29話 悪炎の王
頂上で何が起きているのかは僕にはわからない。ここからではさっぱり見えない。この岩場は障害物が多くて視界があまりよくないのだ。
しかしもう逃げたほうがいいなという現象は、はっきりと見えた。
空に広がっていた炎が集まって、空まで伸びる柱となり雲を裂いた。頂上ではどうなっているのか気にならなくもないが、見に行こうなんて気は起きない。もちろん助けに行こうなんてことは考えもしない。
僕は少しでも遠くへ逃げるべく走り出そうとした。
だがそれは叶うことはなかった。
「――ガヒッ!?」
僕の頭部が、消えてなくなった。消滅……いや焼却されたのだ。熱さでわかる。
いきなりのことだったので、僕は前のめりに倒れてしまう。
頭がなくても意識だけはある奇妙な状態。好きじゃない。
「――ぷはッ……!?」
即座に頭部復活。スライムのようなデロデロした物質が僕の頭をすぐに再生、構築してくれる。不死身にしては気持ち悪い再生の仕方だと思うけど、文句は言えない。
頭をいきなり焼き消されるような場所はさっさと離れるに限る。
たぶん頂上では、集結した炎と皆が何かしているのだろう。空にあった炎はすべてきれいさっぱりなくなっている。残念なことに曇り空、暗雲というやつだ。
「待ちたまえ、そこの金髪の少年」
ダーリアでもミミカでもない、本当に聞き覚えのない声。聴き慣れないとかではなく、本当に知らない人の声だ。かろうじて幼女の声に聞こえるけど、威圧感が凄まじい。
山の奥深く。こんなところに、こんな状況下で人がいるということが信じられない。
だから幻聴ってことにして逃げ出そうと試みる。もうさっさと離れたい。
「待てと言うとろうが」
ボウッ……といきなりの火炎が、僕の両脚を焼却した。もはや熱いという当たり前な感覚などなく、気が付けば脚がなくなっていて、下半身のほとんどが焼け焦げていた。
「あっばああああああああああっ!?」
「お前も彼奴らの仲間なのだろう? 脚を無くしたくらいで騒ぎ過ぎだ」
後から来た痛みに悶えている人間に、どんなことを言おうと耳に入るものではない。かろうじて仲間とか聞こえたけど、意味を考えられない。
数秒後、脚は元通りに再生する。頭が再生した時と同じように、スライムのようなネトネトしたゲルが僕の脚を形作る。
何故か、元通りに形作られると痛みは消える。あまりに大きなダメージの場合は痛みすら感じないのが僕の身体だ。人間って不思議。
「なんだお前……? 気持ち悪い」
「率直な感想は傷つくだろうがオブラートに包め! つか、どこに居やがんだテメェ!」
さっきから姿をみていない、勇ましすぎる声の暫定幼女。燃やしてるのは十中八九この声の主だろう。
人間業ではない……魔術を考えれば充分に人間業の範疇か。とにかく誰だこんな外道な真似をするヤツは。
「我はここにいる。見えないのか?」
見えないと文句を垂れそうになる瞬間に、僕はソイツの姿を観測した。
ソイツは僕の真正面にいつのまにか現れていた。僕の瞬きが出現条件なのかと問いたくなる現れ方だ。
「我は、悪炎の王ヴォルノ。魔界を統治する魔界五王の一角である」
普段の僕なら、マジ存じ上げねーよ……とか思うだろうけど、僕はその前に彼女の姿に見惚れてしまった。
白い肌に空色の美しい髪をツインテールのようにしていて、瞳もブルー。存在そのものがサファイアのような幼い少女。
そんな涼し気な雰囲気の少女が纏っているのは、轟々と燃え盛る青色の炎。それを当然のように着ているのだ。
肉のドレスは聴いたことあるけど、炎の服なんて知らない。しかも巫女装束を小さくまとめたような服だ。ファッションセンスぶっ飛び過ぎだろ。
「さて、姿を現してやったのだから……お前の正体も教えてもらおうか?」
