ロープかザイルかわからない縄が何種類か壁にかけたフックから下がっているし。


「あと、出来ればテントはもう1サイズ大きいのを買いたいんですよね。個人的には大学で使い慣れているエ●パースの6~7人用が好きなんです。あれは中が六角形で、人数集まるにはなかなかいい造りなんですよ。8人位余裕でぐるっと車座になれますから」

「この前のキャンプ場にあったような大きいのは駄目なのですか。コー●マンとか」

「あれは確かに大きくて安いけれど、ザックに入れて持ち運ぶには大きすぎたり重かったり、立てても耐候性が弱かったりして好きじゃ無いですね。それに雪のシーズンに使えないし。やっぱりテントは4シーズン対応の登山用でないと怖いんです」

 完全にハード系の山趣味の世界だ。

 ゆるくないキャン△という感じ。


「それにしても装備がやけに多くないですか」

「この広い家を確保した事を昔の仲間に知られたらね。大学時代は山をやっていたけれど社会人になって山道具を整理するって人が譲ってくれるようになったんです。また使う機会があったら使いたいから置いておいてくれなんて。それで何時の間にか増えて来ちゃったんですよ。革製の重登山靴なんて22.5から28.5まで揃ってしまいましたし。ちょうどいいのでワンゲルなんかに貸していますけれど」


 ◇◇◇


 さて、用具関係が終わったら夕食の調理だ。

 悪いが今日も手抜き料理の予定。

 なにせ調味料が揃っていないので本格的な料理が出来る環境に無い。

 一通り揃えたらそれだけで1,000円はかかってしまいそうだし。

 日本酒があったのがめっけもの程度の感じだ。

 それに僕にも、そんな本格的な料理が出来るほどの技量も知識も無い。


 本日の夕食は、

  ○ 味醂と蕎麦つゆで味付けした鶏肉照り焼き

  ○ 同じく味醂と蕎麦つゆで味付けしたカボチャの煮付け挽肉入り

  ○ マヨネーズで味付けしたポテトサラダ

    (レタス、キュウリ、パプリカ、ゆで卵入り)

 うん、手抜き主婦な料理だ。

 勿論うちの母親仕込み。

 両輪共働きの長男業は結構色々厳しかったのだ。

 それでも。

「あ、何かちゃんとした家庭料理という感じですね」

 慣れていない人は騙せる模様。

 そんな訳で夕食開始。

 電気炊飯器で7合炊いた米がかなりの速度で減っていく。


「先生の家、独り暮らしなのに何故御飯釜が大きいんですか」

「時々友達が遊びに来ることがあるからです。家が広くて場所余っていますし。ここからだと九十九里浜も歩いて行けますしね」

 先生の家は学校からかなり海の方へ行った方向にある。

 車だと大した距離では無いけれど。


 食事を食べながらだと自然しょうも無い話になる。

「先生はご結婚の予定は無いのですか。失礼ですけれど外見可愛いですし、ちゃんとした仕事についているし、家もこうしてちゃんとあるのですし」

 佳奈美がとんでもない事を聞く。

「絶賛募集中なんですけれどね。なかなかいい条件に巡り会えないんです。下品でなくてタバコ吸わなくて、料理が作れて一緒に山に行ってくれる人がいいんですけれどね。収入は私の収入があるから妥協していいですから」

