愛と熱意の指導体制

 車に戻り、そして神流先輩を含む僕ら4人はヘルメットの他、ハーネスというものを装着させられる。

 要は腰と太ももで支える安全具で、ザイルで安全を確保する時に使うらしい。

 先生によるフィッティングの細かいチェックの後。

  ○ ロープワークの基礎。

  ○ エイト輪の使い方。

 その辺を10分ちょいながらみっちり講義を受けた後、やっと道を歩き始める。


 さっきお弁当を食べた場所から沢へ。

「うん、なかなかいい感じなのです」

「こけるなよ」

 確かに岩によっては滑りやすい。

 下手に水際を歩くとコケが多い分滑りやすい。

 思い切りよく水流の中を歩いた方がコケが少ない分滑りにくい感じだ。


「なかなか気持ちがいいのです」

 佳奈美の意見に僕も同感。

 靴の中も一度濡れてしまえば怖い物はない。

 そんな感じで歩いていくと三段に水が落ちている滝が現れた。

「綺麗な滝ですね」

 雅が呟く。

「これが●沢上部の沢登り事実上のスタート地点、三つ●の滝です。向こうに散策路の階段があるのでこの滝を巻くのも簡単なのですけれどね。折角沢登りに来たのですからここは直登しましょう。

 そういう訳で、まずはロープの確保をしてきます。先生の登るルートを見て、自分ならどう登るかここでしっかり考えて下さい」

 先生はそう言って滝の左側の壁のような岩をひょいひょい登って行ってしまった。

 ザイルだのシュリンゲだの装備色々だの背負ったままでだ。

 速すぎて全く参考にならない。


 先生は二段上まで登った後、上の滝を観察した後、近くの木にシュリンゲというわっかを通してロープを通す。

 そして僕らのいる下までささーっという感じで下降して戻ってきた。

「まあこんな感じです。取り敢えずは二段目までですね。小さい順でまずは佳奈美さんから」

 そう言って先生は佳奈美にロープを固定する。

 そして僕にロープの端を渡した。


「佳奈美さんが登ると同時にそのロープを引っ張って下さい。注意点はロープが緩まないようにすること。そうすれば万が一佳奈美さんが落ちてもロープの長さの余裕分だけしか落ちませんから。力を入れて引く必要はないですよ。佳奈美さん側のロープは引っ張られたら自動的にそこで固定するよう上で結んでありますから」

