チャンネル09 ロコ&マオ
大神と手を組んだ日の週末、私たちは電車を使って隣の県に来ていた。ユーザー名"シナモちゃん"に会うためである。
待ち合わせ場所は駅の改札口。目印として、鞄には女児に人気のアニメ『美少女戦士チャーミーキュン』のキーホルダーを付けているという。指定の時間よりも早く到着したせいか、該当する人物は見当たらなかった。
改札口全体が見渡せる場所に陣取り、シナモちゃんを待つことにした。
大神は変装用のカツラをしきりに気にしていた。普段オシャレに決めているヤツを知っているせいか、安っぽいカツラがひどく浮いて見える。
「それで、今日はどんな依頼なの?」
「おじいさんが大家をやってるアパートで起きる怪奇現象を調べてほしいんだって」
シナモちゃんによると、怪異は二ヶ月前から始まったらしい。
空き部屋から物音や呻き声が聞こえ、苦情を受けた大家のおじいさんが何度か調べるも不法侵入者の痕跡はなし。しかしその後も怪奇現象は収まらず、ついには他の住人が怖がって何人かが引っ越していった。近所では事故物件の噂まで立ちはじめたという。
"おじいちゃんが困っているので助けてください"という孫のいじらしい依頼を受けて、今回出向いた次第である。
「誰かが勝手に住んでるだけじゃないの?」
「それを今から調べるんでしょ」
大神の言うとおり、生身の人間の仕業だと考えるのが普通だろう。
でもシナモちゃんの投稿から、"あの"ニオイを嗅ぎ取った私は、絶対に何かあると睨んでいた。
「そのニオイって、なんなの?」
大神の懐疑的な視線を受け流し、改札付近をぐるりと見渡した。シナモちゃんらしき女児は見当たらなかった。
「例えばさ、初対面で相手に色々と印象を持つよね。真面目そうとか、性格悪そうとか、チャラチャラしてそうとかさ。それってどうしてだと思う?」
「どうしてって、見た目で、かな」
大神は言いにくそうにしていたが、間違ってはいない。人間の印象はほぼ見た目で決まるのだ。
「でも人間の本質なんてものは、目には見えないよね。でも私たちは相手の発するもので、ある程度は感じ取ることができる。ああこの人怖いな、って思うときない?」
「あるよ」
「その人、見た目は怖かった? 話し方は?」
「怖い人もいたし、そうじゃない人もいたかな」
「見た目も話し方も怖くないのに、なんで怖いって思ったの?」
「うーん、なんとなくというか、嫌な感じがしたというか……もしかしてこれがニオイってこと?」
「ま、似てるかな。本能が拒否する感じで言えば、すごく近い感覚だと思うよ」
「つまりは勘じゃん」
「勘だね」
けれどその勘は馬鹿にできるものではない。第六感という言葉があるくらいだし、本来はどんな人間にも備わっている能力なのだ。
電車が到着したのか、わずかな振動を感じた。階段から下りてくる乗客の中に、小さな女の子はいなかった。時間はもうすぐ約束の十分前になる。
駅の時計を見ていると、階段を下りる乗客の最後尾を歩く人物が目に留まった。
チャーミーキュンのぬいぐるみキーホルダーを鞄につけ、階段を軽快に駆け下りる小太りの男性。まさか。
「ロコちゃんですか?」
まさかの、シナモちゃんだった。
***
「おじいちゃん、今回のことでかなり参ってしまっていて、それでロコちゃんに相談したんです。いやあ、本当に来てくれるなんて感激です! あっ、あとでサインくださいねっ」
アパートまでの道すがら、シナモちゃん(二十一歳・男子大学生)は終始テンションが高かった。歩くたびに揺れるチャーミーキュンと目が合い、私はハハハと不器用な笑いで相槌を打つ。
いやたしかにね、やりとりしたメッセージの中では一度も女の子だとは言ってなかったよ。でもアイコンは可愛らしい二次元の少女だし、名前だってシナモちゃんだよ。普通は勘違いするじゃん!
