番外 ダーリア・モンドの非日常

 ゴブリン狩りが決定してすぐのこと。

 ダーリア・モンドはリムフィに、新品の防具を買い与えた。

 そのせいで懐が少し寂しい。


 無論、それなりに貯金はしている。

 しているが、あのリムフィという金食い虫と一緒にいてはいくら金があっても足りないだろう。高級で良質なのを店員に聴いて、一番良い防具を選んできたのだ。

 断ると、脅される。ダーリアも脅し返そうと思ったが、リムフィという男は報復だけは忘れずにやるだろう。そういう男だと、短い付き合いでもわかる。


 イラつきが抑えられない。


 もう日が落ちてだいぶ経つ。夜の中盤。

 今、ダーリアがいるのはいつも使っている宿の一室。シンプルというか、質素で簡素な部屋だが寝るだけなら充分すぎる。風呂も用意されているから、部屋に文句は言わない。


 ダーリアは胸当てや籠手、脚に付けている各種の防具を外して、ベッドに寝転がった。

 綿いりの、柔らかいインナーシャツ。そして下は革製のショートパンツ。そこまで露出度は高くない。高くないからこそ蒸し暑く感じる。


 イラつきの度合いがグンと上昇。


 なんだかムシャクシャして、いつもはそんなに暑く感じないのに、今日はすごく暑く感じた。ただ服を着て寝転がっているだけなのに、すごく暑い。

 我慢しようと思ったが、数分も我慢しきれなかった。

 ベッドの上で身体をくねらせながら、服を脱いで下着姿になる。地味で飾り気のかけらもない、白のブラジャーにパンティー。いつ買ったか覚えてない安物だ。


 防具も普段着も下着も靴も、おしゃれには程遠い代物ばかり。地味で、使えればそれでいいという感じの安物。サイズがあってないので、ちょっと小さい。


 ダーリアはそういうのに大した興味がない。年頃の女の子という生き物にしては異端の存在だ。

 ダーリアは17歳である。同い年の女の子連中は色々なブランド品を買い漁り、自分を磨いてより綺麗になろうとする。

 それがダーリアには理解できないことだった。ずっと『魔狩り』をやってきたからだろうか? ほとんど男社会の中で育ってきたからだろうか?


 街を歩く、同世代と思わしき女の子の群れを見るたびに思う。

 そんなことよりも、もっと楽しいことあるんじゃないか……と。


 よく『魔狩り』の同僚に、もったいないとか言われるけど、ダーリアはこの生活に満足していた。好きなことを好きなようにやれるなら、これ以上の望みはない。


 (あの不死身のカスが現れなければ……)


 同僚が言う、もったいない、の意味がわからない。

 大人びていて、美しい女性であるダーリア。よくナンパのようなことをされるが、その美しさに自覚はない。外見なんてどうでもいいことなのだ。全員一緒。大差ない。


 過去を振り返って、イライラが積み重なっていく。


 赤い髪を弄りながら、ダーリアはむくりと起き上がる。

 下着姿だからやけに身体が軽い。鎧を脱いですぐだと、少しびっくりするほどに。


 下着が小さいせいで、胸や尻がキツく感じる。いい加減、そろそろ買い替え時だ思うとダーリアはため息をついてしまう。


 出費。どうでもいいことに金が飛ぶ。少しでも避けたいが、下着がキツいというのは『魔狩り』の仕事にも集中を欠く恐れがある。


 無駄に膨らみのある胸が鬱陶しく感じる。ダーリアは着やせするタイプであるために、本来のボディラインが認知されていない。


 ちなみに、受付嬢のレーア・フラストリには何故か見抜かれているらしく、何度か奇妙な質問をされたことがある。


「はぁ……」


 この短時間に2度目のため息。元凶はあのリムフィというクソに違いない、とダーリアは決めつける。


 解消したばかりなのに、すでに不満が溜まってきている。


 このままではいけないとダーリアは思い立ち、下着姿のまま部屋の窓から外へ飛び出していく。抑えられない、服なんか悠長に着ていられない。

 全力疾走。


「『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ 我が脚をナガー 嵐のようにタルナード 先へと導けプラグリエース』」


 ダーリアの詠唱に答えるように、魔法陣が走る先へと出現。その魔法陣を踏みつけると、ダーリアの脚部に風が纏わりついた。

 身体強化魔術の一種。脚力を強化したのだ。


 風が脚部の運動の補助をする。地面を蹴れば、4メートルくらいの建物くらいなら楽々に飛び越せる。走ればまさしく突風の化身だ。


 ダーリアは夜のグアズ・シティを跳躍しつつ観察する。ちょこちょこと明かりが点いているが、街の半分はすでに眠っている。


 獲物を探すには丁度いい。あまり明るいとやりにくい。


 狙いは1人でいる人間。いつもは選ぶのだが、今日はイライラして選んでいられない。

 どんなのでもかまわない。やれば、満足する。


「……ふふっ」


 ダーリアは基本的に、他人といる時にしか笑わない。愛想笑いの技術に関しては自信があるくらいに。


 ひとりの時に笑うのは、決まっている。

 獲物がみつかった時。そしてそれを堪能している時だ。顔がほころんでしまうのを止められない。


 今日もまた、この街で誰かが死ぬ。子供でも大人でも、老若男女関係なく死ぬ。誰にも知られることなく悟られることもなく、また誰かの人生の幕が閉じる。

 

 ダーリア・モンドは殺人鬼。

 それは今、リムフィという不死の少年しか知らないことだ。


 静まらない鬱憤が、積み重なる。あの少年と一緒にいるだけで、蓄積される。

 

 今夜は何人死ぬのだろう。もしかしたら、今日の時間では晴らすには足りないかもしれない

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