チャンネル11 招待状

『今年に入って"スパイダー"による炎上騒ぎは六件。うち一件は逮捕者も出ています。若者を中心とした人気の動画投稿サイト"スパイダーウェブ"ですが、人気の裏ではこうした問題も数多く発生しているのは事実です。柏崎さん。"スパイダーウェブ"の創始者として、一連の騒動についてのご意見をお伺いしたいのですが』


 人気アナウンサー安澄に指名されたのは、ストライプのスーツに、ポケットに差した真っ赤なチーフが少々鼻につく、見るからに自信家といったタイプの男だった。

 もったいぶったように間を空けて、柏崎は喋り出す。


『そうですね、どんな業界にも騒ぎを起す輩は存在します。しかしその一部分の厄介者をまるで全体であるかのように捉えるというのは、日本人の悪い癖だと思いますがねえ』

『あんた、その喋りだとまるで自分は悪くねえって言ってるみたいじゃねえか。責任とか感じねえのか? この、なんだ、動画投稿ビデオってやつぁ、あんたが作ったんだろ?』


 柏崎に噛み付いたのは、同じく情報番組のゲストに呼ばれた泉田だ。俳優兼シンガーでもある彼は、べらんめえな口調と態度で言いたいことを言うのが持ち味である。絡まれた柏崎は一瞬嫌悪の表情を浮かべたが、すぐにニヤリといやらしく笑った。


『泉田さん、動画投稿サイトですよ。ビデオなんて、今の子には通じませんから』

『あぁん!?』

『理解できないものにとりあえず噛み付くというのも、高齢者の悪い癖ですね。いや、これは他の高齢者に失礼かな?』

『てめー俺を馬鹿にしてんのか!?』

『ちょっ、泉田さん、落ち着いて! 生放送中ですよ!』


 女芸人ハルノが慌てて二人を止めるが、スタジオの空気はすでに最悪に近い。柏崎は泉田に引っ張られて乱れたスーツを直しながら、わざとらしいため息をついた。


『責任責任と仰いますけど、じゃあ車を運転していて人を跳ねたら、メーカーの責任になりますか? 銃で人を撃ったら、銃を作った人間が悪いとでも? 違うでしょう。ようは使う人間の問題ですよ。私はたしかにスパイダーウェブを作りましたが、それを利用する人間の責任までは負えません。できることといったら、アカウントの停止か、永久追放です。これが限界なんです』


 スラスラと持論を述べる柏崎の嫌味ったらしさといったらない。泉田は顔面をピクピクさせながら、それでも二回目の爆発を耐えていた。


『問題が発生したからといって、すぐに規制していたら技術の進歩はあり得ませんよ。なのに日本という国は煙が上がった瞬間、すぐに水をかけたがる。そんなだから、ここ最近は技術面で海外に遅れをとるんです。泉田さん、あなたのような古い考えに囚われた人間が、足を引っ張っているんですよ』


『うっるせ―――――!!』

 椅子を倒しながら立ち上がった泉田は、唾を飛ばしながらがなりたてた。


『この生意気なクソ坊主がっ! てめえみてえに自分が一番頭イイんですってやつぁ、でえっ嫌ぇなんだよ! 車だ銃だぁ? だったらよぉ、そのスパイダーなんとかってやつも免許制にしやがれってんだ!』

『あ、あくまでたとえでしょうが、』

『危ねえもんに喩えるってことは、スパイダーなんとかってのも十分危ねえって認識してんだろうがっ、使う人間の問題だっつうんなら、使わせる前に試験でもなんでもしろやっ』


『それが規制だって言うんだ! なんでもかんでも規制規制、ほんとうんざりだよ!』

 テーブルに拳を叩き付け、柏崎も立ち上がる。女芸人ハルノはあわあわしながら安澄アナに助けを求める。が、安澄アナはニヤニヤしながら取っ組み合う二人を眺めているだけだ。


