15話 ゴブリン狩りのホラー

 食事に関して。

 どうやらネリアス教の人々はベジタリアンが多いらしく、それが影響しているかこの宿の料理に肉や魚は一切なかった。凄まじくヘルシーな料理を夕食にいただいた。

 いや、美味しいけど……個人的には物足りない。せっかくの食事なら、美味らしい魚を頬張りたいところだった。

 ちなみに朝食もヘルシーでした。


 宿について……というかネリアス教について。

 部屋に女神像みたいなのが沢山あるのは別にいい。ちょっと不気味だけど寝るだけなら気にしない。宗教は個人の自由。宿屋の信仰をとやかく言うつもりはない。

 でも、個人的にイラッときたのは教会の鐘の音。うるさすぎて朝5時に叩き起こされた。


 もっと寝かせろ。宗教は個人の自由なんだから、朝に僕まで巻き込むな。鐘なんて使わずに信徒が勝手に起きればいいじゃないか。


 別に目覚ましに使っているわけではないのだろうが、そう思いたくもなるほどうるさかったのだ。


 そして朝早くに起こされて見る微笑んでる女神像が妙に腹立つ。相手は女神さまだけど腹立つ。不謹慎とか知らん。


 ……なるほど。これがダーリアが嫌がった理由か。


 納得しつつ、僕は宿を出る。ダーリアと待ち合わせしている教会まで歩く。朝食を食べた後の軽い運動には丁度いい距離だった。


「……約束って8時だったよね?」


「私は人を待たせるのが嫌いなんだよ。約束の30分前には行動するのが私なりのルールなんだよ」


 現在、7時半頃。ダーリアはずいぶんと律儀だとわかった。これが今まで外面を良くしてきた人間の行いらしい。人に好かれるために努力してる奴は違う。


「じゃあ、目的地まで行くよ。さっさと片づけるよ」


 僕が彼女の本性を知っているからか、彼女は僕に好かれようとは思っていないようだ。それもそうだけど、そうあからさまに態度に示されるとムッとくる。


「ねぇダーリア、ゴブリン狩りの作戦とかあるの?」


「……君の不死身を利用すれば効率的に狩りができるよ、やってくれる?」


「……囮役は絶対嫌だ、見捨てられるかもしれないし」


「一応、私は教育者な立場なんだから見逃したら世間体が悪くなるでしょうよ。そんなことはよっぽどじゃない限りはしないよ。それに、囮にするにしても君の不死身がどの程度なのか謎だから、そういう作戦が立てにくい」


「あぁ、そうだね。まぁ僕の不死身度を僕の口から教えるつもりはないけどさ」


 言えば、間違いなく対抗策を練られる。だからダーリアには絶対に不死身的なシーンを晒したくない。情報をびた一文も与えたくない。


「僕が不死身だってこと、誰かにチクって協力者でも募れば?」


「信じてもらえると思う? もしそれやって、君に知られたら報復をするんでしょ?」


 お互いに秘密を握っていて、がんじがらめになってるような気がしないでもない。誰かにチクられたと思った時点で報復するつもりなのは、僕もダーリアも一緒なようだ。



 そんな話をしながら、森に到着。森なんてどこも大体一緒だろうと思っていたけど、細部はちょっとずつ違うもんだ、見たことない草花がちょくちょくある。動物も前の森よりも見かける。


