11話 両者、痛恨のミス
「うあああああああああ!」
僕は全力で逃げる、倒れていた少年の手を掴んで引っ張る。動け、動けと念じながら。
被害者は多いほうがいい。目撃者でもあるはずなのだ。一緒にダーリアを刑務所に入れてやろう! だから速く起き上がれ少年!
おかしいな。こんだけ腕を引っ張れば痛くて起きると思ったのに起き上がらない。血まみれだけど大丈夫だよね?
さっさと起きてくれないと、もうダーリアがそこまで来てるから速くしてくれ!
「……まさかそのまま逃げないなんて、びっくりした。焦りを返して欲しいよ。少年をここには置いておけないっていう正義感かな?」
「黙れ! 正義感じゃない! アンタに対する敵意だ! この少年と一緒に逃げ延びて、アンタを死刑まで追い込んでやるってな!」
僕は少年の腕をぐいぐいと引っ張りながら怒鳴る。いい加減起きてほしい。
「いや……待ってよ。私を死刑に追い込みたいなら、リムフィ君だけで逃げたほうがいいよ。その子を外に連れ出したら、君は注目を浴びるどころか憲兵に連れてかれること間違いなしだよ?」
ダーリアが近寄ってくる。ナイフは持ったままだが、構えはしていない。余裕なのだろうか? 馬鹿にしてるようだ、怪訝そうな表情してる。
「そりゃ男二人、血まみれだからそうなるだろう。でも憲兵に連れてってもらえるなら大歓迎だ!」
「憲兵に捕えられるのは、たぶん君だよ。私じゃない」
「……何言ってるんだ? 俺とこの子は何もしてない。むしろ逃げてきたんだから保護してくれるだろ? 血まみれの子供二人なんだぞ」
「その子を連れての保護は無理だろうな。リムフィ君が犯人だって思われるよ」
「意味わかんないこと言うな!」
「そっちこそ」
僕は怒り心頭。だがダーリアは冷静だった。
……さっきからずっと冷静なのだろうが、今の冷静は少し違う気がした。僕を見る眼が違ってる気がしないでもない。
「まぁいいや……なんで死んでる子を連れてこうとするか意味わかんないけど、どっちにしても逃がすわけにはいかないからここで殺しちゃうよ」
……ん? 死んでる子?
あ。そうだよ、この子は普通だった。
死ぬんだった。この血の量と、服の上からでもわかる刺し傷。
間違いなく死んでる。
「ああああ! そうだった馬鹿か僕は! 普通のは死ぬってなんで失念するかなこの状況で! 欲を出さずに一人で逃げちまえばよかった!
そう、二人で逃げて証人を増やそうという欲に負けたから、さっきみたいな行動をした。
無意味だとわからなかったのが悔やまれる。子供ですら知る常識を忘れるミス。
「……君の頭は残念なようだね。死に際で発覚する真実にしては、少しインパクトは弱めだけど」
僕は少年の亡骸を持ち上げて、力一杯投げつける。もう倫理観とか言ってる場合ではない。窮地でそんなの考えていられない。
「あッ……ちょっと!」
火事場の馬鹿力で人を一人持ち上げて、投げることができた。それでもこの場面において、というよりもダーリアに対してはまったく無力であると思っていた。
意外や意外。ダーリアは少年の亡骸を、ナイフを投げ捨ててまでキャッチしたのだ。
てっきり普通に避けられてしまうかと思っていたから驚き。
「粗末にするんじゃないよ! これは私のなんだから丁寧に扱ってほしいんだよ!」
ダーリアは遺体を丁寧に床に置く。すごい優しさを感じさせるような動作であったが、自分が殺した相手に対してやるのはとても不気味だ。
僕はダーリアの挙動と発言を踏まえて、考える。そしてひとつの作戦を思いつく。
作戦といっても、不確定要素が多すぎるけど……他に思いつくこともない。
僕はダーリアが投げ捨てたナイフを取るべく走る。ダーリアも僕と同じようにナイフを目指した。
先に取れるのは、距離的に僕。ダーリアは投げ捨てた位置が悪かった。
「よしッもらった!」
ナイフの刃を、僕は構うことなく持つ。どうせ治る。素早く拾うのに怪我を気にしている余裕はない。
あとは簡単。
「どおォォォォ! りゃあああああ!」
ナイフを振り回して突進。やるのは超簡単。成功する保証はないけど。
「ちッ……」
素人だろうと、刃物を乱雑に振り回していたら脅威ではある。切りつけられること覚悟で止めようと思っても、人間なら躊躇するだろう。痛みは恐怖だ。
しかしダーリアほどの達人に、素人の雑な攻撃が通用するはずもなく。
ダーリアは僕の挙動を見切り、僕の脚を払う。そしてスムーズに僕の身体を持ち上げて後方へと投げてくれた。
きっとダーリアは力を一切込めていなかっただろう。僕の力を利用したのだ。なんかそういう体術があった気がするけど、名前が思い出せない。まぁいいや。
ナイフはまだ、僕の手の中にあるのだから。細かいことなどどうでもいい。
「おらぁ!」
ダーリアに投げられたおかげで距離をとれた。
少年の亡骸まで楽に移動できる距離に。
「なッ……!?」
ナイフを取ろうと遺体から離れたのが、ダーリアのミス。そして僕を投げたのもミス。
もしもダーリアが、僕を投げずにぶん殴って気絶させていたらゲームオーバーだった。ここだけは本当にラッキー。幸運以外の何でもない。マジに賭けだった。
「傷つけられたくなかったら両手を上げて、床に伏せろ!」
僕の考えた作戦。少年の遺体を人質にしてしまおうというもの。
ダーリアのこの少年の遺体に対する反応が奇妙だったからこそ思いついた。思いついてしまった。人間性を完全に捨てた作戦。
「この外道ッ……!」
ナイフを意地で手放さなかったことを褒めてほしい時にその言葉はあんまりだと思う。僕だって頑張ってこんな頭の悪い作戦を立てたんだから外道呼ばわりはよくない。
ていうか、そっちこそ外道だろ。この人殺し。
ダーリアは僕を睨み付けながら、両手を上に挙げる。僕に対する怒りを感じられる。
「……ダーリア、なんだそのしかめ面は?」
その態度は気に入らない。だから僕は少年の遺体に傷をつけることにした。
頬を少し、ナイフの刃で撫でる。
ツゥ……と切られた頬から血が流れる。
「おい! それ以上はやめてよ! それは私の!」
「だったらさっさと座れ! 床に伏せるまではしなくてもいいけど、とにかくもう攻撃しようなんて思うなよ! 僕がアンタを怪しいと感じたらこの死体をグチャグチャにしてやるからな!」
我ながら酷いセリフだと思うけど、手段を選ぶ余裕はないので。
ダーリアは僕の言う通りに床に座ってくれた。攻撃の意思はないという事でいいのだろうか? 武器を隠し持っているとかあるかもしれない。
「ダーリア、他に武器があるなら向こうに投げて。間違っても僕に向けて投げるなよ?」
「……そのナイフしか持ち合わせてないよ。両腕を上げておけば信じてくれるかな?」
ダーリアは両手を上に挙げた。降参のポーズにしては反抗的な雰囲気だが、腕を自ら封じてくれるならそれでいい。しかめ面は気に入らないが、これ以上は意地悪だろう。
「僕だってこういうことはしたくない。話し合いをしよう、ダーリア・モンド」
「君を殺す手段がないのなら、私だってある程度の話し合いには応じるよ」
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