チャンネル24 ねぇ、直君。
「ねえ、直君。なに怒ってんの?」
「別に」
事件からちょうど一週間たった今日、私と直君はJEA本部に向かっていた。
「喧嘩したり、仲直りしたり、私たち忙しいよね。どうせこの後仲直りするんだから、もう怒るのやめようぜ!」
「ヒロ子ちゃんって、たまにものすごくムカつくこと言うよね」
最近の直君は、遠慮という概念を失いかけている気がする。前はもっと優しかったじゃん、私のワガママを許してくれてたじゃん。仕方ないなあで一歩引いてくれたあのチョロさはどこに行ったの?
JEA本部に到着するまで、私のウザイ絡みは続いた。
「お、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、知らないおじさんだった。だ、誰? 新しいスタッフのひと?
「手越さーん、ヒロちゃんたち来ました?」
「来た来た。この子だろ?」
行方不明になってた人だ。
生存を疑われていた手越さんとの初体面を果たしつつ、直君と一緒に中へと入った。ちなみに手越さんは、見た目がヤクザっぽかった。
「ういっす、ヒカル君」
「あ、こ、こんにちは」
JEA本部の一角で、ヒカル君はパソコン作業をしていた。私に気が付くと、立ち上がってもじもじと頭を下げる。
「何してたの?」
「えと、JEAの、公式サイトを」
あの究極的にダサいサイトを改装していたというのだ。どれどれとパソコンの画面をのぞき込むと、そこにはスタイリッシュに生まれ変わったJEA公式サイトが誇らしげに映し出されていた。
「まだ、途中なんですけど、」
「すごーい!」
「ス、スマホにも対応してます」
「うわーオシャレー! うわー動くー!」
スマホをシュッシュシュッシュしていると、後ろのほうでわざとらしい咳払いが聞こえた。直君だ。渋い表情で、自分よりも背の低いヒカル君を威嚇している。
「お前、なに普通にJEAにいるんだよ」
「はぁ? 凡人が俺に話しかけんな」
「なんだその口調、さっきのは猫かぶりか」
「使い分けだ凡人」
「クソガキ」
「また痛い目見たいのか、あ?」
「やってみろよ。泣かすぞ」
ヒカル君の二重人格ぶりに、驚くJEAスタッフはいない。キャンキャン吠え合う二人を放置して、皆それぞれの仕事をこなしている。
手越さんがお茶を淹れてくれたので、私は奥の応接スペースに移動した。
「ヒカル君、馴染んでるみたいですね」
「居心地がいいんだろう」
会長は不在だった。なんでも今、中国で同業者と会合をしているらしい。中国の霊能力者ってすごい気になる。キョンシーとか使っちゃうんだろうか。
「ヒロちゃん、って呼んでいいかい?」
「はい」
じゃあ私は手越さんのことを『叔父貴』と呼んでいいでしょうか。あ、駄目? じゃあ手越さんでいいです。
なごやかに会話をしていると、不意に手越さんが黙り込んだ。すると突然、両手を膝に置き、勢いよく頭を下げてきた。
「今回のことは、本当にすまなかった」
「……
ヒカル君が襲ってきた一週間前の夜。
あの日、私は、ヒカル君を捕まえるための囮にされていたのだ。
「JEAはいつからヒカル君のことを調べていたんですか?」
「ちょうど一年前からだな。不可解なアプリがあることは、早くから掴んでいた」
私が呪いのアプリに気付くずっと以前から、手越さんはヒカル君を追っていたという。彼の身元は早いうちから割れていたと聞いて、さすがプロは調査能力が違うなと感心していたら。
「警察にうちの会員がいるんだ。見つけるのは簡単だった」
「……本当に、どこにでもいるんですね」
警察の権限を使って、プロバイダから情報を開示させたらしい。なんという正攻法……正攻法なのかこれは。違法なニオイがするけど、黙っとこ。
「だがヒカルも対策はしていた。たとえ居場所を突き止められたとしても、部屋には入れないように結界が張ってあったんだ。見つけたはいいが、この半年どうしても近づけなくてな」
霊能力者がお札や数珠などを使うように、ヒカル君にとってはパソコンが
