プロローグ

 わたしは茂みの中を行く。


 照りつける日差し。湧き出る汗。身体に群がる虫。降り注ぐ蝉時雨。不快感を払うように手をかざす。しかし、日差しを遮ることはできず、汗を拭うことはできず、虫を払うことはできず、耳を塞いで蝉時雨を遮ることもできない。


 わたしを見つけて。


 むかし書いたホラー小説の一文が頭の中をぐるぐるめぐる。


 少女は殺された。林の中に埋められた。大学生の主人公は彼女の声に導かれるまま、ショベルを抱えて林に赴く。彼女を掘り出すために。死体と化した少女を。白骨と化した彼女を。


 しかしこれは小説ではない。ここは林ではない。昭和ではない。わたしはもう学生ではない。わたしは中年にさしかかりつつある作家で、ここはアパートの近所にある公園の茂みだ。


 腐臭が一段と強くなる。虫の羽音がいっそう大きくなる。誰かが生ごみを棄てたのだろうか。そうではない。最後の茂みを払った。


 少女の声が聞こえた気がした。


「やっと見つけてくれた」


 わたしは嘔吐した。膝から崩れ落ち――何度も何度も吐いた。


 足音は次第に大きくなり――


 何者かがわたしの肩をつかむのがわかった。続いていくつもの手が――


 わたしを引き倒し、地面に押さえ込む。


 よれたシャツの男たち――


 ゆっくりと五感が戻ってくる。土の匂いが。蝉時雨が。サイレンの音。男たちの喧騒。彼らの叫び――


「不審者一名を確保!」

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