9話 ダーリア・モンドという女

ダーリア・モンド。

 『4』の位を持つ腕利きの『魔狩り』である。

 彼女が何のために『魔狩り』などという危険な仕事をしているのか、知っている者は誰もいない。彼女は自分を語らない。仲のいい奴らにも、決して自分のことを話すことはない。不思議な女性。


 それでも誰からも頼りにされていた。信頼と信用は普段の行いで勝ち取れる。

 ダーリアという女は、その信頼と信用を何よりも大事にしていた。


 ……彼女が『魔狩り』をする理由。それはきっと、信頼と信用を得るためだろう。


 ――これが彼女の真実である。




 僕はダーリアさんを探していろんなところをうろついていた。決して邪な感情はない、とは言い切れないけど、ストーカーではないと思いたい。

 世話になってる人にそんな……ねぇ。ストーキングなんて最低だよ、男としてねぇ。


 ていうか、どこにもいない。


 『連盟本部』で別れて、ほんの数秒だったのに発見できない。ダーリアさんが出て行った後、すぐに僕も『本部』から出たんだから。ダーリアさんが出入り口から猛ダッシュして離れたとしても、まだ近くにいると思ったのに。


 そんなに急ぎの用事でもあったのだろうか? あの態度で急ぎの用事があるとは到底思えない。眠たそうな感じだった。もしや演技?


 そんな演技する意味ないな。眠いって演技をして何になる? 僕のことを追っ払うため? 何のためだよ。


 ……変な推理をするのはもうよそう。考えるのは得意じゃないし、慣れないことはしないのが僕の人間性。

 そんな急ぎの用じゃないし、そもそも追ってまで聞きたいことでもない。寝床の話なんて今日我慢して、明日聞けばいいだけだ。


 僕も寝よう。今日は疲れた。初めてのお仕事、何も役に立っていないとはいえ疲れた。精神的にクタクタだ。


 牧場は……あっち。『本部』に一度戻るようなルートしか知らない。近道があれば使うけど知らないし。迷うよりは戻る。


 本部に戻ろう考えたその時だ。僕はなんとなく、近くにある空き家が目に入った。


 店があったんだろう。古ぼけた看板がまだ残ってはいるが、誰もいる様子はない。夕方で薄暗くなってきて、その空き家から妙にホラーな雰囲気が漂っていた。

 できたてホヤホヤの幽霊屋敷みたい。あるわけないけど、とにかくそんな感じ。


 目に入った、見た。何故に見たのかと問われれば、何となくとしか言いようがない。空き家って、なんでかわからないけど気になっちゃう。


 何となく見ただけ。

 だから見るのをやめる、やめようとしたら中でガラガラガシャンと物音がしたからビックリ。不意打ちの物音。


 ……誰かいる?


 ……どうせ空き家。少しくらいチラ見していっても怒られるくらいで済むかな?

 こういう発想は元の世界にいる時なら迷惑野郎だけど、ここはもう違う。ちょっとならいいよね。


 空き家は二階建て。一階が店舗で二階が居住空間のようだ。ありきたりと言えばありきたり。まぁ二階が店舗って、そんな訳わからんとこないよね。


 何のお店だったのかは、よくわからない。看板には骨董品とか書かれているが、すでに品物はなくなっていた。


 こっそりと店内に侵入する。周りに人はいなかったはずだから目撃はされてない、と思いたい。がっつり泥棒スタイルで入り込んだから。


 店内をキョロキョロとみていると、上から物音が聞こえてくる。

 

 ……人の足音。規則性はなく、まったくのランダム。踊りでもしているのかと思えるほどに不規則な音。間違いなく人がいると確信できる音だ。


 心臓が破裂しそうなほどにバクバクしているけど、それ以上に怖いもの見たさというか、そういう好奇心が僕を動かす。好奇心猫を殺すとかいう諺は嘘っぱちってことにして忘れよう。


