22話 金縛り

 信じることの大切さとか、何かしらの創作物でよくやってるけど、僕は結構馬鹿にしていた。僕には到底無理な話だと思ってた。


 意外にもできるものだ。結構簡単に人って信じられるものだね、負の側面は。


「リムフィ君、動かないでよ? 邪魔になる」


 ダーリアはキラキラと光る、新品であろうナイフをポーチらしき袋から取り出す。

 そしてそのナイフを僕の真後ろに投擲。風を切る音が耳のすぐ横で聞こえてきた。少しずれていれば耳は千切れていただろう。


「ぎぇええええ!? なんッで!?」


 ミミカの声がした。


 ミミカは僕の後ろにいたようだ。振り向けば手が届く距離にいた。驚いた、予想以上に至近距離で監視してたから。


 ダーリアは魔術を使っていない。ミミカと戦うには魔術を使うはずなのに。

 ナイフがミミカを直撃、実体がない相手にナイフが刺さった。僕もそうだが、ミミカも驚いていた。

 いつの間にか姿が現れている。ナイフは脇腹に突き刺さっていた。


「一度でも狩りの効率を乱す敵に出会ったなら、次に出会った時のための準備は怠らないのが『魔狩り』だよ。魔物はなるべくスムーズに始末してこそプロだよ」


 ミミカ本人との再戦を予想していたわけではなく、ミミカと同じような魔物と戦うための武器だったようだ。殺人鬼であるダーリアは『魔狩り』でもある、事前の準備はいつでも万端ということらしい。


「このッ……ビチグソが! なんだこのナイフは!?」


魔封石まふうせきが柄に仕込まれてるよ。魔力を奪い去る性質を持つ石だ、君みたいな幽霊には有効でしょ? きっと魔力の塊なんだから」


「本物の幽霊じゃないの!」


 ミミカはナイフを脇腹から抜こうとするが、ダーリアがそれを許すはずもない。

 僕の身体をすり抜けるように避けて、ミミカへと近づいた。


 ミミカが引き抜こうとするナイフの柄を、ダーリアが押さえる。ミミカに触れなくてもナイフは掴めるからこういうことができる。


「ここは街中だ、朝で人通りは少ないけど……こういうことはこんなところでするものじゃないよね。いくら人々の平穏のためとはいえ、こういう姿をみられたら評判が落ちる」


「このメスの化けモノがァ! 何が人々の平穏だ! 魂の汚れ具合でわかるの、殺人狂の吐瀉物が!」


「……私をこれ以上怒らせるなよ」


 頼もしいなと思ってみてたけど、そういえば怒らせてこういう状況を作ったのを忘れてた。このままだとダーリアは爆発しそうだ。

 ここでストップをかけなくては。


「ダーリアッ、ソイツを消さないでおいてくれ」


「……リムフィ君、意味の分からないことを言うなよ。今の私にはこの特製ナイフがある、コイツを形成する魔力を全部奪ってしまうことができるんだ」


「……ソイツは魔力を奪っても消えたりしないらしい、意識が魔力に溶けてるとか抜かしてて、周囲に魔力さえあれば復活できるそうだ」


「意識が魔力に溶けてるなら、それごとこのナイフで奪って消し去ることができるかもよ。この場合においてはただの弱点だよ」


 ああ、そうだ。そういうこともできるかもしれないのか。ミミカはかなり不死身だと思ってたけど、明確に弱点があるのか。


「弱点があるのは嬉しいけどさ、ちょっと考え……というか提案が僕にあるんだ。だから消し去るのはちょっと待って」


「消し去るとか消し去らないとかユー達が決めることじゃないの!」


「黙ってて、こっちは話し中だよ」


 ミミカはナイフを抜こうと必死だが、ダーリアは余裕そう。まだまだ余力がありそうな顔をしてミミカを睨む。

 もしかしたら、このまま時間経過でミミカは消滅するのではないか?


「ダーリアッ、どうにかしてミミカを無力化してどこかに移動しよう!」


「……今ここで消滅させることが最良だよ。この幽霊は私に不幸しかもたらさない」


 頑固者め。こうなったら脅しに切り替えよう。


「……ここでダーリアの正体を明かすのも、一興かもね。半透明とはいえ、人間の形をした物体を消し去るんだ、奇妙なヤツと思われるだろう。君は弁明するだろうけど、それでも引く人はいるかもしれない」


「……クソ野郎」


 たとえ嘘だとしても、ダーリアには無視できないはず。最上級の弱みを握っているからこそ、こういうバレバレなハッタリでもダーリアは従わざるを得ない。もしも、を考えてしまうから。


「人の少ないところ……どこか知ってる?」


「裏路地に行こう。朝方は静かなところが多いよ」


 昼と夜はロクでもないヤツのたまり場らしいが、彼らは夜行性なので朝方は眠たいはずとのこと。

 人殺しの言う場所なら、確実に静かで人気のない場所なのだろう。


「『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ 奴隷とすべくラブ 鎖で縛れツェービ』」


 ミミカが僕を拘束する際に使った魔術とまったく同じ魔術を、ダーリアも使えるらしい。正直、この鎖の魔術は経験したからだろうが、好きじゃない。


 二人の間に現れた魔法陣から、紫色の鎖が飛び出してミミカを縛り上げる。


「クソッ、鎖を解け! ボケナス!」


「君自身が解いたらいい。魔力を奪われつつあるその状態で、解けるなら好きな時にどうぞ。止めはするけど」


 魔術の知識があれば誰でも解けるらしいその鎖は、ミミカの手足を完全に拘束していた。

 刺さるナイフを引き抜くこともできない状態。もうダーリアの思うがまま、ナイフをさらに刺し込もうが、気まぐれに引き抜こうが、ミミカにはどうすることもできない。


「できたなら、さっさと移動だ。こういうところを他人に見られたくないんでしょ?」


「……あぁ、幽霊にリードを付けて散歩をさせているところなんて、不気味なヤツだと思われるよ……それはゾッとする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る