良い刑事と悪い刑事

 三時間目後の休み時間、二年生の先輩二人が知佳を尋ねてきた。


「市川知佳さんだよね」


「はい」知佳は教室前の廊下で応対した。「あの……何か用でしょうか」


「ああ、ごめんごめん。ちょっと市川さんに訊きたいことがあって来たんだ」


「わたしに?」


「そ。市川さんってアイドルとか歌手になりたいって思ったことない?」


「ないですけど」


「じゃあ、アナウンサーとか声優さんには?」


「ないですね」


「うーん、じゃあラジオのDJは?」


「ないです」


「うーん、困った」


「あの……これはいったい」


 そこで、横に控えていた先輩が言った。


「ごめんねー。わたしたち実は放送部でお昼の放送をやってるんだけど、市川さんにゲスト出演してもらえないかなって思ってきたの」


「わたしが?」


「ちょ、ザキちゃん。話には順序ってものがあるでしょうが」


「ナベはちょっとまわりくどすぎるよ。また何かの心理学の本でも読んだんじゃないの。絶対勝てる交渉術、とか相手を支配する心理学みたいな」


「何で知ってるの」ナベと呼ばれた先輩が言った。「まさか、ザキちゃんも心理学の本を……」


 ザキちゃんはそれを無視して、「ごめんね。急な話で驚いたでしょ。いやなら断っていいんだよ」


 知佳は考えてから言った。


「なんでわたしなんでしょうか」


「その理由も来ればわかるよ」


「そう言われても、わたしには何がなんだか……」


「そうだよね。じゃあ、お昼の放送にも出てもらえないよね」


「はい。ごめんなさい」


「いいの。気にしないで」


「気にするよ!」ナベが叫んだ。「ザキちゃん、わかってんの? 部長に言われたでしょ。縄につないででも連れて来いって。じゃないと、あたしらのアレが全校に放送されるって脅されたじゃん」


「そうだね。でもしょうがないと思う。わたしたちの事情に後輩を巻き込んじゃダメだよ」


 ザキちゃんはナベの手を握った。


「でも……」ナベが忌まわしい想像を振り払うように、首を振った。「ザキちゃんは耐えられるの? だってアレだよ? 部長だったら本気でやっちゃうよ?」


「耐えよう。わたしたちは先輩なんだもん」


「ザキちゃん……」ナベは言った。「わかった。あたしらが甘んじて罰を受けるとしよう」


 ひしと抱き合う二人。


「ああ、市川さん。お邪魔して悪かった。聞いての通り、あたしたちはもう行くから」


「あの……」


「今日の放送で何が流れても、市川さんは気にしないで。罪悪感にとらわれたりしないで」


 そう言いながら手を振る。最後に、ザキちゃんが満面の笑みで付け足した。


「ああ……でも、もし、万が一出る気になったときはお昼休みに放送室に来て」

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