32話 平穏短し火蓋は切られ

 悪炎の王はヴォルノは不思議そうな顔をしていた。

 おそらく僕の奇行にだろう。自分の身は自分で守れるとわかっているはずなのに、何故僕が庇ったりしたのか? きっとそこを知りたいのだ。


「リムフィ、おみごとなの。そうすれば話し合いに持ち込めるかもなの」


「……ミミカは戦意ナシってことでいいのか?」


 ダーリアに剣を向けられながら、僕はミミカに問う。ミミカのほうを向いて話す余裕はない。ダーリアに注意を向けていなければ。


「今のところは、あるわけないの。悪炎の王とかいう素晴らしい研究材料を殺すだなんてありえないの。魔界出身らしいその娘には、聴きたいことが山ほどあるの!」


 なんか勝手に舞い上がり出したミミカ。僕の不死にも興味を持っていた彼女の研究目的は、そういえば聞いたことがなかった。聞きたくもないけど。


「悪炎の王様さん、魔界の魔物はどこから生まれるか聞きたいの! それ以外にも純魔力ミアズマの出所とか、王様の知っている限り全てを話して欲しいの!」


「ずいぶんと研究熱心なオバケがいるものだな。確か名は……ミミカだったな?」


「はい、ミミカ・ヘルバイヤーなの。ちなみにオバケではなく厳密には魔力の集合体なの」


「我としてもお前の存在はリムフィと同等に興味深いな。我の事は王様などと呼ばなくていい、ヴォルノで構わない。ぜひ話をしあいたいものだ」


「やったッなの!」


 なんかミミカとこのヴォルノって王様は相性がいいらしい。お互いに笑顔で会話なんてしている。幽霊と魔王が仲良しになる日はすぐそこだ。


「ミミカァ! 何仲良くなろうとしてんだよ! ソイツはぶっ殺すんだよ!」


 この殺人鬼は平和を乱そうとする悪魔でしかないな。この場で誰よりも一般人なくせに。

 下手にミミカに指示を飛ばされると厄介なので、僕はダーリアの口を塞ぐことにした。もちろん手で強引に。

 眷属化による影響でダーリアは抵抗を許されない。僕の力って便利だね、僕の力。


「もがっがっ!」

「よし話し合いというこうじゃないか、円満に!」


 悪霊と魔王と殺人鬼に不死身の男。

 マギノ山の頂上付近の岩場で語り合うことに。


 ……僕も含めてメンツがやばいな。この化け物どもを御しきる自信はまったくない。

 魔術も使えなければ体術だって不可能。ダーリアと同じ剣は持っているけど、使いこなせない。もし喧嘩になって戦いに発展したら、僕はサンドバッグ不可避だ。


「ねぇリムフィ、話し合いって言ってるけど、具体的に何を話し合うの? そこのところをまだ聞いてないの」


 正直、ダーリアとミミカをヴォルノに消し飛ばされたくないから、強引にこういう場に持ち込んだのだ。(幸運にもヴォルノには敵意はなかったからよかった)


 ぶっちゃけたことを言うと、話し合いの議題なんて考えてない。

 とにかく戦うのはマズいと思ったから、話し合いをしようと提案しただけだ。その場しのぎの提案です。


 予定はすっかすか。まさしくノープラン。


「えっとだね……そう、ヴォルノへの対処というか……措置について話し合おうじゃないか。静観か保護かどっちかで」


「駆除だよッもががっ!?」


 僕はダーリアの口を開かせることを許さない。両手を押し当ててダーリアを封じ込める。


 悪炎の王ヴォルノが言うに、あくまでも目的は人類の観測。人類に対して敵意は持っていないというのだ。

 ダーリアの言動は、ヴォルノを怒らせてしまうかもしれない。圧倒的な力のあるヴォルノを怒らせれば、瞬殺されるに違いない。それはよくないことだ。


「我が主リムフィ。我としては静観を希望したいな」


「ミミカは保護を希望するの」


 ヴォルノ本人の意見を尊重したいところ。悪炎の王なんて危険そうな称号を持った魔界の化け物なんて近くに置いておきたくない。僕から遠く離れたところで現世でバカンスでもしていてもらいたい。


 ミミカの意見は自分の事しか考えていない故の意見なので無視します。ダーリアの意見も同じ。

 つまりこの話し合いは僕とヴォルノの一騎打ちみたいなもの。


 ……あれ? それならこの話し合いは終了じゃない?