「先生は?」

「最初ですので佳奈美さんについていきます」

 最初の本格的な感じの登りが開始される。


「はい、そこで前のめりにならない。もっと岩から離れてよく見えるように。前のめりになると余分な力がかかるから足が滑りやすくなるわ。怖さに負けない!」

 先生、結構スパルタだ。

「はい次は右手もうすこし上掴んで。そうそう」

 佳奈美、ひくひくしながらそれでも着実に登っている。


 そんな感じで三段の滝の二段部分を無事登った。

 その上の滝は斜めにロープを張って通過。

 更に上は水量が多そうな滝壺がある斜めの滝だ。

「気温がもう少し高ければ泳いで上れるんですけれどね。今日はまだそこまで気温が上がっていませんから巻きましょう」

という事でこれはパス。


 やってみてわかったが、一番大変なのは佳奈美だ。

 足の長さや腕の長さが短いので、支点の範囲がどうしても狭くなる。

 段差ひとつをとってしても足の角度が違うのだ。

 でも何とか次々と先生の後をついて沢を登っていく。

 岩と岩の間に水が流れている処を抜けたりもするので、もう全身ずぶ濡れだ。

 先生以外の全員、ブラの跡というか服が透けている。

 近くだとブラ丸見え状態だ。

 おかげでとっても視線に困る。

 本人達は全く気にしていない様子だけれども。

 Tシャツというのはあまり良くない選択だったようだ。

 先生のようにちょっと厚めで濃い色のポロシャツが正解なのだろう。

 ただ沢登り自体はなかなか楽しい。


 気持ちよく進んでいると大きい滝が出てきた。

 今までの滝より高さが倍以上ある。

「この滝と次の滝は直登は無理。だから大きく迂回します。その先しばらく行って、その次の大きい滝でお昼御飯にします」

と先生。

 踏み跡とか赤いテープだとかを目印に斜面をずるずる横方向へと登る感じで通過。

 その先はしばらく平和な感じになる。

 滝もせいぜい3メートル程度。

「こういう処は練習のため直登です」

 という先生の方針に従って、水を被りつつガシガシと登る。

 そろそろ気温も上がってきたので水をかぶるのもまた心地いい。


 そんなこんなでちょっと高めの滝の前に出た。

「ここで御飯にしましょう」

 先生がそう宣言。

「先生と朗人君とで食事の準備をします。

 他の人はたき火準備です。燃えそうな木をこのあたりに持ってきて下さい。そんなに大量に燃やす気はないので数本でいいです」

「やっと休憩なのです」

 そう言って佳奈美がその場にへばりついた。

 相当疲れているらしい。

 元々体力がないのに身体が小さい分一番きつい動きをしていたりする。

 無理もないだろう。

 神流先輩も結構お疲れの様子だ。

 しかし雅は全然疲れた様子がない。

 こいつ結構体力あるな。


 小暮先生はザックを下ろし、中から色々と食事グッズを出す。

 鍋、鍋の中に入れた食器類、同じく小さいガスバーナー、黄色いガスボンベ、ラーメンとかが入ったスーパーの袋、水のポリタンク。

  ① 黄色いガスボンベの蓋を開け

  ② タバコの箱大の袋に入ったガスバーナーをボンベの溝にねじ込み

  ③ ゴトク部分を広げるとちゃんとしたガスバーナー一式になった。

「小さくて便利ですね」

 なかなか良く出来ている。

「私は山に行く時ソロが多いですから。自分用は出来るだけ軽く小さい装備です」

 先生はそう言いながら鍋に水を入れ、ウエストポーチから軍手とライターを出す。

「それでは調理の方は任せますよ」

「はい」

 僕はスーパーの袋を開け、準備にかかる。


 10分後。

「うー、これはこれなりになかなか美味しいのです」

 高い粗挽きソーセージと煮卵、メンマ、わかめ、チーズ入り。

 そんな豪華なインスタントラーメンをすすりながら佳奈美は満足そうだ。

 なお予定より具材が多いのは佳奈美の仕業。

 彼女がコンビニで色々追加食材を購入したからである。

 いつもは余分な事ばかりする彼女だが、今回のこれはナイスプレーだ。


「ずっと濡れていましたから体温を結構奪われましたしね。こういう時は温かい食べ物が美味しいです」

 これは先生の意見。

 僕もラーメンを口に運ぶ。

 佳奈美の言う通りだ。

 たかがインスタントラーメンだがこういうところで食べると美味しい。

 なお雅はラーメンを食べながらたき火奉行をしている。

 放っておいても大丈夫なのだが手入れせずにはいられないらしい。


 たき火を起こすのは難しいとネットではいわれているようだ。

 でも先生は慣れた感じであっさり作ってしまった。

 方法は割と簡単。

 乾いた枯れ木をナイフでしゃっしゃと毛羽立て感じにして火をつきやすくする。

 次にガスバーナーの上で火が安定するまで炙る。

 あとはその木をうまく囲めばたき火完成という訳だ。

「ちょっとバーナーが汚れることもあるけれど、この方が早いですからね」

とは先生の弁。


「こういう処でのんびりするのもいい感じですね」

 雅がたき火をいじりながら言う。

「でも暗くなったら脱出不可能だよな、ここは」

 先輩の言うことももっともだ。

 何せ道らしい道は全く無い。

 今登ってきた川を下りるのもきっと不可能。

 滝とか色々障害が多すぎる。


「昨年のワンゲル新人歓迎合宿、1日目はこんな感じの処で一泊でしたね。同じようにたき火をして。でも御飯はこんなに良くなかったですね。つい私のいつもの調子で菓子パンのみにしてしまって。でもこうやって温かい食べ物があるのはいい事だと思います」

 確かにこのラーメンの温かさ、結構いい感じだ。

 これで冷たい菓子パンのみだとテンションも下がるような気がする。

「自分1人の山行の時は面倒なので、全部菓子パンとかチーズそのまま食べとかです。大学時代は作るのが得意な友人がいたので全部任せていましたけれどね。自分でやると御飯は芯が出るし麺類は汁を捨てられないしで。でもこうやって汁を薄めに少なめに作れば大丈夫なんですね。飲み干せますから」


 小暮先生ともし結婚する相手がいるなら、料理が出来る必要がある。

 そうでもなければ恐ろしい家庭の食卓になりそうだ。

 そんな感じでラーメン5人前は綺麗になくなる。

「うーん、いい感じなのです。ちょっと今すぐは動けないのです」

 佳奈美の台詞に先生は頷く。

「それでは今燃えている木が燃え切ったら再スタートにしましょう。あまり遅いと後が色々大変ですから」

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