終わった後もハードです
食事のあとはいきなりハード。
左側の崖のような岩場を右に左にと這い上って滝を迂回する。
ロープでいざという時の為に確保はしている。
でも高さ感がかなりあって非常に怖い。
ただ、その滝を登ってしまうとしばらく大きい滝のない区間が続いた。
その代わり鉄の何かレールのような構造物があちこちを走っていたりする。
人工の小さな池みたいなのが連なる場所もある。
「これはワサビ田で、このレールは農業用のモノレールです」
「こんな細いレールをモノレールが通るんですか」
「モノレールと言っても横幅が1メートルもない小さいものですね。山間部や、あと密柑山などでよくみられます」
先生らしい解説を受けながら川を更に遡る。
難しい場所は無いけれどコケ生えまくりで注意しないとこける。
滝も小さい物ばかり。
一回だけ二階くらいの高さのがあった程度だ。
よいしょよいしょという感じで結構登っただろうか。
また高い滝に出た。
ここまで来ると水流も大分細い感じだ。
「ここもちょっと状態が悪いですね」
という事でここも大きく迂回。
そして更にふたつ連続で滝を巻いた後で先生が宣言する。
「これが最後の滝になります。ここは最後だから思い切って中を突破しましょう」
そう言われたのは何か岩の隙間のような場所だ。
最初の3段の滝と同じように先生がさっさと登っていって、そこから1人ずつ。
最初は勿論佳奈美だ。
「うっ、ここはカニさん歩きだ」
とか、
「ひいっ、ちょっと遠い」
という佳奈美の声が岩の間から聞こえる。
ただ声が少しずつ声の位置がが高くなっていくので順調には登っている模様。
そして。
「さあ、次の方どうぞ」
ロープが下りてくる。
先輩はこういうところは細長い分有利。
雅は無限の体力であっさり。
そして最後は僕の番だ。
岩の隙間からちょっと潜る感じで進む。
すると水が流れている右側にいかにもちょうどいい感じで足場がある岩があった。
これはなかなか楽しい。
ほどよく難しくでも難しくもなく気分良く登っていく。
気分良く上に出たところでちょっと平らな場所に出た。
「お疲れ様でした。これでほぼ沢登り部分は終了です」
先生がそう教えてくれる。
全員ほっと一息。
ただ、帰るにも道らしき物は見えない。
「帰りはどこからなのですか」
「ちょっとだけこの斜面を登れば道に出ます」
先生の視線の先はただの森の斜面。
道なんてものは全く見当たらない。
「沢を登りつめた後はだいたいこんな感じですよ。藪漕ぎでないだけましです」
そう言って先生は全く道ではない部分に突入する。
仕方ない。
先輩を含めた僕らは一度だけ顔を見合わせ、ただの林の中を登り始めた。
ただの森の中をガシガシ登ったその先に、確かに細い細い獣道っぽい道があった。
そこまでの間に既に体力をかなり消耗したけれど。
そして沢靴のまま下るのが結構辛かった。
滑りやすいし足が筋肉痛を訴えているし。
登りより下りの方が筋肉痛には厳しい。
実地で知りたくなかった豆知識だ。
1時間半かけて車に戻った時、僕らはもうボロボロな感じだった。
僕らというのは僕と佳奈美と神流先輩の事だ。
先生と雅は全然平気そうだったけれど。
先生はともかく雅、冗談のように体力があるようだ。
まあ体力トレーニングでわかってはいたけれど。
車の処で靴だけ履き替えて乗車。
「いいんですか」
何せ服は悲惨なほどに汚れている。
新車同様の車には大変に申し訳ない感じだ。
でも先生は頷いて説明する。
「このためにこのシートカバーを付けているんです」
確かにゴムっぽい防水のシートカバーがきっちり付けられていた。
とことんアウトドア仕様にしているらしい。
そんなこんなで林道を下り、そして真っ当な道に出て5分程度走ったところで。
本日宿泊予定の氷●キャンプ場に辿り着いた。
駐車場の入口の処で先生は車を停める。
「まだ入れるか確認してきます。だからちょっと待っていて下さい」
先生は車を止めるとダッシュで走って行く。
全然体力は消耗していない模様、羨ましい限りだ。
佳奈美などもう魂が抜けたような顔になっている。
2分もしないうちに先生はまた走って戻ってくる。
「テントは大丈夫だそうです。車を移動します」
という訳で車を駐車場に駐車。
