12話 リムフィとダーリア

 話してみたらなんてことはない普通の人なのかもしれない、という希望は捨てる。

 シリアルキラーっていうのは外面は割とイイ人っていうのが定説みたいな感じだけど、ダーリア・モンドもその類なんだろうな。でも僕はすでに内面を知ってるからイイ人とは思えない。


 シリアルキラーだろうと人殺し。ダーリア・モンドという良き先輩でも人殺し。

 

「さて、お互いに腹割って話し合おう。僕に嘘なんかつくなよ? 怪しいと思ったらこれの内臓を取り出してやるからな?」


「……嘘はつかないと約束するよ」


 口約束など、この場合には約束のうちに入らないだろう。そんなのはわかりきってるけど、お互いに話しやすいようにこういうことを言った。嘘はナシというルール、両者の合意の上で会話は成り立つんじゃないかと僕は思う。守るかどうかは別として。


 ……まぁ何が言いたいかなんて気にしなくていい。一応の警告のつもりだった。


「ダーリア、アンタはこういう殺人を繰り返してきたみたいだけど……繰り返してきたってことにする。目撃者は殺すってスタンスがある時点でもう確定だからね」


「繰り返してきたけど、それが何?」


「何故、人を殺してるのかなって」


「強いて言うなら生きがい。楽しいことは続けるモンでしょ?」


 嘘か誠かわからないけど、なんか真実味がある。ダーリアが今、僕に嘘をつく理由が特にないからだろうか。


「……楽しいことは続けるってのは普通だけど、やっていいことと悪いことの区別はついてるの? 人殺しなんて人道的に一番外れてると思わないの?」


「やっちゃいけないってわかってるから隠れて殺してたんだよ。善悪の区別くらい余裕だよ。私は悪いことをしてるって自覚はあるから大丈夫」


 なんか開き直ってるような……。ここまで堂々と言われるとは思ってなかったから少し、気持ち的にたじろいでしまう。


「悪いことはやっちゃダメだって教わらなかった? 人にやられて嫌なことはやるなって知らない?」


「悪いことでも、やりたくなるんだから仕方ないと思う。私にそれを教えるべき人は、私が小さい頃に死んじゃってるんだよ。私がナイフで遊んでたら死んじゃった」


「……親を殺したの?」


「結果的にはね。鬱陶しかったんだよ、私の遊びを邪魔してくるんだもん、だから楽しさを教えてあげようと思って一緒に遊んだだけだよ」


 最低のゲスだって、今この瞬間理解できた。殺人鬼ってのにあまり出会ったことないから偏見かもしれないけど、殺人鬼ってみなこういう感じなのか?


「親を殺す前にも、殺しをやってたみたいに言うね」


「犬とか猫とかだよ。人を殺したのは両親が初めて。思いのほか、人を殺すことって結構楽しいなって思って今に至るよ」


「……アンタのゲスは先天性か?」


 僕が聞いた話では、殺人を犯す人間というのは環境によってそういう人格になるというらしい。環境が悪かったから、歪んでしまうのが人間なのだ。


 ダーリアの話を鵜呑みにするなら、彼女の両親は比較的善良だったのではと思う。犬や猫を殺す遊びを邪魔したという事実がある。


 まぁ、それだけかもしれない。両親としても世間体とかあるから、娘の奇行を止めるのは当然か。これだけで善良と判断するには早計だね。


 僕はセラピストではないから詳しくはわからないけど、ダーリアは虐待でも受けてたのだろうか?


「ゲスだなんてひどいよ。小さい頃から衝動的にやっちゃうんだから止めようがないし。今更やめようとも思わないよ。楽しいもの」


「生きてたらいけないヤツっているんだ……僕、少し悲しい」


「だったら私のこと、殺したらいいじゃん。世のため人のためになるよ」


 ……おっしゃる通り。殺してしまったほうが世のため人のためだ。僕がここでダーリアを殺さないと、新たに被害者がでてしまう。話を聞いてて悟ったけど、この女は絶対改心しないだろうし。