 ギィギィと軋む階段を上がって、二階。上がってすぐの扉から、また物音が聞こえてきた。


 人がいる。一人じゃない、二人いる……ような音の種類と量。

 暴れているのと、抑えつけようとしているのの二人……想像が飛躍しすぎか? でも子供が遊んでいるような微笑ましい音ではない。


 僕はゆっくりと、扉を開ける。迷いはなかった、何があるのかをみたいという欲望が僕から迷いを捨てさせた。



 扉を開けたその部屋には

 ――ナイフを、まだまだ幼い少年の胸部に突き立てて、その少年の身体を愛でるように撫でているダーリアさんの姿があった。


 見なきゃよかった。今すぐ回れ右して立ち去りたい。

 でも、ダーリアさん周辺の惨劇が僕の眼を釘づけにしていた。


 血に染まる床。少年の胸部に突き立てられているナイフ。きっと一撃で心臓を貫いたのだろう。返り血がほとんどない。ただ床に血が流れているだけ。


「……リムフィ・ナチアルス君、ここでなにしてる?」


「は……? いや、その……」


 ダーリアさんはとても凛々しいクールビューティ。でも冷たい訳ではなく、しっかりと僕のような新人に仕事を教えてくれる優しさのある人。


 僕と出会って……確か2日目くらいだった。昨日会ったから、2日目であってる。

 2日間しか付き合いはないが、それなりに優しい人であるという事はわかっていたつもりだった。仕事だってご一緒したのだ。僕を気にかけてくれていたと思う。


 その人の声とは思いたくないほどに、冷静。冷徹。声色が違い過ぎる。


「リムフィ・ナチアルスくん。もう一度聴くよ……ここで何してる?」


「いや……えっと、物音がしたからちょっと気になって……」


「物音? あぁ、抵抗された時のか……不覚だったよ、まさかこんなことになるなんて……何が起こるかわからないよ」


 少年からナイフを抜き取り、そのナイフの刃に付いた血を舐めるダーリアさん。僕はそんな異様な状況を飲み込めなかった。たじろいでしまう。


「見られたからには……始末しなきゃダメだ。リムフィ・ナチアルスくん、君はここで死に失せてもらうよ」


 刹那。僕の眼にはまったく何が起きたのかわからないまま、事が終わった。

 ナイフが、僕の喉元に突き刺さっていた。


 ダーリアさんはその場から動いていない。倒れている少年のもとで和やかに座っている。なんでこんな状況でそんなに落ち着いていられるのか不思議でならない。


 ダーリアさんがナイフを投げたという事実を知った時には、僕の喉元から血が滴っていた。


「あッ……!? がはッ……!?」


 痛い。とてつもなく痛い。喉仏がナイフの刃に押しのけられている、真っ二つ。後頭部まで貫通はしていない、ただ刺さっている。


 呼吸が、できない。


「……まったく、冗談じゃないよ。久しぶりだったのに、邪魔をしてくれたよ君は。久しぶりだったから、手際が悪かったのかもしれないけど……まぁそれはいいや。普通に不法侵入は許せないよ? 泥棒野郎」


 じゃあ、アンタはなんなんだよ。その少年のストーカーか?


 というツッコミを入れたいところだがそれどころじゃない。このままじゃ息苦しくてたまらない。はやくナイフを取り除かなくては……。


 死なない身体に感謝してる。ありがとう僕の身体に混じってる怪物よ。


「あッがァァァ!」


 痛いのは我慢。麻酔なんて頭の中で考えれば溢れると思い込みながら、僕は喉元のナイフを一気に抜き取った。絆創膏を引っぺがす時とは段違いに痛い。


「……やっぱり、どうにも久しぶりで感覚を忘れてしまったようだよ。標的ターゲットにも抵抗されるし……目撃者を一発で仕留めそこなうし……やはり日頃から我慢することは身体によくないよ。直接刺して発散しないと」


「ちょ……待って!」


「喉を刺したはずなのに喋れる? 私の腕のなまりが極まってるみたいだよ。声帯くらいもやれないなんて」


 喉の損傷はナイフを抜いた瞬間に完治したけど。

 正直、今だに僕はこの状況が飲み込めていない。ダーリアさんはこんなところで何をしていて、僕はどういう状況の時に踏み込んでしまったのか? なんで襲われてるのか?

 詳しく聞きたいけど、ダーリアさんは聴く耳持ってそうにない。


 ダーリアさんは立ち上がって、手首をコキコキ鳴らし始める。僕を見据えながら。敵として認識されてるのはもうわかった。


 僕が両手を前に突き出して「ちょっと待って!」と必死になる。止まってくれないとまた痛い思いするから。

 でもダーリアさんはお構いなしなようだ。ズンズン近づいてくる。


 僕の横を通り過ぎたと思ったら、僕は床に転がされていた。


 ダーリアさんのアクションが全然見えない。ノーモーションで僕は転がされたらしい。

 転がされて頭を打って、ダーリアさんが僕の顔を覗きこんで、ああそういう感じで転がされたのねって理解した。


「ねぇ! 待って話をしたいな! ダーリア・モンドさん!」


「『扉をドヴェリ 解放するアスヴァジェニエ 敵をヴラーク……」


 このよくわからない言葉の羅列は記憶に新しい。

 僕は見たことのある、魔物の魔力を元の場所に戻す魔術しかしらない。それ以外はどんな魔術があるのかよくわかっていない。

 でも、こういう状況ならピンとくるというか。


「もしかして攻撃の魔術ッ……!?」


「『魔力でミアズマ 浸蝕しろエロ―ジャ』」


 呪文を唱え終わった直後、僕が寝転がっている床に幾何学模様の丸い小さな円が出現する。

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