第3編 悪炎の王

24話 異変

山にトロールがいるから退治してほしい。そういう依頼内容。

 魔物はトロール。オーガを醜く太らせたような姿をしているらしい。

 僕の見たオーガは頭部がなかったから、どうにも想像しにくい。元のオーガがどういうのなのかもよくわかってない。


 トロールは僕のようなポンコツが相手にできるような魔物ではない。

 ダーリアが研修の最後らへんはこういうヤツをやらないと研修を終われないというから、嫌々やることになった。そういう決まりらしい。悪しき風習なのか、先人の決めた決定事項なのか僕にはさっぱり。

自動車教習所の雨天時の運転みたいだぁ、と思い出してみたり。


「冗談じゃないぞマジで。めんどくさすぎるでしょ」


「君は相当楽しているっての忘れないでよ。普通ならできるだけ一人で頑張るのが、この新人教育なんだから。先輩ポジがこんなに手を差し伸べることなんてないんだよ?」


 わかるよ、憶えてるよ。この新人教育の意味とかは。『魔狩り』の仕事の過酷さと自らの命の守り方を実践で学ぼうっていうヤツでしょう?

 やりたくねぇ、やりたくない。


「普通の新人なら、オークくらいは倒せるくらいになってるはずなんだよ。日々の自己鍛錬とか自ら依頼を受けたりとか、努力してさ」


「僕は努力は嫌いだし、頑張るなんてもっと嫌い。楽していたいんだよ。『魔狩り』の仕事は気楽だと思ったのになぁ」


 努力したいヤツは勝手に努力して大成するといい、止めやしない。僕にはできない偉大なことをやるんだから、すごーい偉ーいって褒めてやらんでもない。


 上から目線? 僕は上だ、どうしても見下してしまうのだよ。


 殺人鬼だけど美人なダーリアを従え、幽霊少女まで間接的に配下に加えた。普通の新人の『魔狩り』よりずっと楽できる環境にいる。つまり勝ち組だろう。


「面倒だなぁ……」

「こっちのセリフだ。私のほうが面倒なんだよ」


 馬車に揺られながら、僕たちは目的地の山までグダグダと緊張感の欠片もなく過ごした。


 幽霊少女ミミカをダーリアが従えてから、ここまでで一週間が経過している。服従の魔術はずいぶんと疲れるようで、ダーリアがさらなる休みを進言してきたからだ。

 もちろん快諾。宿代ももらったし断る理由はなかった。


 この仕事が久しぶりの外出となるくらいには、人の金で自堕落な生活を満喫してた。マジ最高でした。


「『魔狩り』の皆さん、到着しましたよ。ここがニアマギノです」


 グアズ王国にあるマギノ山。その大きさは国内最大らしい。

 マギノ山のふもとの街が、ここニアマギノだ。

 グアズ・シティやネイスよりも小ぢんまりとした街らしいが、まぁまぁ活気があるみたい。街の門をくぐったら喧騒が聞こえてきた。


「では、また後日」


 僕たちが馬車を降りてすぐに、御者のおじさんはそう言って馬車を走らせ去っていった。

 『魔狩り連盟』の馬車は、この街にある馬車乗り場で僕たちを待ってくれるそうだ。優しくて助かる。


「はぁ……遠かったの。疲れたの」


「フワフワ浮いてただけのくせに、そういうことを言うのはムカつくよ?」


「疲れはしないけど退屈なの。たかが人間にはわからないだろうけど」


 ミミカはずっと、馬車の上空でボーっとしていた。

 服従の魔術により、ダーリアからあまり離れることができないらしく、今まで見たいに好き勝手移動することはもう叶わなくなっているそうだ。

 ダーリアから離れ過ぎると、見えない壁にぶつかってしまうらしい。ダーリアの近辺が活動エリアということになる。


「たかが人間って……私これでも『魔狩り』としては結構やるほうなんだよ?」


「リムフィやミミカに比べたら、ただの人間なの。面白くもない」


 僕やミミカと比べちゃったら、そりゃ大半がそういう評価になるだろう。というか殺人鬼なんて、くっついてれば最高に面白いと思うけど、ミミカには違うらしい。


「アァ……リムフィ、少しでいいから研究させて。御預けを喰らうのは趣味じゃないの」


「ミミカも僕に危害を加えられないでしょ? ダーリアへの眷属化の影響がちゃんと出てて僕はとても安心だ」


