6話 お仕事開始

 依頼を受けるには、まず掲示板に貼ってある依頼書を受け付けカウンターに持っていき、そこで『連盟』の確認を受ける。次に依頼主と面会し、依頼の内容と報酬について話し合いを行う。そこで契約書にサインをもらう。『連盟』と『魔狩り』への金の支払いについての契約。そして僕たちもその契約書に署名する。誓約書も兼ねた書類なのだ。

 書類にサインをもらえば仕事開始だ。


 手続き面倒くさいと思ってしまうのが、僕という人間だ。いちいち依頼主に会うのはとても気乗りしない。

 そんな僕の様子をみて、ダーリアさんはクスクス笑う。


「『魔狩り』は信用が大事だからね。依頼主と面と向かって話をして、仕事についての契約と誓約を行う。面倒くさいのはわかるけど、大事なことなんだよ」


「そうなんですかねぇ……」


 そういう契約とか誓約とかの手続きは、全部『連盟』がやってくれればいいのに。とか思ったり思わなかったり。

 だが依頼主にとっては、こちらのほうがいいのだろう。仕事をしてくれる人間の顔をちゃんと見れるというのは、重要なことだ。こちらとしても有名人に一歩前進のチャンスかもしれないし。


 『連盟』が管理している馬車乗り場で、手配しておいてもらった馬車に乗り込んでから、すでに1時間が経過している。

 依頼主はズアリ村という場所にいる農民らしい。街から離れた場所にある村だから馬車でも少しかかる。


「そういえば、貸し出してもらった防具の調子はどう? どこかキツイとかある?」


 馬車の中で座っている僕をみて、ダーリアさんは聞いてきた。

 ダーリアさんの格好は軽装。鉄製の胸当てに籠手。そして何かの革製のボトムに、これまた鉄製のレギンスだ。動きやすさを重視して、重いものはできるだけ排除したらしい。


 僕も同じような装備だ。一応違いとしては、僕はヘルムを被っていることくらい。

 ダーリアさんに見繕ってもらった。『連盟』からの貸し出し品で、後でレンタル料金を払わねばならない。


「あー……大丈夫です。着なれてないんで、違和感はありますが」


「ならいいよ。装備ってのは命を守るためのモノだから、チェックのしすぎはないと思ってね。暇なら装備を眺めとくのが良いよ」


 鎧の下に着ているインナーが汗で湿って気持ち悪い。蒸れる。少し動いたらびしょびしょの雑巾のようになりそうだ。

 ダーリアさんは慣れっこなのか、汗をかきにくい体質なのか。平常なのが羨ましい。


「はぁ、暇。目的地まで2時間。そんであと1時間。ようやく半分かぁ。馬車の時間って暇で仕方ないのよね。今日はリムフィ君がいるから違うかな」


「面白い話はできませんよ~」


「あら残念。『魔狩り』の仕事の前のささやかな楽しみ候補がひとつ潰えたかぁ……」


 ダーリアさんはそう言って、座ったまま目を瞑ってしまう。


「せっかくだから究極の暇つぶしを教えてあげるよ。それは瞑想をすることさ」


 瞑想。足を組んで、座禅みたいな体勢をとるダーリアさん。馬車の中だから揺れるも、姿勢を崩すことはなかった。正直、瞑想についてはよく知らないが、これが理想的な瞑想なんだろうなと、ダーリアさんの行いをみてふと思った。


 僕、暇なまま1時間を過ごす羽目になったけど。ダーリアさんの暇つぶし、レベル高くてやる気にならなかった。瞑想なんてやったことないし。



 そして1時間後。ズアリ村に到着した。

 依頼主はズアリ村の中心にある家の前に立っていた。村にはちらほらと家がある、その中でも依頼主の家は大きく、そこそこ金持ちなのだろうと予想できた。


「ようこそ『魔狩り』様方。お待ちしておりました、さぁさぁ中へどうぞ」


 依頼主はおじいさん。その依頼主に言われるがまま、大きな家の中へと案内され、客室へと誘導させられる。

 僕とダーリアさんは依頼主と対するように座る。小さな丸テーブルしかなく、座るのは座椅子だ。板の床に直座りだと足が痛くなりそうだから、座椅子があるのはありがたい。


 僕を含めて3人の話し合いが始まる。僕はどのくらい口出しするべきかばかり考えてた。


「えっと、今回『魔狩り』様方に退治していただきたいのは、魔物化の傾向のある猫2匹……だったのですが」


 依頼主のおじいさんが申し訳なさそうにこちらをみてくる。その視線から何かを察したダーリアさんが言う。


「……もしかして、完全に魔物化してしまったのですか?」


「……いかにも。今日、村の若い衆が森へと偵察に行ったのです。そして帰って来た若い衆が、猫が魔物化していたと言っておりました」


「村の人に怪我人は? 偵察に行った人は大丈夫なんですか?」


 そこに食い付くんだ。ダーリアさんは優しいなぁ。


「いえ、怪我はしておりません。しかしもう魔物なってしまうとは……正直甘く見ていました」


「魔物は危険なんです。たぶん、思っておられる以上に。もしもこういうことがこれから起こったとしたら、偵察とかも極力控えるようにしてください」


「……わかりました。気を付けます」


 ダーリアさんの言葉に、少ししゅんとしてしまった依頼主。おじいさんとしての威厳はもうかすかで、弱弱しさが出始めた。


「魔物化した猫2匹は、間違いないんですね? そこだけは確認をとらないといけないので」


「はい。2匹で間違いありません。片方は黒猫、もう片方はブチ模様です」


「ありがとうございます。ではこの契約書にサインをお願いします。それでこちらが私どもの『魔狩り証』です」


 ダーリアさんが依頼主さんに差し出すのを見て、僕も急いで書類と『魔狩り証』を依頼主さんに渡した。

 

 依頼主さんは何も躊躇うことなく契約書にサインをしていく。そしてその後に僕たちの『魔狩り証』を交互にみた。


「いやぁ……ランクが『4』の方が来ていただけるとは。『9』の方は教育期間中ですかな?」


「そうなんです……頑張ります」


 ランクは信頼に繋がる。ダーリアさんが馬車の中で『魔狩り』は信頼で仕事ができると言っていた。信頼を得るには実力が必要で、その実力をわかりやすくしたのがランクというもの。ランクが高ければ信頼されるということだ。


 サインを終えた依頼主のおじいさんから契約書を預かり、その契約書の下の方に小さな名前を書く欄がある。

 そこに僕たちの名前を記入する。これで契約成立となる。


 契約書をまた依頼主に返却、預かっていてもらう。僕たちが仕事に行っている間はこうするのが普通らしい。仕事中での紛失はご法度だそうだ。

 ダーリアさんはスッと立ちあがって、依頼主のおじいさんに一礼。僕も真似して急いで立って一礼。


「では、仕事に行って参ります。良い報告をお待ちになってください」


 ダーリアさんはそう言って、依頼主の家を出る。僕も慌ててダーリアさんを追いかけた。

 

「待ってくださいダーリアさん! もうさっそく行くんですか?」


「そうだよ? もう手続きは終わったし。魔物を一刻も早く退治しないと、この村にも被害が出ちゃうだろうから。それに昼間だし、森が明るいうちに叩いておこう」


 優しいなダーリアさん。見習わないといけない。


 ダーリアさんと僕は村を離れて、魔物がいたという森の中へと進んでいく。森の中は昼間なのに木の陰が多いせいで、ちょっぴり薄暗かった。

 魔物探しは苦労しそうだ。森の中、潜めそうな場所などいくらでもあるのだから。

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