わたしの家は、代々機織りをしている。遡るとどこまで昔からその仕事をしているか、わからないがずっと昔から布を使っている。

祖母から孫娘へと口伝で伝わるその技術は、もはや人間の仕事の域ではなく、神の衣を織っているようだと言われていた。


12歳になると女の子は外界から離れ、祖母とともに磐境と呼ばれる山へ篭り、一生かけて機織の技術を身につける。12歳になったわたしは、家のしきたり通りに山へ入った。

急な石段を、儀式用の白い衣装を着て登って行ったことや、初めて会った時の髪の短い祖母の優しい顔を今も鮮明に覚えている。

鬱蒼とした森の中へ飲み込まれていくような不安と、神聖な空気が自分の穢れを気付かせてくる嫌な感覚、非日常に自分の価値観を塗りつぶされる体験は、あそこから始まったのだ。


石段を登りきると、目の前には木造の小屋がある。そこで寝食と機織りをする。

岩清水と山から採れる僅かな作物で生命をつなぎ、祖母からひたすら機織の技術を学ぶ。

そうやって機織の様子や、織った布を見ないまま6年が経った。 糸の紡ぎ方、機織の技術を一通り身につけたわたしに、ある晩祖母が言った。


「あしたの朝早く、我が家が担ってきた仕事をあんたに教えてやるからね。朝日が昇る前には行水を済ませておくんだよ」




とても空気が澄んだ朝だった。木の葉の輪郭がくっきりと見えるほど透き通った山へ、霧が流れ込んでくる。霧は朝日を柔らかく遮って、キラキラと光の通り道を示した。


「ここで見ていなさい。そう何度もできることじゃないからね。やり方を覚えるんだよ」


そう言うと、祖母は白い装束を着て霧の中へ粛々と入っていった。祖母は光の筋へと手を伸ばす。

祖母が皺だらけの指を光に差し込んでゆっくりと引くと、透明な糸が指に絡まってスルスルと現れた。

絡め取られた糸はしゃぼん玉のように繊細そうで、虹色に光を反射した。

祖母は丁寧に糸をある程度の長さに纏めると、懐から和紙に包んだ鋏を出して切った。そしてその糸を足元の竹かごに入れた。

何度か霧から糸を取ったあと、祖母は6年間綺麗に伸ばした髪を手に持った鋏でばっさりと切り落とした。切り落とした髪を糸と同じようにかごに入れると、わたしの元へ戻ってきた。


「これで糸を取るのはおしまい。次はこれを布にするよ」


小屋に戻り、祖母が使い慣れた様子で機織機に糸をかけるのを傍で見た。艶やかで、不思議な脆さを感じさせるその糸で、どんな布が作られるのか全く想像がつかない。

わたしが知っている織り方とは全く違う方法で、布が織られていく。丁寧に丁寧に、糸がより集められて布になる。


数日間飲まず食わずで続けるから離れて良いとは言われたが、わたしは布が出来上がる様子を一瞬も見逃したくなかったので、傍で見続けたいと伝えた。


「しょうがないねえ」


出来上がった布は、シルクのような滑らかさで、不思議な色合いをしていた。祖母曰く、見る人によって布は姿を変えるそうだ。

布は、水浅葱の光沢を放って祖母の手に収まっている。三日三晩かけて織ったはずなのに、布は手ぬぐいほどの長さにすらなっていなかった。


「これで十分なのよ」


祖母はその布を丁寧に桐箱へ入れると、小屋の裏にある蔵へしまった。九年に一度麓からやってくる使者に、まとめて渡すそうだ。



霧から巻き取った不思議な糸を使って、一生不思議な布を織り続ける。自身の死が近づくと、孫娘へと技を伝える。ただその繰り返し。誰が始めたのかもわからない。誰のためにしているかもわからない仕事は、連綿と続いていく。

その仕事を次するのは、わたしだ。家族も友達も普通の暮らしも捨てて、一生布を織り続ける。本当はこんな事から逃げ出したい。世の中も知らないまま山の中で、祖母だけとしか会えない生活なんて嫌だ。死ぬまで布を織り続けることが決まっているなんて、嫌だ。



美しくて繊細な布に、わたしの人生がゆっくりと包まれていく。

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