21話 信じること
「ミミカはユーに一目惚れしたって、そう言ったの。覚えててくれてる?」
「忘れてはないけど、恋とかそういうファンシーな一目惚れではないよね。僕を調べたいとかそういう欲求があるのわかったし」
ミミカはさっきからずっと僕の顔を凝視してニヤニヤとしている。凄く憎たらしい笑みだ。何がそんなに面白いのか。
「調べたい欲求はあるし、正直それが最優先で今したいことなの。だからミミカは考えた。どうしたらユーを調べられるかってね」
顎を手でさすりながら、知的な風を装って話す。
知的な風と言ったが、そういえばミミカが言うには魔術研究所にいたって話だから、普通に知的なのか。こんなのが頭いいとは、世も末だとしみじみ思うよ。
「前にやった誘拐もいいけど、あの排泄物女のせいでもうトラウマってやつで……手荒なことをするとまた消されそうとか思っちゃうの」
排泄物女とか、ずいぶんと嫌ってらっしゃるようで。庇うことはしないけどね。
トラウマになってくれているなら有り難いかもしれない。ダーリアが傍にいる限りは、この幽霊は僕を誘拐しないらしい。ダーリア万歳。
「ずいぶんとラブラブだったの」
「ラブラブではないな」
「あれ、そうなの? まぁそれはそうとして、ユーに近寄るために手荒なことはもうしたくないということで……仲間にいーれーてー」
「いーいーよー……とでも言うと思う?」
それこそ冗談。一度僕はお前に誘拐されてんだよ? そこまで僕は過去を水に流したりしないよ、一生恨み続けるからな、怖かったし。
「行く当てがないの……あの時『
「そもそも友達いるのか?」
「余計なことを言うと頭を飛ばすの。ミミカが上、ユーが下」
魂は解放するとあの世に逝ってしまうそうだ。ミミカの魔術で強引に死体の中に閉じ込めて使役していたらしい。何とも卑劣、死者の尊厳ガン無視。
ダーリアに全部ぶっ壊されると危惧して解放したらしいが、早計だったと後悔しているそうだ。
「とにかくそういう訳で、頼れるのが何もない状況ってことなの」
「だから何だよ。僕は嫌だし、僕にはダーリアがいるんだぞ」
アイアム・虎の威を借る狐。
「下痢便女がいようと、ユーへの興味が尽きたわけじゃないの。あの女への嫌悪感よりもユーへの興味が強いの」
「認めない」
「上下関係を知らないの? いくらユーが不死身でも、痛みはあるでしょ? 了承しないと苦痛を与え続けるの」
「わかりました、あなた様は僕の大切な仲間です」
本当に残念なことだ。僕ではミミカに勝つことができない。ミミカも僕を殺せはしないものの、僕もミミカを殺せない。
ミミカには魔術というアドバンテージがある。僕にはない利点。圧倒的。
苦痛を与え続けられるのはすっごく嫌だ。しかも方法をミミカはいくらでも選択できるだろう。魔術だけでなく物理的な苦痛も。相性が悪すぎる。
ミミカは実体がないから、噛みつきまくって眷属化もできないし。詰んでいる。
考えてみればこの幽霊と相性悪すぎだよね僕。ダーリアがいてくれてよかった。
「うんうん、物分かりが良くて助かるの。ユーは全てをミミカのために捧げて頂戴。ミミカだって鬼じゃないから、相応の対価は支払う。お互いに心地いい関係を」
それを言うか。強要のあとのセリフじゃないだろう。
さて、どうしたものか。このままでは僕はミミカに支配されるだろう。せっかくダーリアを支配している現状。悪霊に支配されるのはもったいない。
しかし僕一人ではどうにもならない。一矢報いるには仕方がない。
正直、すごく嫌な方法を使う。
「もうわかった、ミミカに協力するから。僕自身も、僕の身体を詳しく知りたいから好都合だよ。もう敵意なんかない、この鎖を解いてくれ」
詳しく知りたいの部分は本音。敵意がないは嘘。
「ふーん……わかった。解く前に約束をひとついい?」
「なんでもござれ」
「裏切りはなしで」
とりあえず、頷いておく。こんな約束を律儀に守り続けることはないだろうが、ミミカが有用なうちは、彼女に気を遣っておこう。
「じゃあ、解放してあげる」
ミミカが鎖に触れると、鎖は光の粒子となって消滅してしまった。おかげで僕は自由、休日なのにとんだ災難だ。でも、もうすぐ災難は終わる。
