チャンネル13 ファンフェス開催

 柏崎社長との面会を終え、私と大神は控室に案内された。

「ロコさんとマオさん、入りまーす」

 橘さんの元気な声とともに入室すると、視線が一斉に集中した。控室といっても、他のスパイダーたちも一緒のようだ。十代もしくは二十代のスパイダーたちの無遠慮な眼差しに、私は少しだけ緊張した。


「時間になったら呼びに来ますから、ここで待っていてくださいね」

 橘さんはあっさりと控室を出て行った。突き刺さる視線から逃れるように、私と大神は空いた席へと座った。


「ねえ、何か変じゃない?」

 テーブルに置かれていたお菓子に手を伸ばす私に、大神が小声で言った。

「何かって?」

「あの柏崎って社長、本当に俺たちを招待したかったのかな」


 おかきの入った袋を開けながら、先ほど会ったばかりの社長を思い出す。ツーブロックの髪形が微妙に似合っていなくて、最高に怪しかった。スーツのポケットに差したチーフは、テレビで見たときと同じ赤。母曰く、赤とピンクが好きな男は自分のことが大好きなんだそうだ。

 喋り方は自信満々。横文字が多くて、正直何を言っているのか分からなかった。好きか嫌いか聞かれたら、嫌いです。はい。


「とりあえず、うさん臭かったよね」

「否定できない」

 ただよう小物感というか、喋ることで損をするタイプだ。黙って真面目な表情を浮かべていたらけっこう格好良いのに、もったいない。


「他のスパイダーについて、調べた?」

「ううん、調べてない」

 大神はさらに声を潜めて言った。


「俺たちとは比べものにならないほどの人気がある」

 私は口に入れたおかきをかみ砕き、静止した。

「視聴者数とか、桁がふたつくらい違う。はっきり言って俺たち、場違いだよ」

 ゆっくりと咀嚼そしゃくを再開した私は、辛い現実を突きつけてくる相棒を死んだ目で見つめた。


「例えばほら、窓際に座ってる女の人。メイク動画で人気の"Lin《リン》"だよ。テレビにも出てた。その隣に座ってる"アムにゃん"って子は、大食い動画で有名だし。人気でいったら、なんといってもすごいのが"シュウ"だよ」

「あ、知ってる。宇野君が教えてくれた。ゲーム実況してる人でしょ」

「……前から思ってたんだけど、清見さんって宇野と仲が良すぎない?」

「名前」

 ここがどこだと思ってる。本名はNGだぞ。


「隣の席だもん。よく話すに決まってるじゃん」

 宇野はたまに口ごもるけど、慣れたら普通に喋ってくれるし、宿題も見せてくれる。正直、席替えをしてほしくないほどの良き隣人だ。


「でもさ、宇野ってさ、俺の悪口とか言ってたし」

「悪口ってどんな?」

「漫画のキャラクターに似てるって。あとで調べたら悪役だった」

 噴き出すのを我慢した結果、プピーッと変な音が出た。

 どんなキャラクターか知りたいと強請ねだったが、大神は決して教えてくれなかった。子供っぽくプイッと顔をそらしちゃって、なんだ可愛いぞ、こいつ。


「何話してるんですか?」

 突然、大神の隣に誰かが座った。

「アムにゃんです。仲良くしてくださいね」

 にゃんにゃん、と両手で猫のポーズをつけるのは、芸風なんだろうか。女の私は1ミリも心を動かされないが、男にはぐっとくるのかもしれない。

 毎回このポーズで自己紹介すれば覚えてもらえやすいし、なるほど実に考えられている、とついついつい冷静に分析してしまう私であった。


「マオ君とロコちゃんですよね、お噂はかねがねー」

 身を乗り出すアムにゃんの胸の谷間についつい視線がいってしまった。でけえな。胸元が大きく開いていて、見るなというほうが無理な衣装だった。この格好で大食いしてたら、そこにしか目がいかない気がする。


