ヒトりぼっち

この星には、もうボクしか残っていなかった。

資源を取り尽くし、戦争で汚染された地表と大気しか残されていない地球に止まる方がどうかしている。


ボク以外に、この星に残ったヒトはいない。確かめたんだ。絶対にいない。

首から伸びるコードは地球につながれた奴隷の証。


美しさとは無縁の世界。賑やかさとは無縁の世界。

孤独だけが降り積もる世界。


最初の500年は、誰もいないという状態の新鮮さがボクを高揚させた。

次の100年は、自分以外の個がないことをまざまざと思い知らされた。

そして今。ボクは600年続いた孤独に終止符を打つことにした。


体のほとんどを機械に置き換えたというのに、これは生物としての本能か。

ボクは、人間を造る。自分以外の個を。

愛を育み、この星に繁栄を取り戻す。

そして造ったヒトと共に、この地に人類を再び生み出す。ずっと昔にこんな話を見た気がするが、もう記憶は磨耗してしまってはっきりしない。

もう、色んなことを忘れてしまった。でも今のボクに必要なのは、これまでの記憶ではなくこれからの記憶だ。


ヒトの材料は集めれば50人分程度ある。

ヒトを生み出す機材も、もう完成している。

あとは材料を入れてスイッチを押すだけ。


乾燥食品と同じだ。


用意した材料を1人分ぴったり入れて、機械の電源を入れる。

溶液が満たされた水槽に、蛋白質の筋が漂いはじめた。これが寄り集まって、ヒトになる。1人になったボクが一番力を入れて作った装置がこれだ。

想定外なんて存在しない。


だが、100パーセントなんてこの世には存在しない。

装置は想定以上に時間をかけて人間を製造した。

人間で言うところの受精卵レベルになるのに50年かかった。そこから胎児になるまで30年かかった。

胎児から大人の状態まで成長させるには、あと40年かかる計算が出た。

ヒトに焦がれて、ヒトに飢えて、ヒトに会いたくて仕方がないボクに40年は長すぎた。

何も無い600年よりも、欲しいものに指がかかった状態の6年はずっと長かった。


ボクのためのヒト。人間。人類。

ボクを求めるヒト。

これから生まれて来る人間が欲しくて欲しくて仕方なかった。

40年こんな状態でいたら、オーバーヒートしてしまう。そう判断したボクは眠りにつくことにした。体を一次的に停止させて、40年後きっかりに眼が覚めるようにタイマーをつけて。

人間に恋い焦がれながら、ボクは眠った。



* * *



タイマーが無事に作動して再起動が始まる。

ボクの為のヒトにようやく会える。

製造装置の水槽を急いで覗きに行くと、水槽のガラスが割れ、中身はどこかへ行ってしまっていた。

出来たばかりのヒトがそう遠く行けないとわかっていても、少し焦った。

慌ててあたりを見回すと、机の下に足が見えた。


いた。ボクの愛しい人間。


足を掴んで机の下から引きずり出す。

引きずり出されたまま動かないヒトを、観察する。


身長は100センチ弱。一対の腕と、その付近に生えた小さな副腕。一本の細長い足と、周辺の触手。

薄橙色の肌を持ち、眼球は1つ。

耳らしき穴が眼球の下に2つ。

口には歯が生えておらず、全身に毛は生えていない。

体表は冷たく、体は全身的に硬直している。


ボクはもうヒトの形を忘れてしまったが、完璧な計算と装置によって作り上げられたこの生物がヒトで無いはずがない。

ひさびさに手に入れたボク以外の個体は、ボクの心を鷲掴みにした。


なんて美しい生き物! なんて愛らしい生き物!


ああ、ボクはこの子と一緒に人類を再興するんだ。

ずっと会いたくて仕方なかった。生まれるずっと前から愛していたこの子と共に、この星に繁栄を!

そしてボク達の愛を永遠に育んでいこう。

未だ動かないヒトを抱きしめて、ボクはそう誓った。

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