「シナモちゃんはオカルトとか信じてるんですか?」
一番後ろを歩く大神が言った。シナモちゃんはきょとんとして、それから困ったように笑った。
「いやあ、実はあんまり。幽霊とか、見たことありませんし」
私を気にしたようにチラチラ見ながら、率直な意見を述べる。
「じゃあなんで依頼を? 信じてないんでしょう?」
「ええまあ、そうなんですけど。あの、実は僕、最初はロコちゃんの動画には批判的でして」
私を知ったきっかけは、マキちゃん出演の心霊動画だったらしい。話題に乗っかって視聴したものの、幽霊なんて信じていないし、オカルトやスピリチュアルといったものにはまるで興味がなかったのだとか。
「粗探ししてやろうとか、まあ、そういう意地悪な気持ちで見てたんです。でも見続けているうちに、気付いたらファンになってまして」
私と目が合うと、シナモちゃんは照れたように小さく笑った。
「ロコちゃん、どんなに批判されてもけろっとしてるでしょう。嘘つきとか、詐欺師とか言われても、私は間違ってないって堂々と胸を張ってる。僕はリアルじゃ気が弱いし、オタクだし、貶されたら一発で心が折れちゃいます。男で、いい歳して子ども向けのアニメが好きだってことが、世間的に受け入れられないことなんて分かってます。でもロコちゃんを見ていると、自分は自分だって言ってもいいんだ。そんな気持ちにさせてくれるんです」
鞄に弾かれて、チャーミーキュンがぽんと跳ね上がった。シナモちゃんは顔を赤くしながら、照れ隠しなのか、少しだけ歩く速度を上げた。
「幽霊とか、心霊現象とか、よく分かりません。でもロコちゃんは信じられるんです。……とか言って、ロコちゃんに会いたいっていうのが本音なんですけどね」
なーんだ、ただの私のファンか。私のファンね、私のファン。
頭の中で何度もファンファン繰り返していると、「あ、見えてきましたよ」とシナモちゃんが言った。指を差した方向を見ると、古ぼけたコンクリート造りのアパートがあった。入り口には初老の男性が立っていて、軽く手を振っていた。
小走りで先を行くシナモちゃんの背中を見つめていると、いつ間にか隣に並んだ大神が顔をのぞきこんできた。
「さっきの、うれしかったね」
「……別に」
そっけなく返事をしつつも、胸が温かい気持ちでいっぱいに満たされていた。
***
シナモちゃんのおじいさんを紹介されて、動画の撮影が始まった。顔出しNGは聞いていたので、ちゃんと顔を隠すアイテムも持参していた。
「他になかったの?」
大神に文句をつけられたマスクは、私がバイトをするファミレスから借りてきたものだ。目の縁はスパンコールで彩られ、その周囲に七色の羽がこれでもかと飾られている。怪しさ満点のそれは、バイト先の店長の私物である。忘年会で使ったらしい。
大家のおじいさんは文句を言いながらも装着してくれた。似合ってますよと心にもないことを言ったら、本人はまんざらでもない様子だった。
大神がスパイダー名を決めていなかったために一時中断となった以外は、撮影は順調に進んだ。
冒頭の動画を撮り終わると、問題の部屋に向かうこととなった。コンクリートの階段を三階まで上りながら、ふと思ったことを口に出した。
「壁、けっこう厚いですね」
私が住む木造アパートに比べると、頑丈な造りなのはひと目で分かる。
「隣や上から、生活音ってしますか?」
「いいえ、よっぽど暴れなきゃ音は響きませんよ」
だよなあ。となると、本来は聞こえない音が隣に響いているというのは異常事態というわけだ。
案内されたのは、三階の一番端にある部屋だった。大家さんに鍵を開けてもらい、中に入る。
借り手がいないとはいえ、定期的に掃除をしているのか、ホコリっぽさはない。1DKのこぢんまりとした部屋だ。
撮影係の大神は部屋の間取りが分かるように、満遍なくスマホを向けていた。私は棚や押入れを開けて、怪しいものがないか探した。
「何もありませんよ。私と孫とで、隅々まで調べましたから」
天井も開くような部分はない。人間が隠れられるスペースはなかった。大神はスマホを持ちながら、壁をどんどんと叩いていた。
部屋に不審な点は見つけられない。となると次は、怪奇現象を体験した住人に話を聞くしかない。
