Witch's World

 わたしたちは箒にまたがり現場に向かう。能天気な歌がサイレンの代わりだ。


「よく歌っていられますね」


 新人が咎めるような視線を送って来た。


「歌わなきゃやってられないってな。お前だってトイレ掃除のときは鼻歌くらい歌うだろう」


「わたしたちの仕事はトイレ掃除じゃありません」


「似たようなものだろ。誰もやりたがらないって意味じゃあな」


「先輩たちはいやいやこの仕事をやってるんですか」


「自分はそうじゃないって顔だな。一週間後が楽しみだよ。そのころにはきっとお前もトイレ掃除の方がまだましだって顔になってる」


「新人の士気を下げるのはやめろ」わたしは言った。「こいつの言うことは話半分に聞くように。相手をするくらいなら、花占いでもしてた方がまだ生産的だぞ」


「異議あり。隊長殿は部下の威厳を不必要に貶めています」


「必要かどうかを決めるのはわたしだ。それに、新人いびりが好きじゃないとは言わせないぞ」


「そりゃあ、トイレ掃除よりはいくらか好きですがね」


「キドニーパイの次に好き、の間違いでしょ」


「おい、黙ってろ」


「あれれ、違った?」


「序列が逆転したんじゃない? きっと、キドニーパイは王座から陥落したのよ」


「お前らな」


「さて、ではそろそろ評決を取ろうと思うが」わたしは言った。「こいつが有罪だと思うものは挙手をするように」


「はいはーい」


「というわけだが? 被告人」


「くそったれの民主主義め。で、量刑はどうなるんです? 現場まで逆立ちしてましょうか?」


「お前の曲乗りを拝みたいのはやまやまだが」わたしは苦笑した。「交通課の連中の仕事を増やすのはごめんだな。現場につくまで口を閉じていろ」


「冗談じゃないですよ。そんなことしたら、喉にクソがつっかえて窒息死しちまいまさあ」


「口からクソをまき散らしてる自覚はあったようだな。まあいい。歌うくらいなら許してやる」


「御恩情痛み入りますよ」


 部下たちはふたたび歌いはじめた。


「咎めないんですか」新人が不満げに言う。


「魔女から歌を取り上げたら何も残らないだろう?」


「ここの人たちはみんなそれです。どこに行ってもあの頭のおかしな歌を歌ってる。コマドリを殺したのは誰だの橋が落ちただの」


「マザーグースに馴染みはないようだな」


「わたしがイギリス人に見えますか?」


「あいにくと向こうの世界のことはよく覚えていなくてね」「それにわたしがこっちに来てから国際化が進んだという可能性もある」


「向こうには一度も帰ってないんですか」


「申請がどれだけ面倒かは君も知ってるだろ」


 新人の表情はこわばっている。出動の段階でこれでは現場についてからのことが思いやられた。わたしたちは殺人の現場に向かっている。死体をはじめて見た新人がどのような反応をするかはいやというほどわかっていた。



 現場にはすでに鑑識が到着していた。


「入っていいか?」


「どうぞ」


「歓迎会が始まる前でよかったかもね」鑑識がにたりと笑う。


「どういう意味です?」


「何を食べたところでここで吐いたら同じことだからな」わたしは言った。


「舐めないでください」新人は強気にテープを踏み越え現場に入った。


 やれやれ。


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