反宇宙人


 転校生はクトゥルフの邪神でもなければでもなかった。


「みんなに転校生を紹介するぞ」担任代理の大谷はにかっと笑った。「よし、入ってきなさい」


 ドアが開いた。教室中の視線がそこに釘付けになり、一瞬後には教室中の目が点になっていた。


 いやね、うちの学校はたしかに通学用の鞄に何を使っても自由だ。リュック、ボストン、スクールバッグ、みんな思い思いの鞄で登校してきている。


 けれど、それにしたってスーツケースを転がしながら登校してくるやつは見たことがなかった。


 そいつはスーツケースをころころ転がしながら、黒板の前まで移動した。小柄な女の子。前の学校の校則が厳しかったのか髪は真っ黒で、肩につかない長さに切りそろえてあるが、美容師がそこだけ切り忘れたようにもみあげだけがだらんと伸びていた。


 そいつは僕たちに背を向け、黒板に自分の名前を書きはじめた。


「塔ナギサ」


 彼女はそう名乗った。クラス中の視線が注がれているって言うのに、まるで無表情だ。緊張感の欠片も感じられない。


 さあ、転校生の挨拶といったら肝心だぞ。今後の学校生活を左右する重大なイベントだ。後々、会話の取っ掛かりとなりそうな話題を織り交ぜつつ、個性を打ち出しすぎないように注意しないといけない。お前はスーツケースの時点で十分すぎるほど個性を主張した。頼むからこれ以上、余計な色を混ぜないでくれよ。


 なんて、僕の願いはあっさりと裏切られた。


「僕は自分のやりたいことをずっと前から把握していた。そして、それが社会に受け入れられないであろうことも。それを実行に移すことでアウトサイダーに身を落とさざるをえないことも。しかし、それが何の問題になるだろうか。君たちは僕を怪物のような存在だと思っているのかもしれない。しかし、もしもそうであるなら、どうして僕はいまだ自由の身でいられるのだろう。君たちの目は怪物を見抜けないほど曇っているのか? そうではない。誰も僕を見つけられない。それは僕が反宇宙の存在だからだ」


 教室が水を打ったように静まり返る。


 なるほど。転校生はクトゥルフの邪神ではなかった。


 それにしても反宇宙人とは。

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