「それも含めて研究したいの」


 ミミカはダーリアの武器というカテゴリーに入るみたいで、ダーリアが眷属である限りミミカも眷属みたいなもの。僕に対して攻撃は不可能なはずだ。

 ダーリアの説得が上手くいって本当によかった。お互いが幸せになれるに越したことはないよね。ミミカが幸せかどうかは知らん。


「もうそういうのはいいから、さっさと仕事にいくよ」


 仕事への熱意なんかない癖に……と思ったのは僕だけではないはず、ミミカもたぶんそう思っているだろう。

 ダーリアの正体はミミカも知っている。そもそもミミカは他人の殺人履歴がわかるようなので、隠している意味もないから僕がバラした。どうせミミカは他人にそれを告げ口できないようにダーリアに言い付けられているし。


「マギノ山まで歩くよ。まだ朝だし……早ければ今日中に依頼を達成できるかもしれないし」


 グアズ・シティを離れて3日。ずっと馬車に乗っていたから、きっと趣味に興じたくてうずうずしているのだろう。ダーリアの性格はそういうものだ。把握できてきた。


 先を行くダーリアのあとを、僕はダラダラと歩いて追いかける。ミミカはリードに引っ張られる犬のように、浮きながら後についていく。



 ちょうど太陽が真上に昇る時間帯。

 何事もなくマギノ山に入山した僕たちは獲物のトロールを探し回っていた。

 ミミカが空から索敵をしてくれるので、獲物探しもかなり楽になるはずなのだが……。


「この辺にはいないの。トロールどころかネズミ一匹いる感じはないの」


「はぁ……ちゃんと探してるのか……?」


「リムフィよりはちゃんとやってるの」


 マギノ山は自然あふれる豊かな山と、ふもとの住民に聞いていた。

 確かに緑はうじゃうじゃでうっとうしいくらいだが、先ほどから何故か生物に出会わない。木々が生い茂っている山の中、鳥の一匹も見当たらないのは不思議だ。


「どうにも奇妙だよ……この辺に漂う魔力がやけに荒っぽいというか……この山にそぐわないくらいに凶暴……」


「そういうことを僕に言われても、魔力の感知なんてできないし。ミミカに相談したほうがいい。魔力そのものなんだから」


「ダーリアの言う通りなの。生き物がいないのにこの感じの魔力は変。野生動物がいればもっと穏やかで、その中に小さな荒々しさがあるのに……。この感じの魔力は荒々しさしかないの」


 僕だけ蚊帳の外。すごくファンタジーなこと話してるけど混ざれない。そもそも魔力って場所によって違うのか、初耳だ。


 魔力というのが、空気のごとく存在するのは知っている。生き物の体内にあるのも知っている。生き物は無意識のうちに魔力を外に微量を放出するのも知っている。

 魔力は水のように循環するものだと、ダーリアに教えてもらったことがあるからわかる。

 教えてもらっただけで理解できているわけではないけど。


「リムフィ君、今日のところはここを離れておこう。嫌な予感がするよ」


「あー……わかった。ダーリアがそう言うなら指示に従うけど」


 どうせなら、今日でトロール討伐を達成してしまいたかったなぁとか、思わないでもない。もう一度この山を登るのはしんどい。


「二人とも……トロールを発見した、どうするの?」


 なんとタイミングの悪い。ミミカの報告に虚偽はないはずだから、見つけたというのは本当だ。ダーリアの指示に従うようにされているのだから。


「帰るって決めちゃったし、今日は無視しよう。この違和感のほうが気になるよ」


「えー……どうせなら少しでも減らしといたほうがいいんじゃない?」


 意見の対立。僕としては面倒なことはさっさと終わらせたいのだが、ダーリアはすぐ離れて後回しにしたいらしい。

 明日やろうは馬鹿野郎という格言を教えてやりたい。また脅して強引に指示に従わせようと思った瞬間に、ミミカが気になることを言い放った。


「あのトロール……すっごく怖がってる、何かから逃げてるようにみえるの。なんでだろう?」

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