「会ったら聞いてみたかったんですけど、本当に幽霊が見えたり、呪いをかけられたりするんですか?」

「あ、はい。できます」

 たくさん食べたら私もデカくなるのか、と真剣に考えていた私は、普通に返事をした。アムにゃんはぱちくりと瞬きをして、それからニコッと笑った。


「すごーい!」

「いや、別にすごくないです」

「すごいですよー。私なら自慢しますー」

「ハブられるんで、それはしないですね」

 いい加減、胸ばっかり見ていたら失礼だろう。ようやくまともにアムにゃんの顔を見た私は、彼女の奇妙な表情にきょとんとした。笑っているような、そうでないような。ただ弧を描いた目は、笑っていない気がした。


「ちゃんと役作りしてるんですね」

「はい?」

「なんか自然な受け答えが、すごく"ぽい"です。研究してるって感じ」

 小さく拍手をされて、私は相当な間抜け面をしていたと思う。アムにゃんの隣に座る大神が、眉間にしわを寄せていた。女の子相手に怒るなんて、らしくないとぼんやり考えた。


「でもイロモノって、珍しいのは最初だけだと思います。飽きられないうちに、次のキャラ考えたほうがいいですよ」

 輝くような笑顔を残し、アムにゃんは席を離れていった。

 歩くたびにめっちゃ胸が揺れてたな……という感想を抱きながら、喉が渇いた私は飲み物を探した。テーブルの端っこに置かれたペットボトルのお茶と紙コップを引き寄せ、「マオ君も飲む?」と聞いた。


「なにあれ」

 お茶を注いで、大神に渡す。受け取ろうとしないので、目の前に置いた。

「なんで怒んないの?」

 伊達眼鏡を通して、怒りが伝わってくる。なんで大神が怒ってるんだろう、変なの。


「あれが普通の反応だよ」

「普通じゃないよ。明らかに馬鹿にしてた」

「それも含めて普通かな」

 お茶を飲んで、二個目の菓子に手を伸ばした。食べなよと勧めても、大神の手は悔しそうに握られたまま、テーブルの上から動かなかった。


「ムカつく」

「まあ、世間一般の評判なんてあんなもんだよ」

「言っておくけど、俺がムカついてるのはロコにだからね」

 三個目の菓子を物色していた私は顔を上げた。


「そういう悪意に慣れてるって感じが、なんかムカつく」

「あー、うん、うん?」

「何回も何回も同じ言葉で傷つけられて、もう慣れましたって顔されると、俺、何もできないじゃん」

 違うやつが食べたかったのに、一個目と同じおかきをとってしまった。戻すのもアレなので食べるけど、なんか、なんだか、うまく袋が開けられない。どこからでも開けられますって書いてあるのに。


「あのとき、俺も同じように傷つけちゃったんだって思い出して、今、すごくいたたまれない」

「いや、別に、気にしてないから」

 アムにゃんの悪意になんて、最初から気づいていた。どうやって私のことを傷つけてやろうか考えていることなんて、お見通しだった。何を言われても大丈夫な自信があったから、言わせたいだけ言わせてやった。


 あんなの、どうってことない。

 有象無象うぞうむぞうのひとつに、私はいちいち傷ついていられないのだ。向こうだって、悪意をぶつけた相手のことをいちいち覚えてはいないだろう。どうでもいいと思われている相手に対して、私がずっと傷ついた気持ちを抱えているのは"負け"だ。

 私は負けるのが、大っ嫌いなのだ。


 そうやってひとりで勝ってきた私なんだから、味方なんて必要ない。コメント欄でどれだけ誹謗中傷ひぼうちゅうしょうされようとも、私の鋼の心は揺らがなかった。

「……でも、ありがとう」

 私のために怒ってくれるんだと分かった瞬間、悪い気はしなかった。悪い気どころか、私は今、とても。


「ロコ。顔が赤いよ」

「うん。この部屋、暑いね」

 結局袋を開けられなかったお菓子を諦め、ポケットに入れた。

 しばらくして、橘さんが時間だと呼びに現れた。


***


『大変長らくお待たせしました! "スパイダーファンフェス2018"の開幕です!』

 司会の開会宣言と同時に、天井に設置されたライトがぐるぐると会場を照らす。腹に響く重低音、それに負けない観客の歓声。次々と名前を呼ばれて会場に入っていくスパイダーたち。