 でも。


「……いやいや、殺すわけないじゃん。ダーリア、君と同レベルになんて落ちたくないもん。冗談やめてよ」


「じゃあ、憲兵にでも?」


「いいや? そんな無意味なこともしないってば」


 言っておいてアレだけど、無意味ってことはないね。間違いなく善行だ。


「じゃあどうするの? 私を許して見逃してくれると? 失礼なことを言うけど、君がそんなに善人には見えないよ」


「……そう言うのはポイントを下げるぞ。どうするかって問われたら、答えは簡単。僕の眷属になってもらおうか」


 キョトンとした顔をするダーリア。何を言っているのかわからない、とでも言いたげだ。

 僕の情報を詳しく説明していないから仕方ない。


「えー……じゃあどうしようかな。ちょっと近寄ることを許す。僕に腕を貸して」


 あまり近寄ってきてほしくないけど、僕は今人質を手にしている状態。この状態は維持しておきたい。ダーリアのとこまで、人質を持って移動するのは疲れる。


 とにかく、ダーリアに噛みつくチャンスが欲しい。

 だからどちらかが近寄るしかないのだ。


 ダーリアは腕を上に挙げたまま、にじり寄ってくる。立ち上がることは許可していないから彼女は膝を動かして移動してるのだ。


「じゃあ、どっちでもいいから腕をだして」


 僕の指示に従って、ダーリアは左腕を差し出してきた。


 僕は今、人質を抱きかかえているような状態。ダーリアがいつ牙を剝くかわからないから用心しなければならない。


「噛みつかせてもらう。絶対に動くな、ちょっとでも動いたら……わかるかな?」


 甘噛みなんて絶対にしない。獲物の喉元に噛みつく肉食獣のように思い切り噛みついてやった。横目でみるダーリアの顔が苦痛で歪んでいる。いい気味だ。


 一回目……まだ駄目。

 二回目……また駄目。

 三回目……全然駄目。


 ……もう、10回くらい噛みついただろうか? 

 すべて全力で噛みついてるから顎が疲れた。ダーリアの腕も血まみれになっている。

 まだ効果が現れたという実感がないからまだやらねばならない。


 そして20回くらいやってようやく……。


「うッ……グゥゥ!?」


 噛みつかれている間はずっと堪えていたようだったのに、ここに来て突然決壊したようだ。左腕を抑えて苦しんでいる。

 ダーリアの眷属化に成功したのだろうか? 実感はあるけど確証がない。

 というか、眷属化って言うほどではないね、セーフティだった。言い過ぎはよくないかも。でもダーリアの前では眷属化ってことにしちゃおう


「はぁ……はぁ……何をした? 毒でも歯に仕込んでた?」


「毒じゃない。僕の能力。たぶん発動してるから……僕に殴りかかろうとしてみて。本気でやってくれていい。ここだけは許す」


 人質は抱きかかえたまま、ダーリアに命じる。

 滅茶苦茶怖いし、殴られるとしたらすごく嫌。だけどやってみなければ、本当に眷属化したのかわからない。


 さっそく、ダーリアの右ストレートが僕に降りかかる。

 絶対に本気でやりにきているパンチだ。僕じゃ避けることは出来ない。


「ぐッ……何?」


 僕の眼前で、ダーリアの身体の動きが止まった。誰かから止められたように、止まった。僕からしたら勝手に止まっただけなのだけど。


「ふぅー……オッケー。確かめられた。ダーリアは僕の眷属となった。これはもういいや、好きにして」


 抱きかかえていた遺体を、ダーリアに投げ渡す。ついでにナイフを投げ、ダーリアは器用にキャッチしてみせる。


「ナイフまで私に渡していいの?」


 そう僕に問いかてる間にも、ダーリアはナイフを僕に投げつけようとしていた。投げナイフの的は僕だろう。

 しかし、彼女は一向に投げてこない。投げられないように固められているようだ。


「眷属が主に攻撃しようだなんて、いけないことだよ。ダーリア、僕は君の罪に興味はないし、殺人でも何でも好きにやったらいい。でも、僕に攻撃だけはさせない」


 どちらが上か、どちらが下か。それをはっきりとさせた。上を勝ち取ったのは僕だ。


「君の犯罪を周囲にぶちまけるも僕次第。君は僕に攻撃できないから止める手段はかなり限られる。あるとしても、基本的に主導権は僕だ。あぁちなみに、本物の吸血鬼みたいに君も吸血鬼になってる、なんてことはないから安心して。ぶっちゃけちゃうけど、僕のは不完全な眷属化だ」


 このダーリアという女は使い道がある。見た目は美人だし、戦闘においても強豪。

 利用価値がある間は最大限、手下になってもらおう。


「眷属化を解く方法は、僕が君を解き放つことを願うしかない。そんなことは決してないから、君は死ぬまで僕の下僕でーす、アッハッハ!」


 やべぇ、人を見下すのって癖になるね。ダーリアの悔しそうな顔でご飯三杯は余裕だ。


 眷属化の実験もジジイにさせられてるから、解く方法は知ってる。あれ以外に方法はないことも知ってる。考えると、ジジイの実験がなければ能力すべて手探りだったのか。感謝しといたほうがいいかな。

 クソみたいな仲間勧誘だったが、構いやしない。どうせ相手は殺人鬼なんだし。

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