「遺跡までゴブリンはいないのかな? それなら楽でいいんだけど」


「前に教えてあげたと思うけど、遭遇エンカウントはランダムなんだから油断しないほうが身のためだと思うよ。助けられる保証はないわけだから」


「……アンタの保身のために助けてくれるんじゃなかったの?」


「どうしようもない場合は、すぐ見捨てるよ。まぁ、今回はゴブリンだからどうしようもないってことはないだろうけど」


 怪我しても治るなら、君を積極的に守る必要もないしね。

 そう言われてしまう僕は、不安でいっぱいになる。戦闘力を見込んでダーリアを引き入れているのだから、守ってもらえないというのはよくない。


「守らないとアンタの正体、言いふらしてやるから。あることないこと適当にぶちまけてやる」


「……ケッ」


 ダーリアは周囲からの評価をとんでもなく気にしている。たとえ信じてもらえなかったとしても、そういう噂が立つのはダーリアも嫌だろう。

 ……趣味がやりにくくなるからね。


「……標的ターゲット発見したよ。どうしたらいい?」


 ダーリアがそう言うも、僕にはゴブリンを見つけられなかった。ゴブリンは緑色の身体をしているらしいから、緑溢れる森の中では見つけにくい。


 というか、どうしたらいいっていうセリフは僕のモノだろうに。何で僕に問うのか。


「どうしたらって、1匹や2匹なら殺しちゃえばいいじゃん」


「2匹だから斥候か、狩り係だよ。武器も弓と棍棒、やってやれないことはないけど」


「……何を躊躇ってんの?」


「あの弓矢には間違いなく毒が仕込まれてるだろうし、私は君みたいに不死身じゃないから、下手したら死ぬんだよ。だから君が行きなよ」


「嫌だ」


「……最低だよ」


 僕たちの装備はお互いに軽装。目立った防具は急所を守る胸当てと、武器を握るために籠手を着けているくらい。他は鎖帷子とかそういうのを着こんでいるだけ。

 動きやすさ重視。防御力は低いが、当たらなければいいの精神。

 武器はお互いに短剣ショートソードを所持している。扱いやすく、ゴブリン狩りにも丁度いい代物を、グアズ・シティにいる時に見繕ってもらった。

 武器や防具の支払いはダーリア持ち。出世払いで返すかも。


「じゃあ、やってくるよ」


 ダーリアはゆっくりと標的ターゲットに忍び寄っていく。彼女の向かう先を見てようやく僕もゴブリンを発見できた。


 ダーリアの武器は、片手で持つための武器である短剣ショートソードにナイフだけ。こちらも動きやすさ重視で、一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイのための武器だと思われる。


 ゴブリンたちに気が付かれることなく、ダーリアは忍び寄っていく。屈んだまま、茂みから身体を出さないようにゆっくりと。


「ガグガ、ギズガグゲゾ」

「ザザッゲゴ。ゲジガゴ、ザガグゴザガゲズ」


 ゴブリンの……言葉か? 何を喋っているのかさっぱりわからない。知能は人間の幼児並みにしては、頭が良さげだ。


 でも、その会話は日常的な会話だったのだろう。危機が迫っていることをお互いに確認し合っていたとか、そういうのではなかったらしい。


「ゲズ……ッ!?」


 ダーリアは自身の間合いに入った瞬間に、一気に姿を見せる。

 そして1匹のゴブリンの首を横薙ぎ一閃、打ち取った。


 仲間が目の前で殺されて、驚いているゴブリンに、ダーリアは怒る暇すら与えない。

 剣をゴブリンの胸部に突き刺し、内臓を抉るようにして引き抜いた。


 2匹はあっという間に絶命。やっぱり強いやダーリアは、惚れ惚れしちゃうな。

 僕は安心しきって、ダーリアに駆け寄ろうとする。


「……リムフィ君ッ! 後ろ!」


 ダーリアがそう警告してくれたのは、耳に届いた。ほぼ敵みたいな関係なのに、そういう警告をしてくれるとは優しいじゃん。


 何かが僕の身体を、丸太のように太い腕でがっちりとホールドする。

 力が強くて抜け出せない、強すぎて骨が何本か砕け散ってる。


「ダー……リア、助けッ!?」


 僕が力を振り絞ってそう叫ぶ。ダーリアにこの声は届いているはずだ。まだ近くにいるんだから。

 でもダーリアは硬直していた。僕を拘束している何かを黙って見ていた。

 そして僕の顔をみて、口を開く。


「リムフィ君、予想外の事が起きたよ。見捨てるかも」


「ふざけっ……ないでッ!?」


「君を捕えてるのは、どうみてもオーガ……のはずだけど」


 その口調から予想するに、ゴブリン狩り中のオーガ出現には、あまり驚いてい無いようだ。予想外のことが別にあるようで。


「それ……絶対に死んでるんだ、首から上がないもん」


 そうダーリアが言うものだから、痛みで叫びたくなる衝動を抑えて、僕はホールドしてる犯人の顔をみようとした。


 ダーリアの言う通り。巨大な緑色の身体はある。しかし、首から上にあるはずの頭がなかった。オーガなのだから、僕にだって普通はあるって予想はつく。


 こういうホラーは求めてないぞ。

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