ジル・ド・レ
一五年前に捕まった少女連続殺人犯。三件の少女殺しで起訴された彼が自供した幻の「四人目」。それが塔ナギサだ。
男の供述に反して、彼女の死体は発見されなかった。塔ナギサ殺しが立件されることはなかった。男を絞首台に送るには、三人の命でも十分だったからだ。
物心つくかつかないかの頃の事件を知っているのには理由がある。被害者の一人が、この街に住んでいたのだ。
僕はその少女が住んでいた団地と部屋の番号まで知っている。その少女が拉致された場所も。いまでこそ多少見通しがよくなっているが、当時は背の高い木々が植わり、周囲の目線を遮っていたらしい。
商店街――それもいまではシャッター通りになっているが――へと小走りに向かう少女。人のよさそうな男がにっこりとほほ笑み道を尋ねる。
案内してくれるかい。
うん。
男は車道と歩行者道路が交差するところに車を止めていた。犯人が牢につながれても、恐怖は残る。この街で暮らしていれば、何もしなくたって耳に入ってくるものなのだ。
「そんな事件があったの?」
河野は目を丸くした。
「知らないの?」
「初耳だけど。ほら、うちは上に兄弟がいるわけでもないし」
「でも、生まれはここなんだろ。おばあさんがの団地に住んでるって聞いたけど」
「おばあさんじゃなくて、大叔母っていうの? だけどね」河野は訂正した。「でも、さすがそういうの詳しいよね」
河野は目を細めた。自分が知らない遠い過去の事件よりも、目の前の友人をいじる方が大事だとでもいうように。
「まあね」
僕が話に乗ったのを受けて、河野は。
「やっぱり過去の事件から研究したりするんでしょ。どうやったらばれないようにやれるかとか」
「そりゃね。何の世界だってそうでしょ。温故知新。先人に学ぶのが上達の第一歩なんだよ」
「捕まった人たちでも参考になるの?」
「そりゃそうだよ」「失敗は成功の母って言うだろ? もちろん、同じ失敗を繰り返すのは馬鹿のすることだけど、本当に賢い人間は他人の失敗を自分の糧にできるんだよ」
僕は目つきが悪い。いや、悪いらしい。河野曰く二、三人は殺ってそうな顔なのだそうだ。毎朝、鏡を眺めるたびに首をかしげてしまう。こんな人畜無害そうな男はそうそういないだろう。むしろあまりにも特徴がなくて悩んでいるくらいなのだ。あるいは、そのせいなのだろうか。他にもっと特徴があれば、そこをいじられたのだろうか。
同級生たちは何か血生臭い事件が起こると決まって僕に振ってくる。君がやったんでしょ。吐いた方が楽になるぜ。もちろん本気でそう思っているわけではない。こんなものは他愛ないコミュニケーションにすぎない。すぐに否定することもあれば、いったん話に乗ってからそうすることもあった。そのあたりはケースバイケースだ。かたくなに否定ばかりしていてはつまらない奴だと思われてしまう。適度に話に乗っておく必要があるのだ。
「どうしたの?」
「いや、本当に詳しいなと思って」
「顔が引きつって見えるけど」
「そう見えないんなら、目がおかしいんだよ」
どうやらやりすぎたらしい。僕がキャラを固めるため、殺人事件のルポや残酷物語の類を読み込んでいるのは事実だ。けれど、それは断じて趣味ではない。そのあたりみんなは勘違いしている。僕が人知れず犯行を重ねる現代のジル・ド・レだなんて与太を真に受ける人はいなくても、僕がそれらの文献を舌なめずりしながら読み漁っていると信じている同級生が少なからずいるのだ。嘆かわしいことだね。
「さっきの事件もさ、知らない方が普通だと思うよ」
だんだん自信がなくなってきた。
「そうかもしれないね」
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