お姉さん

 お姉さんは、唯一いやな顔をした大人だった。


「えー、いやよ、子供なんて」


 そんなことを言う大人はいなかった。わたしを引き取ることになった親戚たちはみな人のよさそうな笑みを浮かべ、そうするのがさも当然であるかのようにわたしの手を引き、自分たちの家へと連れ帰ったものだった。


 もしかしたら、と期待することは何度もあった。愛想だって必死に振りまいた。それが自分の居場所を守ってくれると信じて。他人の表情にも敏感になった。その努力が実ったためしは一度もない。何年か後には、わたしはまた違う手を握っているのだ。


 どれだけ愛想を振りまいたって同じだった。だから、わたしは笑うのをやめた。そしたら本当に笑えなくなった。お姉さんと出会ったときには、もうそうなっていた。


 新幹線の座席ではずっと無言だった。お姉さんはずっと険しい顔をしていて、わたしはPSPのディスプレイに見入っていた。


 お姉さんのアパートは東京の郊外にあった。部屋にはよく男の人たちが出入りしていた。職種も年齢もまるでバラバラに見えた。強いて共通点をあげるなら、どことなく漂うだらしなさだ。子供っぽさと言い換えることもできるかもしれない。男の人たちはみんなわたしに優しかったし、わたしの目線で一緒に遊んでくれた。入れ代わり立ち代わり現れるので、顔や名前を覚える暇もなかったけれど。お姉さんはいつも、そんなわたしたちの様子を注意深く伺っていた。やがて、男の人が一人減り、二人減り、わたしたちだけになった。


「別に」お姉さんはわたしが尋ねもしないうちに言った。「あなたのためじゃないわよ。ずっとこうしようと思ってたんだから」


 わたしは毎年、自分の誕生日を忘れてしまう。あの年もそうだった。キッチンのラックで見つけた小包が自分へのプレゼントだとは夢にも思わなかったのだ。


「あーあ、見つけちゃったか」お姉さんはため息をついた。

「まあ、いいわ。誕生日おめでとう」

「誕生日?」

「気づいてなかったの?」


 わたしは頷いた。


「あちゃー、じゃあいっそ黙っといた方よかったか」お姉さんは困ったように笑った。「なんか、もうぐだぐだね」


 それからまたため息をついて言った。


「だからいやだったのよ。だってこんなに面倒くさいんだもの」


 何をもらったかは覚えていない。お姉さんの困ったような笑顔だけが印象に残った。

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