23話 服従せよ

「さぁ、ここなら誰もいない。じっくりゆっくりとしていようよ。ミミカとかいう幽霊にリムフィ君」


 『魔狩り連盟本部』から少し離れた繁華街、その裏側。細い通路を抜けた先にある空間は、普段はろくでなしの巣。僕も立ち寄ったことはあるから知っている。

 今はダーリアと僕の天下だ。

 ミミカはすでにグロッキー状態。魔力を常に吸収され続けて消えかかっている。やかましかったのに、さっきから全然口を開かない。


「頭がぶっ壊れてるのはわかってたけど、自分を誘拐した犯人を庇うなんて……リムフィ君、何を考えてるか残さず吐いてもらうよ」


 先ほどからダーリアがイライラしているのはわかる。でも攻撃をされないという安心感があるから僕は物怖じしない。いじめの主犯格の気分だ。


「その幽霊は3つほど、利用価値がある。提案というのはそれだ」


「……そんな前振りはいらない。その価値をさっさと言ってよ」


「……1つ目、僕の身体の謎を解き明かしてくれるかもしれない。僕も知らない謎があるかもしれないからね」


「価値がそれだけなら消滅だよ、私に何の得にも……」


「僕を殺せるようになったとき、君は僕のことをよく知っていたほうがいいんじゃないかな?」


「君を調べるのは私だけでいい。その幽霊は君を研究したがってるんだから、君を守るために私の邪魔をするはずだよ。ここで消しておくべきなのは変わらない」


 ……駄目だな。この話題ではダーリアは動きそうにない。


「なら、2つ目のこと。『魔狩り』の手伝いをさせるってのもありだ。索敵から戦闘までなんでもかんでも便利な小間使いにできる。僕と違って戦闘能力もある」


「こんな幽霊を信用することはしない。死の危険が高まるだけだよ」


 命をかける仕事なのだから、信用とかそういう類のものは重要だろう。ダーリアの言う事はもっともだ。

 つまり、この話題でもダーリアを説得することはできない。


「……3つ目。君が僕を殺すための戦力になりえると思わないか?」


「……もう意見が尽きてるよね? 前2つのを混ぜたようなことを言うから」


「そんなことはない、と思う」


 やばい。説得しきる自信がない。ミミカを引き入れて戦力アップを期待したけど、諦めるのも選択肢としてありだ。


「ダーリア、君はその幽霊を服従させる魔術は使えるか?」


「使い魔を使役する『魔狩り』もいるんだよ。私はそういう魔術を使ったことはないけど、いざというときのために学んではいる」


「できるってことだね」


「それが何か?」


 ハイスペック過ぎて敬服する。『魔狩り』として死なないために、どんなことでも貪欲に学ぶ姿勢は素晴らしい。

 利用させてもらう。


「その幽霊は僕を調べたがっている、僕を苦しませることも躊躇しないと言っていた。実際、実験とか繰り返すだろうから苦しませるというのは嘘ではないでしょう?」


「……それが?」


「僕が苦しい思いを受け入れると思う? 君を味方につけて仕事を丸投げさせるような男が、この幽霊の外道であろう実験を素直に受けると思う? 僕から言うけど、絶対嫌」


「そうだろうね」


 なんか見透かされてる感じがして気に入らないけど、続けましょう。


「ダーリア、君がミミカを服従させればさ……僕は君を見捨てることができなくなると思わない?」


「……なるほどね」


 ダーリアがミミカを服従させれば、僕はダーリアを死なせるわけにはいかなくなる。

 ダーリアという枷が外れれば、ミミカは僕を苦しませるからだ。僕がそれを受け入れるような男じゃないことは、ダーリアもよく知っている。


 僕という脅威に、ダーリアは僕が最も嫌がる仕返しができるようになるということ。

 僕という人間の弱みを握るのとほぼ一緒だ。


「確かに私にとって、今のところ君は脅威だよ。君を返り討ちにできない現状、君が決死の覚悟で私を殺そうとしたら、私は負けて死ぬ……。『魔狩り』の仕事中に私が危機に落ちて、見捨てられても死ぬわけだし」