常に持っていないと効果を発揮しない前者とちがって、後者は家に置いたままでも威力を発揮して、部屋に入れさせないこともできたという。
「とはいえ、すべてにおいて万能なものなど存在しない。その証拠に、ヒカルは自宅から一定の距離以上は決して離れようとはしなかった。どういうことか分かるかい?」
「えーっと、それは、……分かった! 電波が悪くなるんだ」
正確に言うと、ヒカル君の力で動いているパソコンの効力が弱まってしまうんだろう。
それに気づいた手越さんは、なんとかしてヒカル君を自宅から遠ざけようとした。しかし彼は用心深く、自宅とコンビニ、あまり行かない学校以外には絶対に寄り道をしなかった。
手詰まりを感じていたとき、現れたのが私だ。
ヒカル君の自己顕示欲の強い性格を見抜いていた手越さんは、同年代で同じ力を持ったロコになら、必ず食いつくはずだと確信があったそうだ。
かくしてヒカル君は行動範囲を
しかし、納得できない点がひとつだけあった。
「私、今でも自覚がないんです。本当に私が、ヒカル君とパソコンをつなぐケーブル、いやWifi? みたいなのを切ったんですか?」
手越さんが言うには、繋がりが完全に断たれたときがあったそうだ。その瞬間を狙って部屋に押し入って、パソコンを押さえることに成功したと言われたけど、当事者の私はまるでピンとこない。
「呪いを返したことがあると言ってたな。たぶんそれだろう」
ヒカル君の右腕に刻んだ『ばーか』のことだ。あれはスタッフ一同、失笑していたな。
「呪いというものは、ある意味、自分と相手とをつなぐ行為だ。君の呪いは、相手が反省をした時点で解けるものだっただろう。ヒカルは反省するどころか、君を逆恨みした。つながりは、当初のものより強くなっていたんだろう」
どうしよう、そこまで考えていなかった。
呪いなんてかけて終わりだと思ってたよ。やべーな、これからはもっと考えてから人を呪うことにしよう。
「突然、着ぐるみが動かなくなったと言っていたな。君の力が、ヒカルに流れたんだ。ヒカルが言うには、負荷がかかりすぎてサーバーがダウンした状態に似ているとかなんとか、まあオジサンにはよく分からん」
この人たぶん、Wifiが何かも分かってないんだろうな。さっき言ったとき、「わいふぁい?」って首をひねってたし。
「とにかく、ヒカルを捕まえて、うちに引き込めたのは君のおかげだ」
「よく分からないのに、強引に締めないでくださいよ」
「そうは言うが、俺はアラフィフに片足つっこんだ人間だぞ。携帯はいまだにパカパカなんだぞ。ヒカルが言ってることは、半分も理解できん!」
ひ、開き直った。
私だって詳しくないんだぞ、怪しいサイトをクリックしようとして、芙美と奈々香に全力で止められるポンコツ女子高生なんだぞ。
手越さんはお茶を飲み干すと、疲れたようにソファにもたれかかった。
「あいつは天才だよ。俺たちが考え付かない方法で、力を振るう。それともこっちが古臭いのか? スマホやらパソコンやら、そういったもんにも霊能力者は適応していかなきゃならん時代なのかなあ」
応接スペースの外では、直君とヒカル君がいまだに言い争っていた。直君ったら中学生相手に大人げない。
「現代のテクノロジーと霊能力の合わせ技なんて、普通は考え付きませんよ。相性最悪でしょう」
「だよなあ。でもこの先、ヒカルみたいな連中が当たり前になってくるのかもしれん」
手越さんは頭をゆるく振って大きなため息をついた。けれどヒカル君に向けるまなざしは、暖かいものだった。
「今日の夕飯、一緒に食べないか? ヒカルのやつ、誰かと食ったことがほとんどないって言うんだ」
「奢りですね、行きます」
やったね、食費が浮いた。
一時はJEA入会を後悔した私だけど、そしてこれからも後悔するような目に遭わされるんだろうけど、仕方ないかと許している自分がいる。
きっとヒカル君と同じだ。私もここは、居心地がいい。
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