7話 頑張れリムフィ
魔物探しのコツは特にないらしい。会えない時はとことん会えないし、会う時は
「ランクが『4』とはいえ、魔物との戦いなんて慣れないと思うね。たぶん、リムフィ君が思っている以上に魔物は賢しいと思う」
「……相手は猫ですよ? 会えるかどうかは運次第だとしても、賢しいってのは言い過ぎじゃあないですか?」
「うーん……どうだろ? 人と比べればそりゃあ賢しくなんてないけど、奴らの賢しさは強かさと同じだと思う。生きたいっていう欲望が魔物は異様に強いんだよね。自殺願望とは無縁なんだよ、羨ましいね」
……確かに羨ましいかもしれない。でも羨ましがるにしても相手は畜生だからなぁ。
「……まぁ、羨ましいかどうかはさておき。あんまり見くびらないほうがいいよ。相手は猫でも魔物。魔物だから猫とは段違いに強いから」
先輩であるダーリアさんの忠告を、僕はしっかりと胸に刻んでおく。こういうことは馬鹿にするもんじゃなく、素直に紳士に聴くべきこととわきまえてるつもり。
森の入り口からはだいぶ遠ざかった。もう入り口はみえず、前も後ろも暗い緑。そこら中からいろんな動物の生活音が聞こえてきて、案外騒がしい。暗い感じの森はシーンとしてるのかと思ってたけど違った。
周りをキョロキョロしながら
「リムフィ君、ストップ」
僕はなんだろうと思いつつもその場で停止した。ダーリアさんが口頭だけでなくハンドシグナル込みで僕を制止させようとしたのだ。止まるしかない。
「……臭いがするの、わかる? 鉄みたいな臭いがかすかに漂ってる。魔力もぼんやりとだけど、肌で感じられる……魔物特有のやつ」
両方の違和感、どちらも僕には感知できなかった。森に入ってから土と木と草の臭いしかしていないような気がする。魔力の違和感だってさっぱりわからない。どんな違和感なのか体験したこともない。
「来て。たぶんだけど魔物がいる。
ダーリアさんは音をたてずに、森を進んでいく。鉄製の防具は普通に歩くと何かしらの金属音が鳴ってしまうはずなのに、ダーリアさんは見事な忍び足。音なく歩いている。
一方僕も頑張ってはいる。音の軽減まではかろうじてできた。その歩き方を維持するのは普通にしんどい。
そして突然ダーリアさんがぱっと身を木陰に隠したので、僕も真似をする。ダーリアさんの表情から真似をして隠れたほうが安全だと思ったからだ。
「あれ……黒とブチの猫みたいなの……たぶんあれが
「はい……?」
木陰からチラリと覗く先。木々に囲まれた緑の中で、二匹の猫のようなモノがじゃれあっているように見えた。
猫にしてはサイズが桁違いに大きい。熊にも引けを取らない大きさだ。すごく大きいくせに猫特有の細い体そのままだからすごく不気味。
「……僕に意見を求められても、大したことは言えませんって。経験でダーリアさんのほうがよくわかってるんじゃないですか……?」
巨大な猫のじゃれあいが怖くて身を隠したのか、奴らにバレないようにダーリアさんと会話するために身を隠したのか。理由は両方だ。身を隠さないとビビって話ができそうにない。
「魔物相手に経験を頼りにし過ぎたら早死にだよ。誰でもいいからいろんな意見が欲しいの。発想を怠ったら死ぬのが『魔狩り』だよ」
まぁ確かに。熊サイズの猫を相手取るなら色々あるかもしれないと用心するのはかなり重要かもしれない。車を運転するときの『かもしれない運転』みたいなものだろう。考えることを面倒がれば死ぬ危険性が高まるのは、この世界も同じらしい。
……死なない身体になる前に、やってみたかったなぁ『魔狩り』の仕事。いかにも別世界って感じでワクワクするやつじゃん。楽々アクションゲームは面白味ないと思うタイプなのよ。
「猫だから……素早いんですかね? 魔物に関する知識がないからよくわかりませんけど、猫だったならそうかも……」
「やっぱ……そう思うよね、同感。身体がでかいから鈍重って考えは古いよね。見たところ、脚の筋肉は美しいまでにガッチリとしてる。動くための筋肉としては最高峰だね」
世話になった人が目の前で猫に殺されるのは、あんまり気持ちの良い光景だとは思えないから、言われた通りに考えを話し合う。
少し話している間に、魔物の猫たちに変化が起こる。
二匹とも、鼻をスンスンとして周囲を探り始める。耳もピンと立てている。
「やっぱ気が付かれたね。さすが猫、動物にはこういう隠密は通用しないね」
