第一の謎の調査

 5月1日水曜日放課後。

 いつもの理化学実験準備室。

 現在、昨日拾った情報を元に作戦等を検討中だ。

「つまり銅像の視線は『学園の将来必要になるもの』に向いており、これが『我々が将来進むべき指針』であるという事か。僅かな時間でよく調べたな。まあ佳奈美の功績だろう。見事だと褒めておこう」

 神流先輩はそう言いながら資料を読んでいる。

 偉そうな言い方ながら褒めるところはちゃんと褒めるのは合宿同様だ。


「でも残念ながら『学園の将来必要になるもの』が具体的に何なのかはわからなかったのです」

 佳奈美は誇ると言うよりむしろ悔しそう。

 完全な情報が得られなかった為らしい。

 そのあたりは佳奈美の知に対するプライドといったところか。

「西の方で将来必要というと、西方浄土の事かなとも思ったのですが」

 とは雅の意見。

 でも神流先輩は首を横に振る。

「若者を育てる学校の将来の指針が西方浄土なんてのは悲しい気がするぞ。まだ社会にも出ていないのに成仏だなんて。坊さん学校なら別だけれどな」

 僕もそう思う。

 まあ二回同じ事を言う必要はないから何も言わないでおくけれど。


 先輩は僕らがまとめた資料を一通り読み終えて頷いた。

「ここまで調べられれば上出来だ。ここから先は実地調査でいいだろう。必要なのは視線の方向を測る装置とこの付近の詳細な地図か」

 佳奈美が頷いて付け加える。

「銅像の位置を含めた詳細見取図はダウンロードしたです。後でメールするです」

「さすがだな。抜かりない」

 神流先輩はそう言って頷いた。

「なら装備は私の方で準備しておこう。続いて残り2つの謎についても同様に調べてくれ。そうすればGWで色々楽しめる可能性が高いからな。

 例によって装備や根回し、その他準備は私がやっておく」

「わかりました」

 そんな訳で僕らはまた佳奈美先頭で図書館へ。


 2階のあの部屋に陣取り、また同じように3人で分担して調査を開始する。

 夕方6時まで調べた結果はだいたい次のような感じ。

  ○ 時計塔の謎について

   ・ 時計塔の内部構造図が発見された。

     ただし方角が記入されていないので方角不明。

     内部に入れることは確かなようだ。

   ・ 学校新聞に記載された噂

     時計塔には外から見えない窓が1箇所だけ存在する。

     その窓から”何か”が見えるらしい。

     その”何か”については不明

  ○ 2つめの塔について

   ・ 建設資料から

     時計塔と同時に建設された模様

     費用も時計塔とほぼ同額なので同規模なものと思われる

    ※ 場所、目的等は不明


 そしてGW後半前最後の平日である5月2日木曜日の放課後。

 同様に検討会を開催。

 資料を読んだ神流先輩は大きく頷いた。

「これで充分GW後半を遊び倒せる。良くやった。佳奈美限定で褒めて使わす」

 状況を良くわかっていらっしゃるようだ。

「こっちも色々用意したぞ。装備も資材も盛りだくさんだ。何があっても探検続行できるようにな。まあ詳細は当日。

 明日は例によって午前9時にこの部屋集合だ。天気もずっと晴れの予報。さあ、楽しくやろうではないか、皆の衆」


 ◇◇◇


 そんな感じで本格的な学園探検初日を迎える。

 神流先輩が用意した特殊装備は巨大な分度器と三角定規だった。

 学校等で授業に使うアレだ。

 何処から持ってきたのかは不明。

 その2つとアルミ製脚立が取り敢えず今回の初期装備だ。

 佳奈美は分度器。

 雅が三角定規の長い方。

 僕が脚立。

 神流先輩は他に何が入っているか不明の怪しいディパックを背負っている。

 6体ある像は東側から順に調べる予定だ。

 そんな訳で高等部を出て道路を東へ。


 最初の対象は虎門と辰門の間にある連絡道路の中間にある象だ。

 5月3日午前9時23分到着、調査開始。

「方角を調べる前に、念の為一通り像そのものについても調べておくぞ」

 という神流先輩の言葉で調査を開始する。

 像そのものは普通に良くあるタイプの胸像だ。

 銅というかブロンズ像。

 『折田●市先生』と書いてあり、功労内容が簡単に書いてある。


「一通り触ってみたけれど、仕掛け等は特に無いようですわ」

「功労内容や名前にも特に問題はなさそうなのです」

 という2人の言葉に先輩は頷いた。

「よし、それでは方角を調べるか」