かなり車は停まっている。
結構危ないところだったのかもしれない。
ここのキャンプ場が満員だったらどうする気だったのだろう。
「では荷物を運びますよ」
先生のその声に雅以外はのろのろと動き出す。
雅だけはいつもと変わらない動きだ。
自分の荷物と今日の食料とテントその他と。
皆で分担して持って今日のテント場所へ。
なお佳奈美はあまりに消耗が酷いので荷物分担無し。
代わりに佳奈美の私物は僕の手にある。
ずるずると坂を下りて河原のテントサイトへ歩いて。
小石が少なく平らなところを先生が選んで、ようやく荷物を下ろした。
「テント設営が終わったら温泉に入って一服。だから、それまで頑張って」
「温泉!」
「温泉なのですか!」
ダメダメ状態だった神流先輩と佳奈美が少し生き返った。
「そう。だから頑張ってね」
「温泉、いいですね」
雅も温泉が好きらしい。
少し生き返ったと言っても所詮少し程度。
死体からゾンビになった程度だ。
でもまあテントを張る戦力にはなる。
「まずその青ビニールシートを敷いて、その上にテント本体を置きます」
先生の指示が始まった。
「何故テントの下にこれを敷くのですか」
「下からの湿気防止とテントの汚れ防止ですね」
そんな感じで説明を挟みながら。
テント2つとも簡単に立てられた。
要は、
① はめ込み式になっている金属ポールをはめていって長い棒にする。
② テント本体の端に通して、ポールをテントに固定する。
この時点でポール2本が上向きに弧を描いて、かつ真上から見るとX字に
クロスしてテントの支柱が完成する。
③ テント本体についているフック数カ所をポールに引っかける。
これでテント本体は完成。
④ 最後に上からカバー(フライシート)を掛ける。
雨や霜等を避け保温効果があるそうだ。
という感じ。
人数がいればあっという間だ。
なお男性用テント、つまり僕用の小さいテントも横に立てた。
これもちょっと違うけれど簡単だった。
違うのはポールと本体の関係。
ポールに本体を吊り下げるか、本体にポールを通すか。
最後にテントから出ているロープを伸ばして。
その辺から持ってきたちょっと重い石で固定してフライシートを張って終了。
そうして荷物をテントの中に入れる。
「それにしてもうちのテント、周りのより小さいのです」
確かに高さも広さもひとまわり以上小さい気がする。
先生は頷いた。
「ええ、うちのテントは本来は登山用ですからね。大きい方はダン●ップの、小さい方はエス●ースのそれぞれ4シーズンの登山用です。雪山でも使えますよ。
少し小さい代わりに軽量かつ風にも強くしてあります。風対策で背が低い分余計に小さく見えるのです。
さて、それでは着替えとか持って下さい。温泉に行きますよ」
シャッキーン!
ゾンビが一段階蘇生する音が聞こえたような気がした。
「よし、行くのです」
「温泉、いいですね」
「少しでの筋肉をほぐさないとな」
それぞれの思いを胸に歩き始める。
先頭を行く先生はどんどん坂を登っていく。
ロッジを超え、受付を超えて更に駐車場を後に……
「ちょっと間って下さいなのです。どこまで行くのですか」
「温泉ですよ。勿論」
「もうキャンプ場は過ぎてしまったのですけれど」
「ええ」
先生は頷いて当然のように続ける。
「温泉はキャンプ場の外ですよ。徒歩10分位ですね、いまの足ですと」
「ええええええ……」
2人ほど崩れ落ちたような気配がした。
◇◇◇
一時間後。
温泉の効果は絶大な模様。
ゾンビも人間へと戻っていた。
テント場に戻ってみる。
周りは食事準備を開始している模様だ。
テーブルやバーベキュー台を出して派手に始めているところもある。
「それではうちも始めましょうか」
先生がそう言って荷物を出してきた。
「先生、テーブルがないけれどどうすればいいのですか」
「そこのザックの背中部分に板が入っています。それを平らになるよう下に敷いてからガスを乗せて下さい。そうすれば鍋等を乗せても安定します」
「何か貧乏くさいのです」
「登山の場合はこれが普通です」
いえ先生。
これはただのキャンプなんですけれど。
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