 僕だってヴォルノにはどっかに行ってもらいたいわけだし、ヴォルノもそれを望んでるなら、このまま消えてもらったほうが安心じゃない?


「よしッ! 話し合いはこれにて終了です! さぁヴォルノ、アンタは自由だ! どこにでも好きなところにいきたまえ!」


「もがあっ!?」

「ちょっと待ってリムフィ!」


 待ちません。僕の決定は絶対なのです。どんな文句があろうとも、僕はこのヴォルノを追っ払うからな。


「さぁヴォルノ、どこへでも好きなところへ行くといい。好きなだけ人々を観察して好きな時に魔界へ帰りなさい。おたっしゃでー」


「そんなことさせないの!」


 ミミカにとって、ヴォルノは貴重な研究材料。自分の欲望に忠実なミミカは、欲しいと思ったらそれを諦めることはまずない。


 敵意はないけど逃がしはしない。ミミカの思考はきっとこんな感じだろう。


 止める方法はミミカの前に僕が身を乗り出して、身体を張ってヴォルノの盾になること。

 しかしそれをやると、ダーリアが解放されてしまう。


 もう少し、言葉選びを慎重にすべきだった。とんでもない火薬庫を爆破してしまったようだ。


「『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ……』」


 ヴォルノを止めるためとはいえ、即刻魔術を使おうとするミミカはダーリアと同じ位に凶暴なのだ。実体がないから生半可な策では止められない。


 話し合いに乗っかって来たのは、楽にヴォルノを捕えられるかもと思ったからだろう。どうせそんな感じだ。

 きっとミミカに善意はない。あの時僕に同調したわけじゃないのはわかってる。わかってるけど悲しいなぁ。


 比較的、話の分かるタイプであろうヴォルノを刺激しないように心掛けたいのだが、これではやむを得ない。


「ヴォルノ! さっさとどこかへ飛んでけ! ここにいたら戦いになるから!」


 ヴォルノはきょとんとしていた。ずいぶんと余裕があるようで羨ましい。さすがは魔界で悪炎の王をやってるだけある。見た目は幼女のくせに。


「『凍てつくハロードヌィ 氷の雨にグラート 泣き喚けプラーカチ』!」


 ミミカの身体の正面に、魔法陣が出現する。

 そこから嵐の如きどう猛さで、現れ放たれるのは氷の槍。


 眷属化の影響が及ぶ距離に、僕が飛び出す前にミミカが魔術を放ってしまった。

 もっとはやくミミカの前に飛び出すべきだった。判断が遅かった。


「我が主リムフィ……どうやらあなたと、そちら方の意見は違うようだ。多数決をとっても我は襲われるのだろうな」


 ヴォルノの見た目は幼女。やたら威圧感のある炎の幼女。余裕はたっぷり。悪炎の王だからだろうか?


「ふんっ」


 ヴォルノが飛んでまとわりつく羽虫を追い払うような仕草をしただけで、ミミカの放った氷の槍の群れは溶け消えた。


「繰り返すが、我は悪炎の王ヴォルノである。我は人類の観測のためにやってきた。お前たちに害意はない。しかしお前たちが攻撃してくるならば……観測の邪魔をするのなら、お前たちを灰にする」


 そんな物騒なことを言って、ヴォルノの纏っている炎の形状が変化していく。


 ヴォルノを包み込んだ青色の炎は、ワンピースのような洒落た形状から打って変わって、絵本とか伝記の挿絵でみたことのある、悪魔のような形状へと変化する。


 悪炎の王なんて自称でも盛り過ぎだと僕は思ってたけど。確かにこれならその称号もぴったりだ。まさしく炎の悪魔。禍々しい青が、僕らを圧倒する。

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