「……まずいんじゃないですか? もうこれじゃ先手を打って仕留めるのは絶望的というか……」
「大丈夫、ここで確実に……とりあえず一匹は仕留める」
素早く、しかし音は一切ない。ダーリアさんは腰に帯刀していた
軽やかで美しく、猛々しい身のこなし。だがすでに魔物猫二匹、森の中で動物に感づかれないように接近するのはほぼ不可能だ。
二匹の魔物猫の視線はダーリアさんに集中する。そしてすぐに臨戦態勢をとられてしまう。
「まずはブチ……!」
ブチ模様の魔物猫の首の付け根に、刃が当たる。
そしてそのまま肉を切断していき、骨を断ち、命の線を絶った。
魔物猫の頭部がゴロンと地面に転がり、魔物猫の体はばたりと倒れて動かなくなる。ブチ模様の方はあっさりと絶命した。
「ガルガルギギギ! ググガガゴゴガ!」
まるで猫感のない鳴き声を発する元黒猫。僕は木陰に隠れて見て聞いた。立ち入るつもりは全くない。
武器はダーリアさんと同じような剣だけど、扱い方なんて知らない。自己判断で行ってもたぶん、足手まといになるだけだ。
「ふぅ……次ね」
剣を構えなおして、魔物猫と対峙する。
一匹仕留めるだけでも、戦局はこちらが幾分か有利になる。巨大な猫二匹を相手にするのは危険すぎる。素早さが猫当時のままだとしたらなおさら危険だった。
もしものことを考えて、とにかく一匹は何も考えずに秒殺。そして一匹に集中する。
頭の悪い考えかもしれないが、悪いことではない。相手の能力がわからないなら、披露される前にやってしまう。できるなら、楽な方法だ。
「ガガグギ、ギギギ。ギガゲゲグ!」
何を喋っているのかさっぱりわからない。元猫なんだからニャーンとでも鳴くかと思ったら、何やら言葉のようなのを発している。
喋っている具体的な内容はわからないが、感情は言葉だけで伝わるものではないから、隠れてる僕にもわかった。
魔物黒猫、ブチ切れてるね……やばいね。
「リムフィ君。ちょっとそのまま隠れててね、逃げてもいいけど離れ過ぎないで。手伝ってもらう事あるかもだから……」
魔物猫がダーリアさんに向かって吼える。猫のような可愛らしさはなく、獅子のような猛々しさはなく。あるのは汚らわしい悪意と敵意だけ。
「――ねッ!」
魔物猫の咆哮の途中でダーリアさんは動く。さっきみたいに軽やかに美しく。
僕はさっきみたいな首切りがまた見れるのかと思った。
……人間の速度では、猫の反射的な行動を超えられない。
つまりあらゆるスピードが劣っているということ。
「グガグギャッ!」
魔物猫は前脚をダーリアさんに向かって叩きつける。俗に言う猫パンチだがサイズが大きければ純粋に脅威だ。
ドジィンッ! と地面を叩く音。
地面と叩いた音がしたなら、ダーリアさんは無事だろうと僕は安堵した。蚊帳の外にいるとえらく冷静でいられる。
「スピードで負けるなら、こうかな?」
僕が思っていたほど余裕を持って回避はしていなかったようだ。もう少し身体がズレていたら普通に圧殺されていただろう位置に、剣を構えて立っていた。
「止まれ!」
持っていた剣を魔物猫の前脚に突き刺し、地面に縫い止める。
魔物猫の甲高い悲鳴が森に轟く。
「リムフィ君、剣貸して!」
……離れるなってそういうことね。
とにかく今がチャンス。魔物猫は痛みで悶え苦しんでいる。この隙をつく。
僕は思い切り、鞘にしまってある剣をダーリアさんに渡すべく投げた。
僕の剣の柄の部分を容易くキャッチしたダーリアさんは「ありがとね」と一言。
そして間髪入れずに鞘から剣を抜いて、すぐさま暴れていた魔物猫の首を刎ねた。
「ありがとね、リムフィ君。逃げないでいてくれて。たまに逃げちゃうのもいるからさ」
「僕にできることなんて、これくらいしかないですし……」
「これからこれから。おっと、魔物の死体処理をしとかないとね」
僕たちの周りには、巨大な猫の首なし死骸が2つ。緑の森に塗りたくられる赤い血が臭いを発し始めた。
「リムフィ君、魔術の心得はある?」
「……すいません、さっぱりです」
心得があっても使えない身体してるんで、スイマセンと更に心の中で。
「なら私がやるね。まとめてやっちゃうから、死骸は全部この辺に集めてもらえる?」
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