「ミミカ……仲間になったってことは、『魔狩り』の仕事は手伝ってくれるのかい?」
「面倒なことはしないの。ユーが身体を調べさせてくれるというなら、やぶさかではない」
まぁ、そうだろうと思った。
絶対に巻き込んでやる。僕に不利益ナシでお前を不幸にしてやるからな。
「話は終わりなの。これからよろしく、リムフィ」
「こちらこそ、ミミカ・ヘルバイヤー」
覚悟しろ、とか言いそうになったが堪える。今は僕が下だと思わせておかねばならない。
図に乗ってるヤツが地に落ちるのはきっと面白いだろう。
ミミカは手を振って、また天井をすり抜けてどこかへ行ってしまった。正直、神出鬼没なのは厄介なところだ。一矢報いるのに、そのネタを見られかねない。
さて、どうしようかと考えながら僕は眠る。
そして、そこそこのアイデアを思いついた。翌朝までぼんやりと考えたけど、それ以上のアイデアが出なかったから、もう慣行することにした。
はい、翌朝。
僕は走って『魔狩り連盟本部』へと向かう。
「そんなに急いでどこに行くの?」
僕の予想通り、ミミカは僕をじっくりと監視しているようだった。僕が妙な真似をしないかどこからか監視していたのだろう。裏切りはナシと約束したのに、信用はないみたい。
「行けば分かる」
僕は走っているのに、ミミカはふわふわと浮いている。余裕でひっついてくるのがすごくムカつく。背後霊にしては悪意が強すぎる。
『魔狩り連盟本部』に到着。
入り口には僕の仲間が立っていた。
「……リムフィ君、なんであの女のとこに?」
「おいおい、僕の仕事は『魔狩り』なんだ。職場に来るのは当たり前。それに僕は今、彼女に師事してるんだから、行くでしょうよ」
「……身を隠す。ミミカのこと、絶対に喋ることのないように。近くで見張ってるのを忘れないでほしいの」
ミミカはそう言って、姿を消した。
さすが幽霊モドキ、煙みたいにフワフワ消えていく。安心しなさい、君のことを喋りはしない。
「おーい、ダーリア! 遅れてごめーん!」
わざとらしく僕はダーリアに駆け寄る。ダーリアは僕をみて、深々とため息をついた。朝からその態度はないと思うな。
「別にいいよ……さっさと仕事に行こう。依頼はどんなのがいい?」
「ん……ちょっと待って。その前にお願いがある」
ミミカがどこで僕を見張っているかわからない。もしかしたら僕の背後かもしれないし、ダーリアの背後かもしれない。上空でフワフワしてるかもしれない。可能性は無限大。
でも確定していることがひとつ。
近くにいること。
「質問。僕の魔力って変わってるの?」
「はぁ? めちゃめちゃ変わってるに決まってるよ。吸血鬼とスライムの混ぜ物なんでしょ?」
「あぁ、そう……吸血鬼とスライムの混ぜ物だ。そんで、ダーリアは僕の眷属」
「……だからなに?」
明らかに怒っている。ダーリアの怒りのツボは、付き合いが短くてもわかる。本性を知っていれば、何をすれば怒るのかなんて簡単にわかる。
「なんで眷属にしたのか……何となく言いたくなったりすることもあるわけで、こういう公衆の面前でね、ふと暴露したくなる」
そう言った瞬間に、ダーリアは僕にもわかりやすいくらいに殺気を飛ばしてきた。僕を攻撃することはできないが、殺意は自由だ。
人を殺そうとする時の、その警戒の姿勢が欲しかった。
それはもう全方位を警戒するくらいに。
「……あぁ?」
殺人鬼のダーリアは人を殺そうと思うときにはきっと、周囲を確認するはずだ。人がいるかいないかを、徹底的に確認してから殺しに移行するはず。臆病なまでに確認を怠らないはず。
「……なんで消えた幽霊がそこにいるのか、説明してもらうよ?」
ダーリアという殺人鬼なら、気配だけでなく周囲の魔力まで徹底的に確認すると信じたから、こういう行動をとったのだ。
ダーリアが僕を殺せないと諦めてしまっていたら、きっと無理だった。
まだ諦めてねーのかよ畜生と思いながらも、それに感謝するという奇妙な現実。とても嫌な気分だ。
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