『そもそもあんたみたいな老人はうちのターゲットじゃないんだ、口出すな!』

『ガキの手に余るもん作ってんじゃねえ!』

『安澄アナ? ちょ、笑ってないでなんとかしてくださいよぉ!』


 いい歳をした大人の争いをひとしきり眺めて満足した安澄アナは、涼しい顔でフリップを取り出した。


『問題があるとはいえ、動画クリエイター"スパイダー"は今や小中高生の将来なりたい職業ランキングに、ここ数年で連続してトップ3入りしているのが現状です。なぜだと思いますか、ハルノさん』

『この状況でコメント求めるとか、あんた本当に性格悪いな!』


 柏崎と泉田はスタッフによって引き剥がされたが、犬のように鼻の上に皺を寄せ、互いに憎しみをぶつけ合っている。間に挟まれたハルノは顔色を悪くしながら、それでもコメンテーターとしての仕事を全うしようとした。


『有名になりたい、注目されたいって気持ちは、誰にでもあるじゃないですか。"スパイダーウェブ"は手っ取り早くその願望を叶えてくれるツールのひとつだと思いますね、はい』

『柏崎さんのご意見は?』

 まだ息の整っていない柏崎だったが、待っていましたとばかりに目をギラつかせた。


『トップスパイダーともなれば、年収一億も夢ではないからですよ!』

 即座に泉田が噛み付こうと口を開くが、安澄アナのほうが早かった。

『ではビッグドリームを掴んだ"スパイダー"とは、一体どんな人たちなんでしょうか。VTRをご覧ください』


 画面に映るのは、平凡な顔立ちをした二十代の男性だった。彼は類稀な歌声を持っていた。自作の歌を投稿し、一年もかからずトップへと上り詰める。CMやドラマにも出演して、いまや"スパイダーウェブ"の顔となっている。


 とある女性は独自のメイク技術を教示し、若い女性の間で瞬く間に崇められる存在となった。彼女が紹介するコスメは爆発的に売れ、化粧品会社からも注目された。そして一軒屋を買った。


 三人目のスパイダー、彼にいたってはたったの六歳である。彼が玩具で遊ぶだけの動画が、年間一千万円以上を稼いだという。


 画面は一転して真暗になり、『しかし中には破滅したスパイダーもいた』と不吉なテロップが浮かび上がる。


 失言、行き過ぎたイタズラ、注目を集めるために犯罪行為を投稿した彼らは、世間から叩かれ、そして消えていった。


『"スパイダーウェブ"。果たして若者達が掴むのは夢か悪夢か。今後も私たちは彼らの動向を追いたいと思います』

 安澄アナによってニュースは締めくくられた。


***


「最近、スパイダースパイダー、同じ話題ばっかねえ」


 朝の情報番組ってやつは、どうして同じ話題を同じ時間帯にやるのだろう。

 リモコンを持った母はチャンネルを一巡すると、最初に戻って似たような内容のニュースを見ていた。


 数日前、とあるスパイダーの投降した動画が世間の反感を買った。しかし問題になったのは彼だけだけはない。最近、視聴回数を稼ぐために行き過ぎた行為に及ぶスパイダーが後を絶たなかった。メディアは問題のスパイダーたちをこぞって取り上げると、とりわけ負の面ばかりをクローズアップした。


「ヒロちゃんは大丈夫? 炎上してない?」

 いつの間にそんなネット用語を。

 朝ご飯のおにぎりをほおばりながら、私はあいまいに頷いた。扱っている題材が題材なだけに、私の動画は燃えやすいのだ。悪い意味で、いつ火がついてもおかしくはない。


「マオ君だっけ? なんであの子を助手にしたの?」

「なんでって、私と真反対の人間だから、かな」

「ふーん。好きなの?」


 咄嗟とっさに噴き出すのを我慢したせいで米粒が鼻に詰まってしまった、痛みで目に涙を浮かべながら、ぎこちなく食事を再開した。

 母が期待するような関係も感情も、私たちの間には存在しない。いや、以前ならちょっとはあったけど、勝手に期待して痛い目に合うのはもうこりごりだ。今は良き相棒。良きクラスメイト。それで十分だ。