 私たちは真ん中くらいの順番で呼ばれるらしい。少しずつ前に進むにつれて、心臓の鼓動が早くなっていく。


「中に入ったら、歓声に応えてあげてくださいね」

 橘さんのアドバイスにぎこちなくうなずく。熱狂の渦と化した会場には、五千人の観客が入っていると聞いた。通っている高校の全校生徒なんて、せいぜい千人くらいだ。緊張するなというのが無理な話である。


『シュウ――!!』

 私たちの何組か前にいたスパイダー"シュウ"が呼ばれた瞬間、会場からは割れんばかりの歓声が上がった。スタッフの「下がってください!」という必死な声が聞こえる。会場内の興奮は臨界点を超え、混乱に近い様相を呈していた。

 シュウの次に出るスパイダーが気の毒だ。名前を呼ばれたものの、歓声に掻き消されている。


『ロコ&マオ!』


 橘さんに背中を押され、私と大神は会場に入った。

 黄色い悲鳴が耳をつんざく。けれどそのどれもが、私たちに向けられたものではなかった。観客のほとんどは、少し前を歩くシュウしか見ていなかった。


 注目されていないと分かって、ガッカリするやらホッとするやら。入場前に比べて気が楽になった私は、余裕をもって会場を見回すことができた。

 観客のほとんどが十代だった。女の子が多い。めいいっぱいオシャレをしていて、自分を見てもらおうと必死にアピールしている。


「すごい」

「うん、すごいね」

 今更だが、ジャージ姿で来たのが申し訳なくなってきた。でも動画のときと同じスタイルで来てくださいって言われたしなあ。


「ひっこめー!」

 中には好意的ではない掛け声も聞こえた。

「よく出て来れたな! インチキ女!」

 おうおう大変だな、こんなこと言われて。一体どこのスパイダーだ? 悪口言われてるのは。


「……私か!」

 声がしたほうを振り向くと、見知らぬ男の子と目が合った。私と同じくらいの年頃で、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