 先輩はそう言ってポケットからオリエンテーリング用のコンパスを取り出す。

「台座そのものは完全に真西向きと思っていいようだな。では朗人、脚立を組み立てろ。あと定規と分度器を貸せ」

「はいです」

 二人は定規と分度器を先輩に渡す。

 先輩は台座に合わせて分度器を置いた。


「脚立はOKか」

「これで完成です」

 自立するように脚を開いて支えの棒をロックするだけだ。

 神流先輩はその脚立を片手で受け取って、像の真後ろに置く。

「さて、佳奈美。分度器にあわせてこんな感じで定規を持っていてくれ。それで私が右、左というからそれに合わせて角度を調整してくれ。いいな」

 先輩は三角定規の直角部分を分度器の中心に合わせて立たせ、分度器の角度に合わせて左右に角度をつけたりして説明する。

「了解であります」

「朗人は動かないように脚立をしっかり持っていてくれ」

「わかりました」

「そして身長が一番高い私が上から見て、と」

 そう言って先輩は脚立に登る。

 そして像の肩に手をあてて頭の真上から見るような姿勢をとった。


「この方向から見るのが一番角度がわかりやすい筈だ。

 という訳で佳奈美、まず2度右」

「はいな」

「うーん、もうちょっと、あと2度右かな」

「了解」

「うんうん、こんなものか。ということは真西から見て4度くらい右だな。誤差は5度くらいは出そうな感じだが」

 という感じにして角度の測定は完了。


 なお雅が『探検メモ』と題したノートで一部始終メモを取っている。

 見ると調査時間、場所、僕らの言動等が結構細かくメモされていた。


 ◇◇◇


 そんな感じで像6体を調べたら結構時間が経っていた。

 気がつくともう午前11時少し過ぎになっている。

「弁当を買って部室で検討しながら食べるぞ。カフェテリアより弁当の方が美味い」

 そう神流先輩が宣言。

 なお先輩の言っている事は事実だ。

 カフェテリアの飯の評判は今ひとつ。

 平日の毎日昼食で食べて飽きているせいもあるかもしれないが。


 そんな訳で弁当を買って理化学実験準備室へと戻る。

 いつも通りガスバーナーでお茶を入れて、まずは食事から。

 ちなみに先輩は大盛り唐揚げ弁当。

 佳奈美は大盛りスタミナ焼き肉弁当。

 雅はミックスフライハンバーグ弁当だ。

 全員御飯は大盛り。

 おかず容器と御飯容器が別でなかなか迫力がある。

 僕の海苔弁当が貧しく感じる程だ。


 その大盛り弁当を食べながら、先輩がとんでもない事を言った。

「弁当もカフェ飯よりましなのだがな。この前のキャンプ飯の方が良かったなような気がする。

 明日からは材料を買ってきて朗人に作らせるか。ガスバーナーも水場もあるし」

「それも楽しそうですわ」

「賛成なのです。あれならいくらでもおかわり分をつくれるのです」

 雅も佳奈美も賛成してしまった。

 おいおいおい。

 ちょっと待ってくれ。

 当事者は僕だ。


「確かにガスも水もありますけれど、鍋も皿も箸もありませんよ。買い出しできるスーパーも無いですし」

 ついでに僕が面倒くさいですとは言わない。

 それが一番の理由だったりするけれども。

「この前のメシと同じような感じなら学内コンビニで買えるだろう。

 食器も洗うのが面倒だから使い捨てのでも買っておけばいい。

 箸は割り箸の在庫が結構ある。

 鍋は私が責任もって用意しよう」

 外堀を埋められてしまった。

「費用もお弁当を4人分買うよりは安く済みそうですわ」

 あ、ちょっとそれはいいかも。

「この部屋には冷蔵庫もあるのです」

 それはきっと薬品用だ。

「決定だな。買い出しは明日の昼でいいだろう。米と鍋は私が調達してくる」

 決まってしまった。

 当事者の僕が何も言うまもなかった。


「御飯を炊くのも結構時間がかかりますよ」

 一応せめてもの抵抗はしておく。

「キャンプの時は所要だいたい15分位だった。それにこの部屋にはガスバーナーが三つある。あの時ほど時間がかかるとは思えないな」

 あっさり論破された。

「私もこれを機に少し料理を覚えたいです」

 おいおい、そう言われると僕も簡易料理で済ませられなくなる。


 そんな訳でなし崩し的に僕の余分な仕事が正式決定した。

 思わずため息ひとつ出てしまう。

 何か最近、僕が疲れるパターンが多いような。

 気のせいならいいのだけれど。

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