「ミミカというカードを持ってれば、お得なことが多いんじゃない? ミミカに僕を殺せって言う指示は通るの?」


「通らない。使役しているモノは、所有者の武器みたいなものだよ。私の意志を通さない君の呪いなら、ミミカを使って君を殺すのは無理」


 正直、それだけがすっごく懸念事項だった。

 内心ではよっしゃあ! って喜んでるけど表にはださない。


「……だとしても、僕に対する抑止力としてミミカは有効だと思わない? 僕を動かす理由にもなりえるかも」


「……結構、魅力的な提案をするね。見くびっていたよ。1つ目と2つ目も、服従の魔術を使えば私に害はほぼなくなるから、消さないという選択もありになったよ」


 そういう大事なことは1つ目と2つ目の時に言ってほしかった。その時にそういう魔術は使えるかどうか聞かなかったのは僕だけどさ。


 ミミカをダーリアが服従させれば、全ての提案はかなり魅力的になる。そういうことだろう。


「……お互いに良い使い魔になりそうだね、ミミカを服従させるよ」


「わかってもらえて、なによりだ」


 ダーリアの言う通り、僕にもミミカという存在は有益になる。ダーリアが抑止力を持つということはかーなーり嫌だが、それを差し引いてもプラスだろう。


 僕という存在を、徹底的に調べ上げるためにミミカは必要だから、庇ったのだ。


「『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ 運命をローク 奴隷にラブ 汝全ての可能性をヴァズモージナチシ 悪霊よズロイ・ドゥーフ 我は歓迎しサームプリヨーム 支配しようガストーポストヴォ


 やけに長ったらしい詠唱。やはり魔物を使役するためにはそれなりに時間がかかるものなのだろうか? 漫画とかゲームとかなら画面をピッピってやるだけなのに。手軽さがダンチだ。


 詠唱が終了した途端に、魔法陣が出現。ただいつもと違うのは、ミミカを包み込めるほどに大きな魔法陣だったこと。


 魔法陣はミミカの消えかかった身体に張り付き、ミミカの身体に吸い込まれていく。大きさがあるのに、吸い込まれるのは一瞬だ。ミミカの身体の吸引力が凄いのだろうか?


「ガギガゲザガジダゴギガズ!? ザジガダダヂヅガズダ!?」


 バグったのかと思った。

 ミミカの身体がぶるぶると震える。ミミカのところだけ地震でも起こっているのではないかと疑ってしまうほどだ。


「……『美しきクラーシヴィ 名をイーミャ』」


「……バゲダ。『ミミカ・ヘルバイヤー』」


 何を言っているのかわからなかったが、ダーリアが何かを問い、ミミカが自分の名を口にしたのははっきりとわかった。


「これで契約は完了したよ。ミミカは私の下僕となった。私に絶対服従だよ」


 ミミカを拘束していた鎖が消え、ダーリアはミミカからナイフを引っこ抜いて鞘に入れた。魔力を吸収するナイフ、鞘の装飾が凝っていた。


「……んぁ?」


「やぁ、ミミカ・ヘルバイヤー。私はダーリア・モンド。今日から君は私の奴隷だからよろしく頼むよ」


「はぁ!?」


 消えかかって意識が薄れていたのだろうか? 起きた途端は眠たげだった。

 だがダーリアの言葉ですべてが吹き飛んだらしい。


「冗談じゃないの! ユーの奴隷なんて!」


「命令する。主人は私、絶対服従で。決して私に口答えするな。そんでもって、私の正体を誰かに言うことは許可しない」


「――!?」


 ミミカは何かを言おうとしているが、何も声が出ていない。パクパクと口を動かしているだけだ。口答えするな、という命令を強引に順守させられているのだろう。


「これからよろしく」


「――!? 死ッ……クッ! グアァァァ畜生がァァァ!」


 ミミカの渾身の叫びが、裏路地にこだまする。

 阻害されながらも強引に叫んだようだ。あっぱれ。

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