「……あっはい、リムフィです。リムフィ・ナチアルス」
「名などどうでもいい」
ヴォルノと名乗る悪炎の王様は、青色の炎を僕の身体に鞭のようにして叩きつけた。
当たり前だが、僕の身体は耐熱ではないので、炎の鞭によって袈裟切りにされた。
「ぎゃあああああッ!?」
数秒後、面積の多い方……つまり僕の右半身と下半身がくっついたほうに僕の左半身と頭部が再生する。
丁度半分になるように斬られたらどうなるのか、ジジイ曰くランダムで再生するらしい。
もう新しいのができたので、地面に転がっている僕だったモノは溶けてなくなった。
「うわ……魔界のスライムだってもっと可愛らしいのに……お前の再生はゾッとする。身の毛がよだつな。感じ取れるお前の魔力も気味が悪い」
「比較対象がわかんねーよ、アンタ何者なんだ」
「言っただろう? 魔界の悪炎王ヴォルノだ」
姿と声のギャップが凄すぎる。声が大人びすぎていて少し恐れ入る。
「この山に現界しようと試みたのだが、どうにも初手に失敗してしまってな。
「現世……じゃ魔界の
「ふむ……なるほど、有害というのか。受け入れてしまえばこんなにいい力はないというのに。現世の魔力では弱すぎるよな」
「アンタ……魔界から来たってことで……いいのか?」
そもそも人間なのか? 魔物というくくりなのか? 聞きたいことは山ほどある。
「そうだ。言うなれば、この現世の観測をしにやってきた。現世は魔界へ影響を及ぼしてくるからな、王自らが調べねばいかん重要なことだ」
まさか観測員の御方でもありましたか。王様でもあられるなんて、兼業するには無理があるかと進言したく思います。
「我の話はいい。お前の正体だ、それをまだ聞いてない。人間にしては奇妙すぎる。魔術を使っている様子もない……上にいた連中は違ったのだが……どういうことなのだ?」
「上にいた連中って……ダーリア達のことか! 彼らはどうなったの!?」
「質問をしているのは我である、答えろ」
今度は右腕を火炎放射で焼き払われた。膝をついて苦痛に泣いていると、さっきと同じように右腕が再生した。
「斬っても焼却しても元通りとは……人間ではないよな。先ほど焼いた数人は、焼いた直後から動かなくなったのだから……動くどころか喋りだすのはお前だけだ」
「僕は不死身なんだよ! それで満足か!」
「満足なわけがない、さらに何者なのか詳しく聞かねばならなくなった。不死身である理由はなんだ?」
「僕は吸血鬼とスライムの融合した人間だからだ!」
「なるほど……だからお前から感じる魔力はこんなにも気持ち悪いのか。信じられないことだが、事実がそこにいるのなら信じるしかないな」
もう身体を炎で炙られるのは勘弁願いたいから、全部白状した。
しかし、魔術を使う際には詠唱が必要なはずと聴いたが、このヴォルノという幼女はバンバン火炎放射を使ってくる。魔界で悪炎の王とかやっていると、詠唱はいらないのだろうか?
「なぁ……僕の質問にも答えてくれよ。いろいろ話したんだから」
「許可する」
……偉そうに。まぁいいや、こんなのでイライラして良いことはない。この不思議な状況から逃げ出すことを考え続けなければ。
脚を好きに焼却される以上、僕の意志で逃げることは不可能。このヴォルノをどうにかしないといけないのだ。
……どうすればいいのでしょう?
「えーっと、上の連中はどうなってる? 会ってるんだよな?」
「あの『魔狩り』みたいな連中か。やはり仲間だったか。彼奴等なら焼いたが?」
幕引き、僕の見てないところで終わってしまった人たちがいるらしい。
どうすればいいのでしょう? 頼れる人の生存が絶望的だ。
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