 何気に真面目な顔で先生がそんな事を。

「うちの先生方や大学の方の職員や教官はどうでしょうか」

「いまいちちょうどいい人がいないんですよね。家に帰ったら御飯作って待っていないと嫌な人とか、あと年齢条件的に勘弁してくれな人とか」

 結構本気で探したと思われる言葉が微妙に見られるような気がする。


 あ、先生が立ち上がり台所へ行き、ビールを3缶持ってきた。

「ごめんなさい。夕食を食べながら飲む癖がついていて。本当は生徒の前ではいけないんですけれどね」

「別に問題無いと思いますよ。ここは先生のご自宅ですし」

 そう言っておく。

 不意に神流先輩がにやりと魔女な笑みを浮かべた。

「ならそこにいる朗人はどうですか。少なくとも下品では無いし料理も問題無い。体力はこれから鍛えれば大丈夫だと思いますね」


「せめて現役の生徒で無ければね。自分の学校の学生を食ってしまったら教職おわりになってしまいますから」

 おいおいおい、危険発言だそれは。

「つまり3年間育てれば大丈夫なのですね」

 おいおい佳奈美まで。

 慌てて僕は別の人に転嫁を試みる。

「なら大学ワンゲルの方とか。例えば久保副部長とか」

 この前地下道探検で会ったあのおっさん顔だ。


「大学高等部合同ワンゲル合宿で知っていますけれどね。あの人はちょっと野生すぎますわね。料理なんかも『何でも焼いて食べれば大丈夫、きっと生でも大丈夫』という人ですから。彼よりはまだ柏君の方がずっといいですね。せめて高等部の学生で無ければ」

 おいおいおいおいおい!

 戻ってきてしまったぞ。

 そんな感じで夕食会は続く。


 ◇◇◇


 食事の片付けが終わったらだらだらタイム。

 皆で横になってビデオを見ている。

 ちなみに装備はエアマットと寝袋だ。

 寝袋は合宿時と違い、四角い封筒型と呼ばれるタイプ。

 布団で無く寝袋かと思わないで欲しい。

 先生だってベッドの上で寝袋というスタイル。

 この家に普通の布団は無いそうだ。

 何故かマクラだけは完備されているけれど。


「このネットでビデオ見れるのいいですよね。借りにいく手間が省けますし」

「借りに行くにもこの辺お店が無いですからね。寮員だとそもそも借りに行けませんし。まあ通販のおまけ機能なんですけれどね」

 そんな感じで話をしながら5人で寝そべって見ている。

 ちなみに見ているのはゆるいキャンプを扱った某アニメ。

 神流先輩の選択だ。

 小暮先生のゆるくないキャンプ道を少しでも是正しよう。

 きっとそう考えたに違いない。


 予想通りというか何というか。

「装備は必ず表にする!そして出る前に1つずつチェックを入れて確認する!山屋の常識です!」

「下調べが足りない!通行止めなんかは事前に全部チェックです。最近はちゃんとWebで上方が出ています。行程計画を事前に綿密に立案すること。そうすればそれに沿って自然に動けます」

「原付バイクでこの行程はバイクが可哀想です。せめて小型限定取って下さい」

 ゆるくない派の先生、ケチ付けまくり。

 他にも色々。

「食事だけは参考になりますね。ちょっと使って見ましょうか」

 とか。

「やっぱりテントはA型フレームよりドームですよね」

 とか。

「そのランタン暗いし風に弱いし。同じ買うならせめて普通のモデルを」

 なんてコメントつけたりして。


 おそらく僕らも普通とかなり違う見方をしてしまったと思う。

 まあゆるくない派コメント入りバージョンもなかなか面白かったけれど。

 そして先生が出した結論は。

「今度の登山はベーコン焼きましょう」

 おいおいおい、飲みまくる気かよ。


 ビデオの後は就寝体制。

 ちなみに就寝体制と言われても変化は無い。

 このまま電気を常夜灯にするだけ。

「僕は他の部屋に行かなくていいんですか」

「隣はミシンや工具出しっぱなしだし、上は見せたとおりですから。大丈夫、問題が起こらないように先生もいますから」


 ちなみに先生、実はそこそこ酔っている模様。

 顔色が赤いしちょっと口調も違う。

 でもまあ、そんな訳で。

 この前合宿で使ったのよりいいマットと寝やすい寝袋。

 それにこれだけは寝やすいマクラのおかげで。

 右も左も女の子の寝顔というちょっと何とかしてくれな状況のなかでも。

 いつしか僕の意識は落ちていったのだった……

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