 隣を歩いていた大神が前に出て睨みをきかせる。次の瞬間、見知らぬ彼は吸い込まれるようにして背後の観客の中に消えていった。


「ロコちゃん!」

 代わりに姿を見せたのは、なんとシナモちゃんだった。

 両手を伸ばす彼に駆け寄り、ハイタッチ。およそ一か月ぶりの再会にテンションが上がる。


「来てくれたんですね!」

「もちろんです!」

 両手を握り合って女子高生みたいに飛び跳ねる。いや、みたいというか女子高生だったわ、私。

 すぐに橘さんが飛んできて引きはがされてしまった。後ろが詰まっているらしい。


 招待されたスパイダー全員がステージに上げられる。高いところから見下ろすと、改めてとんでもない人数が集まっていることを認識させられた。

 皆、お気に入りのスパイダーの名前を呼んで、中には泣いている子までいた。あ、シナモちゃん見っけ。


「今日はお越しいただきありがとうございます。スパイダーウェブの柏崎です」

 会ったときと違うスーツを着た柏崎が、ライトに照らされながらステージに上がってきた。目立ちたがりめと思いながら、おざなりな拍手をして出迎える。

 彼が目の前を通り過ぎたとき、ふとあのニオイがした。挨拶した時よりも、濃いニオイが。


「ロコ?」

 顔をしかめた私に気がついた大神が、心配したように少し屈んだ。なんでもないと首を振ったが、なんだろう、背中がぞわぞわする。

 一介の女子高生にすら嫌われる柏崎だ、方々で恨みを買っていそうである。とはいえ、彼に染み付いたニオイが、今日何かを起こすとは限らない。


 スタッフから「もうその辺で」とやんわり退場させられる柏崎を視線で追いかけながら、今日一日が無事に終わることを祈った。


***


 暇だ。

 ファンフェスが始まってから数時間、早くもやることがなくなってしまった。

 元々ステージに上がってパフォーマンスをやる予定もなく、ブースに座ってやってくるファンの相手をするだけだった。

 そのファンも、シナモちゃんをはじめとしたチャンネル登録者が数人だけやってきて、あとは閑古鳥。たまにアンチも来訪したが、握手して顔の斜め上らへんをじーっと見つめていたら動揺どうようして去っていった。何も見えてなかったのにな。


 会場の上手かみてに設置された大きなスクリーンには、シュウが今まさにゲーム実況をしていた。すかした語り口調でさくさく攻略していき、女子から歓声を受けている。

「すごい人気だね」

「だね。でもあのシュウってやつ、どっかで見たことがあるんだよなあ」

 大神は思い出そうとしばらくうなっていたが、しばらくして諦めていた。


 大神とはまた違ったタイプのイケメンであるシュウは、生意気そうに吊り上がった目をときどき細めたり開いたりして、そのたびに黄色い悲鳴をもらっていた。

 観客に対して平気で「うるさい」と言い放つびないスタイル、見習っていきたい。私なんて最初は気に入られようと、大人しいキャラを作っていたぐらいだ。


 シュウはきっと、好かれたい、褒められたいって気持ちよりも、好きなゲームを皆に知ってほしい、一緒に楽しんでほしいって気持ちのほうが大事なんだ。

 私とは大違い。私は自分のためだけに、スパイダーをやっている。

「なんか、カッコイイなあ」

 ぼそりとつぶやいたセリフの直後に、スクリーンを見ていた大神の顔が、ものすごい勢いでこちらに向いた。


「……なに、興味あるの?」

「うん。稼ぐ人は、稼ぐ理由があるんだなあ」

「俺だって、将来稼ぐよ」

 張り合う大神の声に、観客の声が重なった。


 難所らしき場面をさらっとクリアして、フンと鼻を鳴らすシュウがスクリーンに映し出される。橘さんによると、ゲーム会社と契約して、新作ゲームの宣伝にも一役買っているらしい。

 私たちの場合、スポンサーが付くとしたら何の業界になるのだろうか。オカルトだしな、うさん臭い団体だったら嫌だな。この壺を紹介してくださいとか言われたら、大神が豪快な蹴りを入れそうだ。


 来るかも分からない未来を想像していると、ポケットに入れていたスマホが振動した。

「朝子さんだ。ちょっと外で話してくるね」

 会場は音楽と歓声でうるさすぎて通話もできない。ブースを離れて、スタッフ専用通路に向かった。

 電話の要件は、お疲れ会を何時にするかだった。ファンフェスは五時に終わる予定だけど、すぐに帰宅できるとは限らない。今日はやめて明日にしようか、そう結論付けて、通話を終了した。


 スマホをポケットに入れて歩き出した直後、曲がり角から出てきた人とぶつかりそうになった。咄嗟に謝って相手の顔を見ると、若手スパイダー人気NO.1の"シュウ"だった。

 ステージが終わったのだろう、汗をかいた彼はばったり出会った私を見て、露骨ろこつに顔をしかめてくれた。


「どいてよ」

 そっちが避ければいいんじゃないっすかね?

 喧嘩を売りたくなったがぐっと我慢して体を避ける。さっさとブースに戻ろうとした私だったが、

「あんた、もう帰れば?」

 足を止め、振り返る。シュウは相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたまま、ぶっきらぼうに言い放った。


