18話 ミミカとダーリア

 きっと今の魔術は、あの死体どもの動きを停止させる効果があったのだろう。これ以上の損害を防ぐために、攻撃行動をやめさせたと見た。死体に白旗を上げさせたのだ。


 だが、ミミカが降参したわけではない。むしろ徹底抗戦の構えでいるようだ。

 僕がいることを忘れて、ミミカは部屋から出て行ってしまう。


 僕は身体中に埋め込まれた石を取り除くことにする。石の摘出には、傷口を指でほじくるしかない。激痛だが、最優先で頭と足の石を取り除いた。


「あぁッ……痛くてたまんねー……」


 残った石は身体が治癒するときに押し出されてくるのを待つ、時間はかかるがこれ以上の痛みの連鎖は嫌だ。頭と足は早急に取り除かないと動きに支障をきたすから取り除いただけだ。


 ミミカが出て行って、僕は晴れて自由の身となった。この遺跡から脱出して、街に戻るのが最優先。幸い、この遺跡の内部はかなり単純、迷路的な構造ではなかったから脱出は簡単だ。

 しかしその単純な構造は、ミミカにも遭遇しやすいという事。


 単純なのは一長一短だけど、ミミカに見つかったら全力で走って逃げるだけ。


 身体の調子も戻って来たので、僕はこの部屋を出る。見張り番の死体も、動いたりしないからとても安心。死体なんだからこれが普通なんだけど。


 とりあえず走って外へと戻る。通路は覚えている。楽勝楽勝。

 こんなジメジメした薄気味悪い遺跡とはおさらば。さっさと依頼完了のお知らせをしにいこう。幽霊が根城にしていようが、僕には関係ない。受けた依頼はゴブリン退治なんだから、幽霊までどうこうしようなんてしないぞ。


 そういえば、死体の山を踏んづけて走っていたことに気が付く。僕って罰当たりかな? 魔物の死体だからいいか。


 簡単に物事が運ばない時って、イライラすると思ってた。

 でもこの時だけは、シクシクしそうになった。怒りではなく絶望だ。


 入り口付近で、ミミカを発見してしまった。ミミカの立ち位置的に、入り口から出ようとすれば確実に見つかる。

 さらにそこにはダーリアがいた。ミミカと相対していた。

 僕を助けに来たわけではないだろう。目的地が一緒だったからここにいるだけだ。


「『犠牲こそが収集品カリエークツィア・ジェールトヴァ』を壊したのはユーだァァァな! ふざけんじゃあないの!


 ミミカの怒号。それはダーリアに向けられたものだ。僕じゃない。


 ダーリアの足元には、見張り番をしていたのであろう魔物の死体が、両脚を切断されて倒れていた。それも2体。


短剣ショートソードで壊せるくらいの脆さなら、そのうち壊れてたと思うよ? 別に死体なんだからいいじゃん……ていうか君は何者? 半透明なんだけど?」


「2人も壊しておいてその態度は何なの! その魂の汚さが尋常じゃないからか! 殺し慣れてるからなの!?」


「魂が汚いって、それは初対面の相手にはひどいよ? ていうか、私の質問に答えてよ」


 存在自体がぶっとんでる女の子たち。殺人鬼と幽霊の喧嘩に巻き込まれるのは勘弁願いたい。どっちの味方をしても、ロクな目にあうことはないとわかる。


「あ、リムフィ君。そこにいたんだ」


 ダーリアの馬鹿野郎。僕を見つけてさらに呼びかけてくんじゃない。面倒くさいことに巻き込まれるのが確定したじゃあないか。


「あぁ!? リムフィ・ナチアルス! 逃げようとしたな!」


 ミミカにももちろん発見される。ダーリアへの怒りプラス僕への怒りも追加されたようだ。怒りなんて感情は、ダーリアだけに向けていればいいのに。

 全部ダーリアが僕を呼んでくれたせいだ。見つけてくれなくてよかったのに。見つけてくれても声をかけてくれなければ、ミミカに気が付かれずにこっそりと逃げられたかもしれないのに。


