未知への侵入

 食事終了後。

 佳奈美が印刷したA3サイズの校内詳細図を広げる。

「実際には誤差がある程度あると思うけれどな。こんな感じだ」

 神流部長が分度器と定規を使って一本ずつ線を引いていった。


 当初の噂と異なり6本の線は1箇所では交わらない模様だ。

 まず一番東にあった虎門と辰門の間の像。

 次に東にあるカフェテリア裏手のいこいの広場東側にある像。

 丑門付近にある像。

 理工学研究棟Bの東側にある像。

 この4つは測定誤差を考えれば概ね学校中央部の時計塔の方向を見ている。

 しかし西側にある2つの像。

 つまり乾門付近にある像と理工学研究棟Bの西側にある像。

 この2つは明らかに別の方向を向いている。

 この2つの像の視線は学園西側のグラウンドCの先にある崖の上方向だ。


「この像2つは別のものを指していると考えていいのでしょうか」

 雅がそう言って首を傾げる。

「それとももっと延長すれば1点で……という事は無いですよね」

「ユークリッド空間の平面では無理なのです。厳密には地球は歪んだ曲面。なので地球を何周かすればそのうち全部が交わる点も出るかもしれないのですが、それは考慮の外に入れて良いと思うのです」

 佳奈美らしくてわかりにくい表現だが意味は伝わる。

「なら視線を1本ずつ辿れという事は……大変そうだな」

「とするとやっぱり像を4つと2つに分けるしか無いのでしょうか」

 僕と雅はいい案を思いつかない。


 という訳で自然と視線は佳奈美の方へ。

 佳奈美は頷いて口を開く。

「2つだけ別というのは変だと思うのです」

 やっぱり佳奈美、何か考えていやがったようだ。

 待ってましたという感じが微妙に感じられる。

「あと追加で言うと、測定誤差を無視すれば最初の2つの像と次の2つの像。これは微妙に違う処を見ているような気がするのです。

 具体的に言うと最初の像2つは大学部の人文教育棟本館の中央付近。

 次の2つが時計塔を向いていると感じるのです。

 場所は近いですがこの2つの指している場所は別だと私は思うのです」


「確かに2つ、2つ、2つずつの方がわかりやすいかな」

「そうですね。1本1本を辿っても特に何か変わったものがあるような感じもしませんし」

 さて、問題はその後だ。

「ところで視線の方向がわかったところで、次はどうしましょうか」

 そう、問題はそこなのだ。

「簡単なのですよ」

 佳奈美が自信たっぷりな感じで口を開く。

「将来進むべき指針なのですから、今見つけたポイントに実際に行ってみるのです。崖宇の上と時計塔そのものは行く方法を考えなければならない。つまり人文教育棟本館の中央付近を徹底して調査するまでなのです」


「そういう事だな」

 神流先輩が頷いた。

「午後は人文教育棟本館から調査スタートとしよう。装備は特に無いが地下道に入るかもしれん。念の為地下道装備を各自背負っておいてくれ。他に必要そうな物は私が適当に持っていく」


 ◇◇◇


 そんな訳で食事後は大学部の人文教育棟本館へ。

 念の為5階から順番に見ていく。

 見る場所は中央部付近限定だ。

「それぞれの研究室の中は無視していいですよね」

「見たくても入れないだろう。だから当座は無視だ」

 でもそうなると調べる場所は廊下と階段しかない。

 必然的に調べる物も少ない訳だ。

 結果、収穫も全く無いままに地上2階以上の探索は終了した。

 所要30分もかかっていない。


 そして1階部分もある場所を除けば何も無かった。

 その場所とは。

「ここの蓋が気になるのです」

 佳奈美が指さした中央部のらせん階段下にある蓋だ。

理化学実験準備室うちの部室にある蓋と同じような感じなのです」

「ここから地下道には入れる入口は確認されていないな」

 そう言いながら先輩は自分のザックを下ろる。

 中から紙を人数分取り出して僕達に渡した。


「地下道案内図の最新版だ。各部や同好会が調べた結果を新聞部でまとめている」

 なかなかオープンな環境だなと僕は思う。

 最初に見せられた地下道案内図は新聞部のサイトだったのだろうか。

 そう思いつつ紙を確認。

 題は『秋津学園地下道マップ・2019年4月版』とある。

 内容はその通り学内の地下道を図にしたもの。

 この前通った部分も出た出口も地点略称付きで全部載っている。

 しかしこの本館中央付近から入る出入口は載っていない。


「どれどれ」

 先輩は理化学実験準備室の蓋と同じ要領で蓋を開けた。

 手持ち型の電池ランタンで中を照らす。

 横から僕ら3人でのぞき込む。

 理化学実験準備室の下と同じような感じの空間が見えた。

「念の為に地下道装備にした方がいいだろうな」

「ここでですか」

 休日とはいえ、思い切り学内の中心部分だ。

「これくらいで文句を言う輩はこの学園にはいない。安心しな。ああ、その前に」

 先輩は自分のザックから何かを取り出した。

「これは朗人に預ける。念の為持っていけ」

 ヒューム値測定器だ。

 確かにこれがあれば少しは安心。

 少なくとも化け物が近づいた兆候はわかる。


 早速電源を入れてみて。

 そして思わず僕はぎょっとする。

 デジタル数値が1.75!