「母さんがヒロちゃんくらいのときはねえ、そりゃあ男がほうっておかなかったわよ」

「はいはい。彼氏が百人くらいいたんだよね」

 もう何度となく聞かされた信憑性しんぴょうせいの低い自慢話を適当に聞き流し、朝食を終えた。


 家を出る時間まで、まだ時間はある。動画のチェックをしようとスマホを開くと、ユーザーページに見慣れないアイコンが浮かんでいた。不審に思いつつもタップすると、タイトルが表示された。


『運営からメッセージが届いています』


 なんだろ、アップデートのお知らせとかかな。タイトルをタップすると、長々とした文章が画面に表れた。


『拝啓 風薫る五月、ロコ様には益々ご健勝にてご活躍のこととお慶び申し上げます。』


 小難しい挨拶から始まり、中々本題に入ろうとしない。

 どうせ結論は最後に書いてあるんだろう。私は一気に下までスクロールして、とある一文に目が釘付けとなった。


 何度も何度も読み返す。間違いなんじゃないかと、最初に戻って宛名を確認した。

 しばらく同じ動作を繰り返した後、私はそっとスマホの電源を切った。


「ヒロちゃん、もう学校に行く時間よ」

「あ、うん。行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。さ、母さんも病院に戻ろうっと」

 現実が受け止めきれない私は、ふわふわとした心地で学校に向かった。


***


 教室に到着するなり、大神を探した。メッセージは送ったけど、まだ来ていないようだ。がっかりして、自分の席につく。


「清見さん」

 教科書を取り出している私に話しかけてきたのは、クラスの女子だった。芙美と奈々香以外に話しかけられることはあまりなくて、ちょっとびっくりした。


「おはよう」

 とりあえず挨拶をすると、向こうも忘れてたという顔をしながら同じ挨拶を返してきた。何の用だろう、提出物のことかな。まったくの無防備で彼女の言葉を待った。


「あのさあ、清見さんって、大神君と」

「うん」

「付き合ってるの?」


 うん?

 相手を凝視していると、ちょっと離れた後方で、こちらを興味津々に伺っている女子グループに気がいた。


「昨日さ、二人が手を繋いで走ってるところを見たって子がけっこういるんだ。やっぱり、そうなのかな?」

 好奇心と不安、ふたつが入りじまった感情を向けられる。付き合っていてほしい、ほしくない。相反する気持ちに対して、私が言えるのはひとつだけ。


「付き合ってないです」

「えぇ~うそ~」

 嬉しそうだな!


「じゃあ手を繋いでいたのはなんで?」

「なんでって、二人三脚ってあるよね。あれだよ」

 宇宙人にでも遭遇したような顔をされたが、分からなかったかな? 後ろにいる女子のグループもハテナマークいっぱいの顔を見合わせている。


「二人三脚、知らない?」

「し、知ってるけど、」

「あれ、男女ペアでやったら二人は付き合ってることになると思う?」

「ならない、かな」

「だよね。じゃあさ、私と大神君もあのとき似たような状況だったんだけど、付き合ってることになるのかな?」

「な、ならない?」

「よかったー分かってくれて!」


 ザ・力技。私が彼女だったら、なに言ってんだコイツってなるわ。でも向こうは一応納得してくれたのか、"付き合っていない"という情報を自分のグループに持ち帰ってくれた。


「お、おはよう。清見さん」

「おはよう、宇野君」

 隣の席の宇野がおずおずと椅子に座った。そして教科書も出さずに、ちらちらとこちらに視線を向けてくる。


「あの、さっきの話、本当?」

「さっきのって、私と大神君が付き合ってるーってやつ?」

「うん、」

「ないない。ただの友達」

 きっぱり否定すると、宇野は緊張して上がっていた肩をすとんと落とした。そして、ふにゃっと笑った。


「よ、よかったぁ」


 おう。

 普通、こんな反応をされたら女子は勘違いをするわけだよ。宇野の場合、かなり前から感情表現があからさまで、調子に乗っていたころの私は「こいつ絶対私のこと好きだろ!」と思っていた。


