16話 過去と寄り添える幽霊

 僕はただ、このファンタジーな異世界をそれなりに満喫して、不自由することなく楽に生活したいだけなんだ。スローライフしたいだけなんだ。前世でブラックな営業やってたんだから、もう辛いのはこりごりなんだ。楽したい。


 僕の願望は割と強欲だとは思うけど、こんな生きる屍リビングデッドに拘束されるほど罰を与えられるような願望ではないと思う。


「ダーリア……! 助けっ……!?」


 助けを請おうとした瞬間に、僕を拘束している腕の力が増す。そのせいで最後まで言葉を発せられない。


「あー……助けたいのは山々なんだよ。でもその魔物はあまりに奇怪すぎてさ……普通に斬ってみてもいいものかな?」


 構わないからはやく斬って、僕を助けてくれ。他力本願万歳な僕に意見を求めるんじゃあない。僕は意見なんて持たないぞ。


「……とりあえず、対処法を考えようよ。それが君を助けるのに一番の近道だと思うよ。遠回りかもしれないけど、確実に君を助けられるように策を練ろうよ」


「助けるの渋ってんじゃねぇ!」


 僕がそう怒鳴った直後に、生きる屍リビングデッドはダーリアに背を向けて走り出した。僕を抱っこしたまま。


 どすんどすんどすんッとまったくなっちゃいない走法であるため、抱っこされてる僕は凄まじく揺さぶられる。吐きそう。


 この死体が走り出してから、数分経過。

 まさかのゴブリンの巣窟である遺跡に到着。死体と目的地が一緒とは驚き。


 遺跡はドームのような円形状の建造物だった。もっとお城みたいなのを僕は想像していたからちょっと残念。


 結局、ダーリアは僕のことを助けようとしなかったな……。追ってきてもないようで。

 まぁダーリアの目的地もここだし、いずれは合流できるはずだ。


 オーガ生きる屍リビングデッドは僕を、遺跡の入り口から中へと投げ入れてくれた。地面を身体全身でこすった。ヒリヒリして全身超痛い。


「……あぁ、なんて最悪だ」


 思わず口に出てしまう光景が、遺跡の奥には広がっていた。

 遺跡の中は松明が至る所にくっ付いていてそこそこ明るい。そのおかげで最悪をみた。


 標的ターゲットの魔物、ゴブリン。そして標的ターゲットでない魔物どもが僕を出迎えてくれた。魔物の種類は色々で、僕の知識にないヤツばかりだった。


 それだけなら絶句するだけだろうが、絶望が喉を通って口から出てきたのならば、さらなる最悪がある。


 僕を出迎えてくれた魔物ども、その全てが生きる屍リビングデッドだったのだ。


 頭を潰されて脳漿が垂れ下がってる魔物。内臓を引き摺っている魔物。僕を運んできたヤツと同じように、首から上がない魔物。

 死に用は様々だったが、凄まじい腐敗臭はどれも同じだった。鼻が曲がってしまいそうだし、何より目に良くない光景だ。


「なんて最悪……なんて寂しいことを言わないで。こちとら長年こういう死骸の中で生活しているの……」


 遺跡の中は広く、入り口すぐから大広間のようになっていた。

 どっかの体育館かよ、とか今思うべきでないようなことを考え、現実逃避していた矢先に、女の声。


「……誰? どこにいる?」


 僕の目の前には死体の群れ。後ろにはオーガのデカい死体。

 女の声がするような生命体は存在していなかった。


「ここにいるの……気が付いて欲しいの……」


 僕の目前、ぼんやりと白いボヤが出現する。そしてそのボヤがどんどん人の形を成していく。そのうちに完全な人型になった。


「……幽霊?」


 僕自身、とても冷静に物を見ることができたと思う。こんなこの世から離れた現象を眼にして、至極真っ当な発言ができるとは思ってなかった。もっと僕、驚くと思ったから。


 何故、冷静でいられたのか?

 答えは簡単、幽霊らしき何かが可愛らしい女の子の姿をしていたからだ。

 黒髪ショートヘアのぱっつんな感じの髪型で、癒し系の童顔。背丈は小さいのにナイスバディな女の子。

 可愛い女の子ならば、心霊現象だとしても僕は甘んじて受け入れる。


「そういうヤツとは少し違うの。一応、こんにちはだね」


 僕は自分の眼で見たものしか信じたくない質だったが、見ても信じたくない現象があるとは思いもよらず。

 腰に帯刀していた短剣ショートソードを引き抜いて、女の霊の脚部を何となく斬ってみる。幽霊には脚部がないというのが、一般的だからあるのは不自然に思えたからかもしれない。何となくだから、これといった理由は正直ない。


「……いきなり剣を振ってくるとは予想してないの」


 困ったような表情を浮かべて、幽霊女は僕を見つめる。

 剣を振ったものの、手ごたえは全くない。空振りしたかのようだった。幽霊の脚部は一瞬だけぼやけて、すぐに元に戻った。


「ユーの名前を、教えてほしいの」


「……幽霊に名前を教えたら不吉なことが起こりそうな気がする」


「呪ったり、祟ったりする技は持ち合わせてないの。まぁ、リムフィって名前しか知らないから、姓を教えてほしい」


 なんで知ってんだよ。幽霊に知り合いはいないはずだ。そもそも知り合いがそんなにいないはずだ。ちょっと寂しい?


「リムフィ……」


「一応言っておくと、魂の揺らぎで嘘はわかるから」


 魂の揺らぎとか、さも当然のように知らん表現を使わないでほしい。幽霊の業界では一般的なのだろうが、こっちは生きてる人間だ。わかるように言えってんだ。


「……ナチアルスだよ、幽霊女」


「ナチアルス……おぉ、もしかしてグラミルム・ナチアルスの息子さんか何かなの?」


「え? もしかしてお知り合い?」


 育ての親が幽霊と知り合いという、あまりにもあんまりな偶然。グラミルムというジジイの名を幽霊の口から聞くとは。


「魔術研究所で一緒だったの、理想が違い過ぎたから、研究は別々だったけど……まさか子供がいたなんて思わなかったの……私が死んだときにはいい歳して独身だったはずだけど……結婚してたんだぁ、へぇ~」


 昔を懐かしむように語る幽霊女。実に反応に困る。


「……あのジジイは結婚してないと思う。俺は実の息子じゃないし」


「あれあれ? そーなの……じゃあ、養子ってことは……実験動物だったわけだね」


 ふざけたモノ言いをする。気に入らない。


「言い方あるだろ。その通りだけども」


「ウフフ、一目見た時からその異様なオーラは興味があったけど……グラミルムの実験動物だったとはね……ワクワクするの」


 この幽霊女からは、ジジイと同じような印象を受ける。どことなくジジイと同じようなマッドな思考があるような気がする。


「リムフィ・ナチアルス……ユーがネイスに来た直後からずっと監視してたの……その異常なオーラに一目惚れしちゃった……魔物と人間のオーラがごちゃごちゃしてるんだもん、調べさせてもらうの」


 だもん、なんて可愛らしく言っても無駄、幽霊にドキッとするものか。

 考えうる限り、最悪の一目惚れをされただろう。

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