 念の為指数表示を確認したが01で正常。

 つまりヒューム値1.75という事だ。

「数値が何か異様に高いです!」

「えっ」

 驚く佳奈美と雅。

 でも先輩は何でも無い事のように口を開く。


「ああ悪かった。それは心配する必要は無い。私が持っていたからそうなったまでだ。朗人が3分も持って歩けば正常値になる」

 つまりいきなり化け物が出たりする事は無いと。

 思わずほっと一息。

 そしてちょっと考える。

 今の状況からするに、先輩はヒューム値1.75以上という事か。

 でもまあ魔女だからそんなものなのかもしれない。

 この前のスライムのようなものよりは高くて当然だろう。


 そんな訳で装備変更開始。

 上下雨具を着てヘルメットにヘッドランプを装着。

 長靴に履き替え、靴を入れたビニル袋をデイパックに入れたら完成だ。

「朗人、ヒューム値測定器はもう正常になったな」

「はい」

 表示は1.0を指している。

 先輩は縄梯子を入口にセットした。

「さあ行くぞ。未知の世界への第一歩だ!」


 降りてみると理化学実験準備室の下と同じような空間だった。

 幅2メートル、高さ2メートルちょっと位の通路。

 右側に電線らしき線とかパイプだとかが前方向に伸びている。

 ただし違うのは方向だ。

 建物に対して直角な方向、つまり真南に向かって延びている。

 ちなみに反対側はここで行き止まりだ。

 電線とパイプは斜め上に上がり、北側上にある小さな穴へと入っていく。

 この穴はせいぜい高さ20センチ横40センチ。

 人が入れそうな大きさではない。


「ここで朗人に頼みがある」

 照明のランタンを置いて神流先輩が言う。

「何ですか」

「肩貸せ。一応上の蓋を閉めておこう」

 えっ?

「ここだと私の身長でも上まで届かん。でもあと30センチちょいだ。肩車なら余裕で届く」

 有無を言わさぬ感じだ。

 まあ先輩はいつもそうだけれど。


「ここはそれなりに人も通るだろう。文句を言われるとは思わない。でも閉めていつも通りにしておいた方が問題は少ない、そう思わないか」

 確かに先輩の言う通りだ。

 そんな訳で僕は仕方くその場にしゃがむ。

 先輩は何のためらいもなく首回りに脚をかけてきた。

 股の内側が容赦無く顔を挟む。


「よし、ゆっくり上げてくれ」

 触れる部分の熱さを感じながら僕は膝を伸ばす。

 下に雨具のズボンを着ているがその下の服装はぴっちりしたスパッツ。

 だから何か凄く生々しい感触を感じる。

 柔らかいと言うよりしっかり締まった先輩の太ももの感触を。

 先輩は平気なのだろうかと考えて思いなおす。

 間違いなく何も気にしていないだろう。

 気のせいかちょい甘ずっぽい匂いがしているような感じさえする。

 いやこれは絶対気のせいだろうけれど。


「いいぞ、じゃあ下ろせ」

 という訳で再び膝を曲げる。

 先輩の脚がやっと僕を離れた。

「いいぞ。これで上もいつも通りだあと帰るときはまた頼むぞ」

「はいはい」

 空返事という奴だ。

 まだドキドキしている。

 顔色が暗くてバレないのが救いだ。


 歩いてみても地下道の造りは理化学実験準備室の下と同じ感じだった。

 きっと同じ時期に同じように作ったのだろう。

 つまり学園創立の際に。

「これは間違いなく時計棟を目指しているのです」

「そうですね。きっと時計塔にもこれで入れますわ」

「それなら本日だけで謎2件解明だ。順調だな」

 そんな事を言いながら歩き始める。

 僕はヒューム値測定器に目をやる。

 ヒューム値は1.0のまま変わらない。

 化け物と出くわす可能性は低そうだ。

「少しずつ下っているかな、この地下道」

「そんな感じなのです」

 そう言いながら僕らは歩いて行き……


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