宇宙人
わたしのクラスには宇宙人がいました。その宇宙人は名前をマサキ君といっていつも問題ばかり起こしていました。
「なんでこんなことをしたんですか」
放課後。学級委員のわたしは帰りの会を取り仕切っていました。マサキ君が立たされているのは、昼休みの掃除をサボったからです。
「ごめんなさい」
マサキ君が言いました。マサキ君は服装に頓着しないタイプらしく、ほとんど毎日同じような服を着ています。彼のクローゼットにはきっと似たような服ばかりがずらっと並んでいるのだろうなと余計な想像をしてしまいます。
「気持ちがこもってねーぞー」
「カツミ君は静かにしていてください」
「はーい」
くすくすと笑い声が起こります。
「邪魔が入りましたね。でも、マサキ君。カツミ君の言うことも尤もですよ。謝るっていうのはただ頭を下げればいいってものじゃないんです」
「ごめんなさい」
「ですから、そうやってただ頭を下げられても……」
「ごめんなさい」
「あの、マサキ君?」
「ごめんなさい」
「ストップストップ」思わず口調が砕けました。「マサキ君、人の話をちゃんと聞いてましたか? わたしはいまあなたの謝り方を問題にしていたんですよ?」
「ごめんなさい」
「ああ、もう。ごめんなさいは禁止です。とりあえずわたしの話を聞いてください。いいですか、マサキ君。あなたの謝り方は誠意に欠けるんです。分かりますか? 誠意です」
「分かりません」
「そうですか。素直でけっこうです。いいですか、誠意というのは相手のことを真摯に考える気持ちです。何か間違いを犯したとき、ああ申し訳ないな、こんなことはもう二度と繰り返してはいけないなと反省する気持ちです」
「反省……」
「そうです。反省です」
「……」
「あの、マサキ君。もしかして反省が何か分からないんですか」
「はい」
これにはわたしも驚いてしまいました。反省が分からない。一体、どんな教育を受けてきたらそんな子供が育つのでしょう。
「さすが宇宙人。この星のことはなんも知らないんだ」
カツミ君が言うと、教室が沸きかえりました。
宇宙人。
マサキ君にはどこか人間らしい感情が欠落したところがありました。それが宇宙人とあだ名されるゆえんだったのです。
わたしたちが住む街は、UFOの目撃情報が絶えない地域として有名でした。のみならず、数年前には山に隕石が落ちたことで耳目を集めました。
宇宙人がひそかに下りたのではないか。
子供のみならず大人たちの間でまでそんな噂が流れるのだら、ため息もの。いい年して何を信じてるんだと言いたくもなる。弟は「サンタさんがいるんだから宇宙人だっていてもおかしくない」なんて言うけれど、サンタさんを宇宙人なんてオカルトな代物と一緒にしないでほしいです。
話がそれました。
マサキ君が隣町の小学校から転校してきたのは、ちょうど六年生の一学期が始まるのと同時だった。
「よろしくお願いします」
ずいぶんぎこちない。緊張しているのだとクラスの誰もが思いました。でも、いま思えばそれがマサキ君の常態だったのです。
マサキ君の伝説は始業式の翌日から早くも始まりました。同じ班のマキさんをじーっと注視し続けたのです。気の弱いマキさんは体調を崩して保健室に運ばれてしまいました。
ぎこちない所作、何事にも動じないポーカーフェイス、きっと宇宙人に違いない。そんな噂が流れ始めるのに時間はかかりませんでした。
「よう、宇宙人」
誰とは言いませんが、本人の前で堂々とそのあだ名を使う人もいました。カツミ君……いえ、仮にK君としますが、彼の後に続くようにして「宇宙人」というあだ名はすっかり定着してしまいました。
「宇宙人なんて言われて平気なの」
わたしはマサキ君に訊いたことがあります。
「平気。前の学校でも言われてた」
ああ、やっぱり前の学校でも浮いてたんだなと納得してしまいました。
まあ、本人がいいならということでわたしもそれ以上は注意せず、静観することにしました。
夏休みに入りました。
「ねえ、アリサちゃんは読書感想文どうするの?」
「もう書いたよ?」
「本当? わたし、何読めばいいか分からなくて~。アリサちゃんはどうしたの?」