 天狗となっていた私の鼻を大神にへし折られた今、気のせいだと思うことにしていたけれど、……うーん、いや、どうだろうな。友達としての好意からほっとしたという可能性も大いにある。

 とりあえず私は、男子の好意を当たり前だと思ってはいけない。宇野は友達だ。友よ、今日も宿題を見せてくれ。


「清見さん」

 宇野の表情が凍り付いた。ついでに教室も少しだけ静かになった。

 登校してきた大神が、すぐそばに立っていた。


「ちょっといい?」

「うん!」

 話したくてたまらないことがあった私は、すぐさま席を立つ。教室中の注目を浴びていることに気付く余裕もなく、大神と二人、教室を出て行った。


***


「大切な話って、なに?」


 一時間目の授業が始まるまで、それほど時間はない。いつもの化学室ではなく、誰も寄り付かない四階の踊り場に私たちはいた。


 大神はそわそわしていた。なぜなら私もそわそわしていたからだ。あのね、あのねっ、と話したくて仕方ないのに言葉が中々出てこない。


「ま、待って! まだ心の準備が!」

「えぇっ、どれくらい待てばいい!?」

「ほ、放課後までには準備が、でもやっぱり今聞きたい!」

「わ、分かった! じゃあ言うね!」


 朝っぱらからテンションの高い私たちは、ほとんど怒鳴り合うようにして会話した。それくらい興奮していたのだ。私はずっと、夢なんじゃないかと思っている。今でも。


「こ、これ見て! 招待された!」

 スマホの画面をぐいっと押し出した私は、大神の表情を見ていなかった。でもきっとびっくりして、そして驚いているんだろう。


 運営からのメッセージは、ファンフェスへの正式な招待状だった。


「す、すごくない? すごくない!? これってつまりさ、私たちが若手有望株と認められたってことだよね? ねっ?」

 スマホをじーっと見つめていた大神はゆっくりと顔を上げた。その顔は感動に満ち溢れて……いなかった。


「あ、うん、すごいね」

 反応うっっっす!

 もっとさ、もっと喜んでくれたっていいじゃん。私たちの頑張りが運営の目に留まったってことなんだからさ!


「で、これ行くの?」

「行きたいと思ってるけど。え、大神君は興味ない感じですか」

「興味ないというか、絶望したというか」

「ぜ、絶望? ど、どうした、朝からお腹でも下した?」


 私と違って消費期限の過ぎた食材は食べてなさそうだけど。

 もっと盛大に喜んでくれると思っていた私は、急に自分が恥ずかしくなった。ちょっと反応がミーハーすぎたかな。


 でもこんな招待状が送られてきたのは、たぶん大神のおかげだと思う。私のひとりよがりな動画じゃ、きっとこんな素敵な出来事は訪れなかった。


「興味ないなら、私ひとりで行ってくるね」

 二人で出席したかったけど、行きたくないのなら仕方ない。マオ目当ての女子にブーイングを食らったらどうしよう。地味に人気あるからな、等身大パネルを持参したら許してくれるだろうか。


「行かないなんて言ってないでしょ」

 マオを出せと女子ファンから取り囲まれる想像までしていた私は、一気に気分が上昇した。


「俺も行く。清見さんひとりじゃ、心配だし」

「ほんと!? 後でやっぱ行かないとかナシだからね!?」

 逃がさんとばかりに大神の両手を掴む。


「ほ、本当」

「あーよかった。実はひとりはちょっと不安だった」

 安堵あんどして、大神の手を離す。いかんいかん、馴れ馴れしい真似をしてしまった。


 大神は疲れたような笑みを浮かべながら、手を見ろして小さく呟いた。

 期待して損した、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る