隣の部屋を訪ねると、中から二十代の若い女性が出てきた。私と大神、大家にシナモちゃんを見て、何事だと警戒したように身を引いた。
「
「お願いします」
下手に出た私にはピクリとも反応しなかった女性だが、眼鏡をずらして素顔を見せた大神がお願いすると、顔色を変えてぺらぺらと喋りだした。なんていうか、どっちにもムカついた。
「最初は外から聞こえていると思ったんだけどね、間違いなく隣よ。隣から男の呻き声がするの。苦しそうな、恨めしそうな声」
「毎日ですか?」
「ええ、そうよ、毎日。ほんと、気味が悪いったら」
「引っ越しは考えていないんですか?」
別の階の住人は怖がって次々と引っ越してしまったというのに、原因である部屋の隣に住む人間が出ていっていないというのは不自然だ。よほど肝が太いか、無神経に違いない。
「もちろん考えたわよ。でも大家さんに引き止められて仕方なくいてあげてるの」
大家さんの苦々しい顔と、篠田さんの意地の悪い顔を見比べる。大家と
篠田さんの態度にすっかり気分を害してしまった大家さんは、自宅に戻ってしまった。シナモちゃんもおじいさんを心配してついていき、問題の部屋の前には私と大神しかいない。
「なんか変だね」
大神の言葉に、私は頷いた。
念のため、隣以外の住人にも話を聞いてみたが、不審な音や呻き声を聞いた人間はいなかった。しかし噂を知って気味悪がり、引っ越しを考えているという住人がほとんどで、怖がっていないのは篠田さんだけ。
「俺、あの人が嘘をついてると思う」
「私も」
「幽霊の仕業じゃないんだ?」
「あのね、なんでもかんでも幽霊が絡んでるわけないでしょ。幽霊だって忙しいんだよ」
廊下の柵にもたれかかって、灰色の天井を見上げる。天井に走ったひびを目で追いかけながら、両隣の人間が嘘をついているとして、それを暴くにはどうすればいいのか考えた。
彼女が聞いたと言い張るのなら、こっちは聞いていないという証拠を出さなきゃならない。それがいかに困難かは考えなくても分かる。証拠がなければ、自白に頼るしかない。けれどあの隣の住人が、あっさり反省して罪を告白するだろうか。答えは否だ。
「ごめん、兄貴から電話だ」
大神はスマホに耳を当てながら、階段のほうへと走っていった。その姿が見えなくなった直後、煙草のニオイが鼻を掠めた。
「そこでなにしてんの?」
扉の前に、若い男性が立っていた。ドレッドヘアに
「ここに住んでる子じゃないよね? どうしたの?」
「実はこのアパートで起きる怪奇現象について調べているんです。ここの住人の方ですよね」
一歩近づくと、煙草のニオイはさらに強くなった。お兄さんはまだ火の点いていない煙草をポケットに仕舞った。けれど身に染み付いたニオイは強く、一日に何本も吸っているのだろうと推察した。
「怪奇現象ってなに? ここで何か起きてんの?」
「知らないんですか」
知らなーいと明るく返事をしながら、お兄さんは興味津々だ。
「変な音とか声がこの部屋から聞こえるって、隣の人は言ってるんですけど」
「えーないない。ここ、壁が厚いもん」
だよなあ。原因の部屋で大神がどんなに壁を叩いていても、隣には一切聞こえなかった。生身の人間が立てた音ではないということは、すでに確定している。
「ところで、大家さんのことはどう思ってますか」
「ああ、あのじーさん? どうって、まあフツーかな。頑固で口うるさいけど、郵便受けが壊れたときはすぐに直してくれたし、会えば困ったことがないか聞いてくれるから、いい大家だと思うよ。でも」
「でも?」
お兄さんは言いよどむように
「回りくどいのはやめにしていい?」
「はい。要点をお願いします」
最初から目的があって近づいてきたのは分かっていた。私がひとりになるのをずっと待っていたんだろう。
「いきなりで悪いんだけどさ、助けたい人がいるんだ。おにーさんに手を貸してくんない?」
電話をしに行った大神は五分ほどで戻ってきた。私の元まで来ると、不思議そうに首を傾げた。
「誰かいた?」
「ここに住んでた人と喋ってた」
隣を見る。けれどお兄さんはすでにいなくなっていた。
「ふうん。その人煙草吸ってた? けっこう臭うよ」
「分かる?」
