26話 異常事態
僕たち三人は、あの空に広がる炎に対抗してやろうだなんて勇者的な考えは起こさなかった。全員が痛い思いをしたくない、死にたくないという思いのもと、僕たちは走った
こういう時に一致団結できることは、たぶん喜ばしい……喜ばしいってことにしておく。
何とか無事に、ふもとまで降りてくることに成功。
空の炎は結局、最初ほど急激に広まることはなく僕たちはあっさりと逃げ切ることに成功した。気まぐれな炎で助かった。
走るのに夢中で僕は気が付かなかった。
そして気が付かなかったことがもうひとつ。
トロールのこと。そういえばどうなったのかと、ダーリアに聴こうと思ったが、僕たちの後ろに姿が見えた。まだ森の中、いつの間にか追い越していたらしい。
僕たちのもとへと一心不乱に走ってくる。醜い魔物が、ベトベトした汗のようなモノを垂らしながら。不快感マックスだ。
このままスルーすれば街へ直行だろう。この何もない山のふもとで殺しとかないと後で苦情を言われそうだ
「ダーリア、やっていいと思う? 問題ないなら、やって」
「あの魔物が人の言葉を話せるっていう奇跡が起こるって可能性は捨てきれないと思うけど……?」
ダルいなら素直にそう言え、と思ったり。
「トロールってのは喋ったところで、僕たちに理解できない。根気よく僕たちの言葉を教えていけば、いずれは意思疎通が可能になるかもしれないけど、僕にはそんな根気ないし……正直もう、あのトロールの未来に希望はない、だからもう殺していいでしょ」
殺すということに特化した『魔狩り』のハイスペック女戦士ダーリア。
ダーリアは腰に下げていた
何度か使っているということは、ダーリアお気に入りなのだろうか?
それともナイフの持つ感覚に近いから扱いやすいみたいな理由だろうか?
真偽を聴く気もないから、この疑問は特に解明される予定はない。
トロールが走り、ダーリアの間合いに不用意に踏み込んだ瞬間。
トロールは自らの愚かさ全てを後悔しただろう。
身長が届かないから少しジャンプして、そのままバスケのダンクシュートを放つかのように、トロールの脳天に剣を突き刺した。そしてトロールのふらつく身体を思い切り蹴って、ダーリアは離れる。トロールは力なくその場に倒れこんだ。
弱点をすべて理解しているかのような的確かつ素早い攻撃。素人の僕が美しいと思えるくらいだから、相当に洗練された技なのだろう。
「ミミカ、トロールからの
「使えるの」
ダーリアは倒れたトロールから剣を引き抜く。ズポッという血の音が生々しい。
「私とリムフィ君は街へ戻る。命令する、トロールが残した
「……逆らえねぇってのが本当に苦痛なの」
魔術の影響はミミカにどうすることもできないようで。
ダーリアによる完全服従はしばらく続くだろう。
ご愁傷様です。心に澄んだ風を吹かせてくれてありがとう。
「さて……これからどうしようか?」
ダーリアは剣を少し振って血を払い、鞘に納めた。
ミミカを置いて、僕たちは歩きながら考える。山のふもとから街までは少し歩く必要がある。
これからのことなんか考えちゃいない。僕に聞いて何か得すると思ったら大間違いだ。
「あの炎は今でも空で広がってるだろうね。私達が逃げてるときも、じわじわと広がってたし……。ニアマギノの街の空を覆い尽くすのも時間の問題だよ」
「ふーん……ならこの街から逃げよう。あの炎が害悪だっていうなら、今すぐにでも」
「私達だけ?」
「当たり前じゃん。避難誘導なんて面倒なことしたくないし」
見ず知らずの人々がどうなろうと知ったことではない。所詮はお互いに他人、むこうも僕たちを信じないだろうし、説得するのは手間だ。
「ミミカも賛成なの~。あの炎は気になるとこだけど、危険なら逃げる一択なの」
トロールの後始末が終わったのか、僕たちを追ってきたミミカも会話に参加しようとする。しかしダーリアはミミカの言うことを無視。僕もそれに便乗して無視する。
「そう言うと思ってたけど、私的には反対だよ……君たちと同じで、あの炎をどうにかしようっていう気はないけど」
あぁ、評判が気になるか。
ここにいたのになんで住民に避難をさせなかったのか、という責任を問われそうだ。そんな気がする。
「ダーリアは評判のために死にたいのか? 趣味のために良い人を演じなきゃいけないのはわかるけど、演じてる時に死んじゃったら本末転倒じゃない?」
「うーん……君が今までで一番まともな説得してることに、動揺してるよ私」
確かに、脅迫とかそういうあくどい方法抜きで説得するのは久しぶりなような気がしないでもない。やったことがあったかも記憶にない。
「見て見ぬフリして、そそくさとグアズ・シティに帰るのが最上な気がするけど、僕は」
「馬車の御者にどう説明すんのよ? なんかヤバそうだったから住民に内緒で逃げましょうとでも言う?」
「あー……そうだった。いっそのことあの炎がこのニアマギノを包み込んで滅ぼしたりしてくれたら、いい感じに逃げる口実になるのに」
我ながら物騒なことを言っているのはわかっているけど、名誉とか評判とかを守るためにはそのくらい起きてもらわないと困る。
こっそり逃げては『連盟』からの追求があるだろう。
どうやって逃げ出そうかと考えていると、村八分状態にしていたミミカが気になることを言ってきた。
「ねぇ、炎が街まで急に伸び始めたの。もう空一面炎って感じで、結構幻想的かも」
悠長なことを言っているけど、それって僕たちの真上にも炎があるってことだと思うんだよね。僕たち、炎に背を向けて街まで逃げてきたんだから。
「空にあるならまだいいよ。ミミカみたいに飛んでるヤツが被害を受けるだけだし」
「鳥が流れ星みたいに落ちてって面白いの。ホラ、見て」
僕とダーリアは街の中心部のほうの空を見てみる。
確かに鳥だったものらしき物体が、火の球になって街に降り注いでいる。まるで隕石の落下のようだ。
「ひぇー……あれだけでもだいぶ騒ぎになるよね? そのうちどっかから火事の煙が上がるんじゃない?」
「これで異常事態が起きてるってことが私達以外も感知できたってことだよ。君の案である隠れて逃げるってのは、使いにくくなった」
異常事態がもう住民全員に認知された。マギノ山から起きた異常事態だという事がもう完全に理解されている。これなら、最初からあの炎に対処していれば簡単に隠蔽できたかもしれない。結果論かな?
「じゃあもうどうすんのさ」
「この街にいる『魔狩り』と一緒に、力を合わせて原因の究明と事態の収束にあたる……かな、最善策は。他に思いつくなら言ってみてよ」
「……はぁ」
あるわけないじゃん、そんなの。
楽に仕事を終わらせたかったのに、また変なことに巻き込まれてしまった。つくづく運が巡ってこない。
こっそり逃げるという案も、この異常事態ではやりにくい。できたとしても、その後がかなり面倒になる。
責任とかクソくらえだ、そんな概念無くなってしまえばいいのに。
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