「うん、わたしも悩んだんだけど、本屋さんに行ったら面白そうな本が置いてあったからそれにした。ねえ、知ってる? この街に小説家さんが住んでるんだって」
「へえ、知らなかった。どんな本なの?」
「それがね……ちょっと不思議なんだ」
わたしがその本を見つけたのは、駅前の本屋さんでした。小説のコーナーに平積みにされている本があったのです。書店員さん手書きのポップを見てみると、なんでもこの街に住んでる覆面作家が書いた小説のようです。それで猛プッシュしているというのです。
――ひと夏の感動SFストーリー。お子さまにもオススメ。
それは宇宙人にまつわるお話でした。隕石が落ちたとき、ひそかに地球に下りていた宇宙人が人間の子供に混ざって生活しているというお話です。名前こそ変えてあるものの、この街をモデルにしていることは明らかでした。駅前の商店街、私鉄の線路を挟んで。わたしは見覚えのある光景を頭に浮かべながら読みました。
さて、その宇宙人は女の子です。彼女は自分の正体を隠して学校に通っていたのですが、ある日同級生の男の子にへそがないのを見られてしまいます。この本に出てくる宇宙人は人間そっくりの姿をしているものの、へそがないという設定でした。
「へえ、それでどうなるの?」
「それがね、女の子は見た目こそ人間そっくりだけど実はその子の故郷……っていうのかな。とにかくその子が住んでた星は地球とまったく違う文明を築いていたの」
一例を挙げると、彼らは社会という概念をまったく持たない種族でした。いえ、わたしたちの星と同じように相互互助的な施設はあるのですけれど
「だから女の子は色々とずれがあるわけ。その言動がいちいちおかしくて……ちょうどマサキ君みたいなの」
「マサキ君も宇宙人だもんね~」
ミサキちゃんが冗談めかして言いました。
「そうだね。でも、その女の子はマサキ君よりよっぽど可愛げがあるけど」
さて、二学期が始まって間もなくのことです。ヨシミさんが目を真っ赤に晴らしながら登校してきたことがありました。
「どうしたの」
すでに登校していた女の子たちがヨシミさんの周りに集まります。大柄なヨシミさんが、頭ひとつ低いクラスメイトたちに慰められる様子はなんというかちょっとシュールでした。
「ちゃんこ、ちゃんこが……」
ヨシミさんはこらえきれなくなったのかワンワン泣きながら言葉を漏らしました。ぽっちゃ……胴回りの太いヨシミさんが「ちゃんこ、ちゃんこ」と連呼する光景は。周りにも笑いをこらえている同級生がちらほらいます。まったく、失礼な話です。ヨシミさんわたしみたいに机に伏せて隠すくらいの配慮は見せてほしいものです。
「ちゃんこがどうしたの?」
「ちゃんこ……死んじゃった」
話によると、ちゃんこというのはヨシミさんが飼っているラブラドールレトリバー(♂)の名前のようでした。それが今朝、犬小屋の中で冷たくなっていたというのです。
「そう、辛いよね。わたしもハムスター死んだことがあるから分かるよ。それにしても急に死んじゃうなんて病気だったのかなあ」
「えぐ……この前の検診でも……ひえっぷ……健康だって……ぐおえら……言ってたのに……」
「そう……」
「昨日まで元気だったのに……えぐ……ちゃんこ……ちゃんこ……」
「なあ、それってよう」割り込んだのはカツミ君でした。「宇宙人の仕業なんじゃね?」
「宇宙人? マサキ君のこと?」
「いや、そうとは言わねえけど。だって、宇宙人って言ったって一人とは限らないだろ? 最近多いらしいぜ。ペットの不審死? っていうの。昨日まで元気だったのに突然ぽっくりなんてことが続いてるって父ちゃんが言ってたぜ」
「そういえば、カツミ君のお父さんって獣医さんだっけ。ねえ、原因は分からないの?」
「らしいぜ」
「じゃあ、やっぱり宇宙人なのかな……」
「そうに決まってるって。なあ、マサキ。お前、仲間が悪さしてたら何か分からねえの?」
カツミ君が水を向けました。当のマサキ君はというと、ぼーっと金魚の水槽を眺めています。
「ちっ、無視かよ」
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