「分かるよ。やだなー、煙草の匂いって嫌いなんだよ」
***
問題の部屋には、私を含めて総勢五名の人間が集っていた。1DKにこれだけの人数が入ると、さすがに手狭だ。
「ねえ、いきなり当事者を集めたのはいいけど、どうするつもりなの?」
狭いダイニングキッチンで、大神が小声で不安そうに聞いてきた。
「証人見つけたから、二人の嘘を証明してもらうの」
「証人って、いつの間に」
「まあ任せなさいって」
大神の言葉を遮り、奥にある部屋に戻る。
集まった面子は、私と大神、大家さんとシナモちゃん。そして怪奇現象に遭遇したと言い張る隣の住人、篠田さんだ。
彼女は帰りたそうにしていたが、玄関に通じる廊下の入り口はシナモちゃんの巨体によって塞がれていたために逃走は容易くなかった。イライラした態度の中には若干の怯えも見える。真相が分かったから来てくれなんて、やましいことのある人間にとっては不安で仕方ないだろう。
「では全員集ったことなので、調査の結果を発表したいと思います」
今の言い方、授業でやる発表みたいだな。のんきなことを考えながら、円になって畳の上に座る人たちをぐるりと見渡した。ワクワクした様子のシナモちゃんに下手くそなウインクを返し、私は結論から言った。
「怪奇現象なんてありませんでした」
狭い部屋は、一瞬すべての音が消えた。
数拍置いて、私と大神以外の人間が口々に驚きと異論の声を上げた。
「ふざけないでよ! 私の証言が嘘だって言いたいワケ?」
「言いたいんじゃなくて、言ってるんです」
篠田さんは怯んだように一瞬押し黙ったが、すぐに立ち上がって詰め寄ってきた。しかし大神が間に入って制止する。
「落ち着いて、まずはこっちの話を聞いてください」
押し返された篠田さんの顔は怒りで真っ赤だ。しかし彼女よりもっと赤く茹だっている人間がいた。大家さんだ。
「あんた、私に嘘を言っていたのか。どれだけ迷惑したと思ってる!」
篠田さんは負けじと言い返した。
「知らないわよ。そもそも私が嘘をつく理由がどこにあるっていうのよ!」
「家賃を上げられたくなかったからでしょう」
人間、図星を突かれるとなんて無防備な表情を晒すのだろう。怒りも何もない素の顔を見せた篠田さんだったが、次第に動揺をあらわにした。
「なんだっけ、リノベーション? するから一旦出てくれって言われたんですよね。しかも工事完了したら家賃をアップするって。駅近でこんなに安いアパート、他にないと聞きました。困ったでしょう」
でも悪い噂がアパートについたらどうなるだろう。いくらキレイに改築したって、事故物件と名がついたアパートに好んで越してくる人間はそうそういない。家賃がよほど安くなければ。
「……だからって、私が嘘をついたって証拠にはならないじゃない」
先ほどより勢いは失っているが、言っていることは正しい。そう、私が示したのは状況としては怪しいということだけで、証拠には一切ならない。日本の司法では"疑わしきは罰せず"なのだ。いくら彼女が怪しかろうと、断罪することはまだできない。
「壁の厚さから考えて、隣の人間がよっぽど暴れなきゃ声なんて届きませんよ。物音や声を聞いたなんてありえない」
それでも大神は状況証拠で自白を迫る。相手の良心に訴えかけるように、もうやめましょうと優しい目で諭そうとした。
しかし大神よ、車も人間も一度アクセルを踏み込んだらそう簡単には止まらないのだ。彼女は今さら後戻りできないことを、よく自覚していた。
「だから! 聞いたって言ってるでしょ! 何年か前にこの部屋で亡くなった
自分に責任を擦り付けられ、大家さんの顔は赤を通り越してどす黒くなっていた。こめかみに浮き上がった血管が今にもはち切れようかというとき、ずっと沈黙を保っていた男がようやく口を開いた。煙草の匂いをさせて。
「おい、勝手に俺のせいにすんなよ」
ひとりを除いて全員の視線が、彼に向かった。
そう、シナモちゃんに。
「ったく、さっきから聞いてりゃ、怨念とか恨みとか、アホか。俺の人生はラブ&ピースだったっつーの」
「し、
大家さんが目を白黒させながら孫の名前を呼んだ。シナモちゃんの本名発覚というちょっとしたイベントが発生したが、私は口を挟まなかった。茂樹って意外だな!