「柏崎があんたを呼んだのは、アンチのエサにするためだ」

「……なにそれ」

「社員に話してたの、聞いたんだよ。ロコは人気はないけど、アンチは多いから、きっと盛り上がるって。ひどい目に合う前に、帰んな」

 シュウはそう言うと、控室に向かって歩いて行った。華奢きゃしゃな背中をしばらく見送ってしまったが、見えなくなる寸前で私は慌てて声を上げた。


「ありがとう! シュヴァルツリッターさん!」

 シュウがこけた。


 しかしすぐさま起き上がると、ものすごい速さでこっちに戻ってきた。

「その名前で呼ぶんじゃねえ!!」

「あれ、正式名称では?」

「若気の至りだ! ファンだって気を遣って呼ばねえんだぞ! お前も呼ぶな!」

「でも私、ファンじゃないし」

「とにかく呼ぶなぁ!」


 涙目で懇願こんがんされたらうなずくしかない。なんだよー自分でつけたくせに。

 そういえば宇野も似た反応をしていたな。ファンだから、本人が嫌がることはしたくないのかな。でも一体何がいけないのか私には理解できない。

 逃げるように去っていくシュウの背中に向かって、私はもう一度お礼を言った。


***


 というわけだから、帰ろう。

 と大神に言うこともなく、私はブースにちょこんとおさまって時間が過ぎるのを待っていた。

 シュウからもたらされた情報は、私の胸の中だけにとどめることにした。大神に言ったら、たぶん怒るし、ショックを受ける。大人の悪意って、なんか結構傷つくんだよ。アムにゃんから向けられた悪意とは違って、すごく生々しいのだ。

 知らずに済むならそれでいいと、だから黙っていることにした。


『えー皆さん、ファンフェスもそろそろ終わりへと近づいて参りました。昨年より二千人も増えた来場者に、わたくしは感謝と感激の念を禁じえません』


 ステージ上では、諸悪しょあく根源こんげん、柏崎が出てもいない涙をぬぐっていた。おい、スクリーンにアップで映し出されているから、嘘泣きがバレバレだぞ。


『世間やメディアのバッシングに負けず、これからもスパイダー諸君には頑張ってほしい! そしてファンの皆様、頑張る彼らをどうか支えてやってください!』


 上がった歓声に気持ちよさそうに応える柏崎をスクリーンで眺めていると、不意に画面が乱れ、ザザッとノイズが入った。次いで、天井の照明が点滅する。

 演説する柏崎の声も途切れ途切れとなり、ついに耳障みみざわりなハウリングを最後にして音が出なくなった。


 会場にざわめきが広がる。スタッフがステージ脇に走り、音響を確認していたが一向に回復しない。

 突然、頭上でバツンと音がした。悲鳴が上がる。見上げると、照明が消えたようだ。立て続けにバツバツと大きな音を立てて、会場の灯りが次々と消えていった。

「落雷かな?」


 会場内にいて分からなかったが、外では天候が荒れているのかもしれない。

 やがてすべての照明が落ち、残っているのはステージ上に設置されたスクリーンの灯りだけとなった。困惑した表情の柏崎が映し出され、どうなっている、と唇が動いている。


「清見さん。俺から離れないでね」

 会場中を不安が覆っていく。大神のジャージを掴み、はぐれないようにぴったりとくっついた。


 やがて、スクリーンに映し出された映像も消えた。場内は一気に暗くなる。落ち着いてくださいと声を張り上げるスタッフを無視して、何人かが出口に殺到した。

「開かない!」

 非常出口は数か所あるが、そのすべてが開かないようだった。怒号が飛び交う。スタッフに詰め寄る男性に、スマホが使えないと喚く女の子、押されて転ぶ女性と、彼女を起こそうとして観客に飲み込まれる友人。

 混乱の度合いを増す会場の空気に不安になった私の手を、大神が握った。


 突然、会場の一角がぱっと明るくなった。スクリーンが白く発光し、徐々に人の姿を形成していく。

 数分後、会場の混乱とは無縁の優しい表情を浮かべる女性が、スクリーンに映し出された。

 スクリーンの中の彼女は、まるで今目覚めたかのように何度かまばたきをして、パニックになる会場を見下ろした。そして言った。


『会いたかった、省吾君』


 ステージ上で、柏崎が悲鳴を上げた。

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