着色 前編

優れた人工知能により完璧に人類が管理されることで世界からあらゆる苦しみが取り除かれた。事故、疫病、果ては労働までも。人類は機械の力を借りることで一段階上の生活を手に入れた。

しかしいくら道具や環境が変化したところで人間の本質は変わらない。他者と己を比べ、僻み足を引っ張り合う。どこまでいっても人類は全く進化しないようだ。無菌室の中で喰い合うような戦争は世界の各地で今も点々と起きている。

旅商人の父と共に世界を巡っていろんなものを見て体験した俺にわかったことはどこのどんな人でも所詮は欲に支配された獣であるということだけだった。


首都に滞在していたある日、メセクテト教の神父を名乗る男が宿まで訪ねてきた。ある少女に世の中について教えて欲しいとのことだった。1ヶ月ほどその少女につきっきりで教えてほしいと。

旅に次ぐ旅で移動し続けることに疲れていた俺は1ヶ月程度一つ所に腰を落ち着けるのも悪くないと思いその依頼を受けた。

神父に連れられて世界中で信仰されているメセクテト教の本部は太陽を崇めているだけあって街の中でも少し高い位置にあった。


「随分変わった形をしているなぁ。東洋風かと思って輪郭をなぞっているうちに気づけば洋の色が強くなるような。まるで騙し絵のようだ」


「風水、占星術、仙術、陰陽道など前文明に研究されていたまじないやメセクテトの元となった各宗教の神秘を束ねて位置を決定、建造されたのがこの本部になります。そう感じるのも無理はないでしょう」


「なるほどね」


白い砂利を踏んで本部の敷地内でも一段と高い塔へと進んで行く。

塔の足元では純白の衣装を身につけた神父や巫女たちが待ち構えていた。その中で唯一烏帽子をかぶった男が一歩前に出た。おそらくこの男がこの場所の責任者なのだろう。


「お待ちしていました。詳しいお話もないままご足労いただいて本当に申し訳ない。私はメセクテト教の教祖をしています、タイフォンというものです」


「あ、どうもです」


その後塔に入ったら1ヶ月間外に出てはいけないこと、塔の中でのことは塔から出た後に記憶処理で消すことを伝えられた。最重要機密なのです。との談だが世界最大の宗教が抱える重要機密に関わるようなことをなぜ外部の、しかも住む場所も決まっていないような俺に任せるのかよくわからなかった。まあそんなことはどうでもいいだろう。


「食事や娯楽になるようなものは定期的に塔の中に運び込ませます。そして塔に入るのに決まった服がありますのでそちらに着替えていただきます。また、ものの持ち込みはご遠慮いただいているのでこちらでお預かりします」


教祖の言葉が終わるやいなや控えていた巫女や神父達が俺の周りに集まって来てあっという間に彼らが着ているのと同じ服に着替えさせられた上荷物も奪われてしまった。こっそり奪い返せたものは空の小瓶が2つ程度だけだ。


「ちょっと!」


「それでは。人類の未来のため、世界の救済のために」


そのまま塔の中に押し込まれて鍵をかけられてしまった。

叫びながら扉を叩いてもそれが開くことはなく、白い塔の中に閉じ込められてしまったのだった。

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