第7話「芋、ロックで」「じゃあ俺は生ビールで」

「なぁ、4次元まで見えるとどんな感じなんだろうな?」


「どうしたの? 突然」


「いや、急に思い出して」


「3時限目の講義の話かぁ。まぁ私たちは3次元の住人だから4次元のことなんてわかんないけどさ」


枝豆は完全に解凍されておらず、少し霜がついたままだ。


「2次元に嫁がいるから、やっぱそういうのは気になるんだ?」


「いや、俺はアニメは見るけど嫁とかいねぇよ。俺の嫁! とかは意味わかんねぇわ」


3ヶ月ごとに好きだってキャラを乗り換えておいて、嫁はねぇよな。などとぼやきながらジョッキをあおる。


「あ、そういえば来週の木曜までのレポートあったよね?アレやった?」


「来週までならいけるっしょ。適当にやってもすぐ終わる。それに俺はマジカたんを愛でる会に参加しなければならぬので」


「やってないのかよ……それでお前、どうせまた私のレポートコピペするつもりだろ。いい加減にしろ」


怒りに任せて芋ロックをぐるぐるかき混ぜて、浮かんでいる氷をいじめた。

液体の流れに翻弄されてぐるぐる回る氷を見ながら、頭に浮かんだ言葉を脳を介さずにつぶやく。


「どうせ愛でるなら2次元の子じゃなくて現実の女の子がいいなぁ」


「現実の女の子ねぇ」


「たとえばさ、この前駅で見たふわふわしたJKとか」


短くしたスカートと黒いタイツ、長い髪がマフラーでふんわりと膨らんで。柔らかな笑顔と雪のように白い肌。日本人離れした美しい銀髪。


「あー、あの子かぁ。確かのあの子は抱きしめたら絶対ふわふわしてるだろうなぁ」


「ふんわりしてたねぇ」


どこか浮世離れした雰囲気の、地面からも、この世からも数ミリ浮いているような。

彼女は今どうしているのだろうか。




「俺たちが見ている世界も、一つ次元を超えると全く違って見えるんだろうな」


「アルコールが回ってきてまっせ旦那」


彼は酒に酔うと妙に哲学的な話をしたがる。

とても面倒な酒癖だが、私はそれが好きだ。


「たしか、4次元目の鍵が時間だとか何かの本で見たな。時間を認識できるようになれば、4次元がどんな世界かわかるかも」


「歴史を形として見ることができれば、きっと美しいだろうね。星と星を繋いだものが正座になるように、時と時を繋いだものが歴史なのだから」


「お前、酔っぱらいのくせになかなかいいことを言うな」


芋のグラスを傾ける。私もだんだん酔いが回ってきて、ふわふわしてくる。


あぁ。いい気持ちだ。彼が煙草に火をつけるのを眺めながら、駅で見たあのJKのことをもう一度思い返した。あのふわふわした、地に足がついていないあの子は今何をしているだろう。

そしてこうも思った。私のくだらない思考も、記憶も、私と言う人間の歴史の一部であり、人類の歴史の一部であると。


彼の吐き出す煙が、換気扇に吸い込まれていく。

彼と私の歴史はきっと世界になんの影響も与えない。人類の歴史にとって薬にも毒にもならない無駄な一点だろう。

でも、その無駄な一点が歴史という星空を彩るなら、この無駄な時間はきっと無駄ではないのだ。

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