「いやいや、柿崎っす。じーさん、久しぶり!」
顔の横に指二本を立てて、シナモちゃん、いや柿崎さんは上手にウインクを決めた。それだけで大家さんは悟ったらしい。孫じゃない、と。
「ちょっと、一体なんの冗談よ」
篠田さんがこの状況に呆れている。まあ普通の人間なら、突然始まった茶番にしか映らないだろう。
「ロコっ、なにこれ、ふざけてる場合じゃないよ?」
「こっちもか。とりあえずマオ君、黙っといてね」
お口にチャック、と言いながら唇を
「で、俺が部屋で呻いてたって? 篠田っちー」
篠田さんの顔は一気に青ざめた。
「この呼び方、懐かしいっしょ」
「……うそよ」
「あれ、まだ信じない? ひどいなー、何度か煙草を
それまでかすかにしていた煙草の匂いが、一気に強くなった。篠田さんは両手で鼻を覆い後ずさった。
「俺の吸う煙草の匂い、好きだって言ってたよね」
「ありえない」
「ほら手ぇ離して、俺の匂い嗅いでみてよ」
「ありえないわよ……」
篠田さんは鼻といわず顔全体を覆うと、壁伝いにずるずると崩れ落ちていった。傍にしゃがみこんだ柿崎さんは、震える篠田さんを複雑な表情で見つめていた。生前、二人がどんな仲だったのかは私には分からない。分からないけれど、柿崎さんが本当に助けたかった人が誰なのかは、分かった気がした。
***
『というわけで、怪奇現象ではありませんでした。ま、一番恐ろしいのは生きた人間ってことですな。ではマオ君、最後いい感じで締めて』
『えっ! そんな急に……えーと、あの、見ていただきありがとうございました』
『以上、ロコとマオでしたー』
動画を見終わったシナモちゃんは、よかったんですか、と不満げに言った。騒動から五日がたち、私と大神は
「僕、取り憑かれていたんですよね? 幽霊はたしかにいたのに、言わなくてよかったのかな」
コメント欄には"ショボい結末"とか"肩すかし"など、がっかりしたユーザーのコメントであふれていた。
「依頼は、怪奇現象の解決でしたから。柿崎さんは犯人じゃなかったんだし、動画に出すのはおかしいですよ。それにせっかく怪奇現象の疑いが晴れたのに、柿崎さんが出ちゃ意味ないでしょ」
「そっか、そうですよね」
シナモちゃんはようやく納得してくれた。依頼解決のお礼と、おじいさんからだと言って苺のパックをくれた。依頼に対して基本、報酬は受け取らないのだが、これくらいならいいだろうと受け取ることにした。
シナモちゃんに見送られてアパートを後にすると、それまでずっと黙っていた大神がようやく口を開く。
「篠田さんがアパートを出たくなかった理由って、本当に家賃が原因なのかな」
「さあね。何も言わずに出て行ったみたいだから、分かんないよ」
あの後、嘘を認めた篠田さんは大家さんに謝罪して、早々にアパートを出て行ったらしい。
「もしかしたらさ、柿崎さんと離れたくなかったんじゃないかな」
「おやおや大神君、幽霊なんて信じてないんじゃないの?」
「ちがっ、柿崎さんがいたアパートと離れたくなかったんじゃないかって意味!」
そんなムキにならんでもいいのに。早歩きで駅に向かう大神の後ろをマイペースについていっていると、ヤツは立ち止まって「早く!」と言った。私は速度を一切上げず、ゆっくりと追いついた。
「それにさあ、シナモちゃんに取り憑いたなんて、俺は信じてないからね」
「演技だって言うの?」
「そうとしか考えられない」
「じゃあ煙草の匂いは? あれは演技でどうこうできるもんじゃないよ」
「……俺、あのとき鼻が詰まってたから」
そうきたか。
頭は良いけど固いんだよなあ。でも柔らかすぎて馬鹿の域に達していると母に言わしめた私と足して、ちょうどいいのかもしれない。
相棒としては悪くないって思っていることは、まだ言いたくない。だってロコ&マオの船出は、まだ始まったばかりなのだから。
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