 さて、この局面に僕はどうしようか。


「リムフィ君、この半透明の女は何者? 明らかに人間ではないようだけど……それにゴブリンがいないのはなんで?」


 ここでダーリアを見捨てて逃げるという選択肢。これからダーリアが僕にもたらしてくれる幸を考えれば、見捨てるという選択はまだまだとれない。ダーリアからすれば見捨てたいだろうが、張り付いていてやる。


「この女は魔物だ! ダーリア、何とかしてやっつけて!」


「誰が魔物だこの野郎! ユーは女の子を魔物扱いして恥ずかしくないの……!?」


 いきなり、ダーリアによるナイフの投擲。

 実体のある人間ならば確実に胸部に刺さっていただろう軌道。

 しかしミミカは降り注ぐ石を無視できる、実体のない存在。


「……やっぱ半透明ってことは幽霊の類か、こういうのは通用しないってのが鬱陶しいよ」


「不意打ちするとは恥知らずなの! やっぱり薄汚い魂の持ち主にロクな奴はいない!」


 激昂に激昂を重ねて、ミミカは叫ぶ。ロクな奴じゃないと言われたダーリアも、イラついている様子。これはキャットファイトの希望はないと断ずるに迷いはない。


『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ……』」


 ミミカの口が、魔術のための呪文を紡ぐ。

 僕のことは視界に入っていないようで、ダーリアだけを見ているようだ。


 僕はこっそりとミミカから離れる。ダーリアの攻撃に巻き込まれない位置まで逃げる。ダーリアの直接攻撃はないが、余波を喰らう可能性があるからだ。


『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ』」


 僕は離れたのをみて、ダーリアも魔術の発動準備にかかった。僕が射線上にいると呪いにより攻撃ができなくなる恐れがあった。


「『『闇よチェノムター 輝きをスヴィルカーチ……』」


 ダーリアは対抗するつもりなのだろうが、先に呪文の詠唱を始めたのはミミカだ。早撃ちではダーリアの敗北が確定している。


「『光よスヴェート 放つ衝撃でシーリヌィ・ウダール』」


 両者の前、空間に幾何学模様の円、魔法陣が出現。


「『残さず奪えアグラブリェーニエ!』」

「『爆風を起こせヴズリィーフ』」


 ミミカの魔法陣からは暗闇の腕が。

 ダーリアの魔法陣からは光の爆発による柱が。

 ――同時に炸裂する。


 ぶつかりあう闇と光は混じり合い、はじけた。

 その瞬間に両者の魔法陣ごと、どちらも消滅してしまう。


「なんで!? ミミカのほうが先に撃ったはずなの!? どうしてどうして『暗黒の腕チェノムター・ルカー』が消えちゃうの!?」


「早撃ちでは負けたけど、私くらいになれば後出しが有利にもなりえるよ」


 ミミカの驚きは僕の驚きでもあった。そしてダーリアの発現にビビるのも同じ。ガンマンの早撃ちの理屈では、ダーリアは計れないらしい。

 早撃ちなのに、後出しで対応できるというのは、インチキとしか……。


「君が闇の魔術を使うなら、こっちは光で対抗させてもらうよ。悪霊を払うのには聖なる光が最適だと思うし、このまま魔術勝負と洒落込もうよ」


 あれ? もしかしてダーリアって普通に強い? 

 そういえば、『魔狩り』のランクも『4』だし……僕ってかなりの逸材を眷属にしてしまったのだろうか?


「今使った光の魔術、『爆光ヴズルイフ』は本気じゃないから、気を付けてね」


 いかにもな強者のセリフに、僕は頼もしさと小さな罪悪感を覚えた。なんか、僕には釣り合わなくねって今更思ってしまったり。

 でもこんな人が殺人鬼だっていうなら、僕の眷属にしてもいいと思います、いいってことにします。

 助けてくれるし。

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